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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
武門の癖に生意気とか言われても困ります
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戦いの合間に

 何が不味かったかと言って、試合の途中でキレたのが一番良くなかった。ユーナ自身、自分があれほど喧嘩っ早い性分だとは思っていなかった(単純に自己認識が甘いだけ)。

 そのことを喫茶『ユーベル・シュバルツ』で話すと、友人たちの反応は三者三様だった。ちなみに、ユーナが緋剣を持っていることは、もうバレてしまっているので、秘密にしていたことも洗いざらい話してある。


 まず、アンナ。

 彼女はユーナとの付き合いが長い分、ユーナのことをよく判っている。その意味では、さもありなんといっ様子で、いつも通りの対応だった。ただし、少し眉間にしわが寄っているのは、緋剣は使わないという約束をユーナが破ったことに思うところがあるからだろう。


 次に、クリス。

 クリスは純粋に心配してくれている。ただ、どこまで深く理解してくれているかは判らない。それからユーナとしてはあまり嬉しくないが、ユーナが呪闘士になるかもしれないと知って喜んでくれたのも彼女だ。呪闘士への専攻変更は、普通は名誉なことだからだ。


 最後に、ニキア。

 開口するや、

「あっはは。バカ」

 呪闘士専攻者からの罵倒は、堪えるものがあった。

「そんな風に言わなくても良いじゃない」

 ユーナはテーブルに突っ伏す。

「まあ、専攻仲間が増えるのは、あたしとしては嬉しいけどね」

「あたし、呪闘士には……」

「あー、ユーナが呪闘士になりたくないってのは知ってる」

「……ボルケン教官が『辻切り』なんて真似をしてた理由、ニキアは何か知らない?」

「いや知らんけど」

「じゃあ、どういう人なの?」

「えーと、髭面の飲んべえオヤジだね。あと、頭が筋肉」

「それだけ?」

「そうだな、去年、剣術の型の実技でお世話になった位だけど。属性が『土』の緋剣使い。腕前は相当なもの。現役時代は『瞬殺のボルケン』とか呼ばれてたらしい。多分、教官の中では負けなしじゃないかな。まあ、相手をした館生が重傷負うのも無理ないと思うよ」

 ユーナは、教官と戦った時のことを思い出した。あり得ないスピードで迫ってくる剣術は、確かにあっという間に相手を斬り伏せるだろう。


「どうして、そこまでする必要があったんだと思う?」

「呪闘士に転向できるやつが、どうしても欲しかったんだろ?」

「それは、そうかも知れないけど」

「だったら、詳しいことは本人に確かめてみれば良いよ」

「いや、それは、ちょっと」

 ユーナは言いながらアンナの様子を窺う。ボルケン教官に会うなとは、アンナが言い出したことだ。しかし、現在のアンナの意見は違った。

「会いに行くのに賛成します」

「えっ? どうして?」

 ユーナの問いにアンナが答える。

「ユーナさんが緋剣を使ってしまった時点で、状況は変わっています。教官の思惑の方向へ傾いたと言って良いでしょう。そうであれば、敢えて会いに行くことで、状況を引き戻す方策の一つになるかと」

「つまり、あちらはまだ、あたしが会いに来るとは思っていないってこと?」

 アンナは頷いた。

「じゃあ、これから行ってみようぜ? あたし、教官の家の場所知ってる」

 ユーナはあまり乗り気ではなかったが、このまま鬱々としているよりはマシと思い直し、席を立った。


 ボルケン教官の家は旧市街の東の方にあった。

 サロン『水の会』の会場である『ローゼンフェルス邸』の近く。

 ドアをノックすると、現れたのはメイドだった。おばさんというより、おばあさんと言った方が良さそうな年齢の人だが、にこにことした雰囲気のいい女性だった。

 彼女に要件を告げると、メイドのおばあさんはいったん姿を消し、それからもう一度現れて四人を家の中に導いた。

 階段を二階に上がり、書斎室に通される。

「よく来てくれた、ユナマリア・リーズ君。いや、失礼、ユーナ・オーシェ君」

 その声には聞き覚えがある。『辻切り』の声そのものだった。

「教官久しぶりー」

 ニキアが馴れ馴れしく挨拶する。

「おお、ニキア・ヴェンターか。元気でやってるか?」

 まるで友達のように教官は言葉を返す。

「まあね」

 そこにメイドのおばあさんが現れて、珈琲の用意して出て行った。

「まあ、座れ」

 三人掛けのソファを勧められ、ユーナとクリス、アンナが座り、ニキアは立ったままソファの背もたれに肘をついた。


「で、要件は何だ?」

 髭面の教官はにやりとして訊いてきた。

「二つあります。……一つは『辻切り』の件です。どうして、あんな真似をしてたんですか? 呪闘士候補を見つけるなら、もっとやりようがあると思うんですけど」

「俺が『辻切り』だって? どうしてそんなことが判るんだ?」

 それに答えたのはアンナだった。

「ユーナさんは『辻切り』に自分のレイピアを折られました。そこに、あなたの名前で、しかも『せめてものお詫びに』とわざわざメッセージ付きで緋製レイピアが贈られてきたのです。これ以上の証拠は不要ではないでしょうか」

 アンナのすらすらと出てくる理由付けに、教官はばつの悪そうな顔をした。それから「ふむ」と教官は頷いて珈琲を一口すすり、目を閉じた。そして目を開くと、じっとユーナを見つめて話し出す。

「呪猟士専攻生だと、この話は聞いていないと思うが。近頃、呪闘士専攻生の質が落ちてきててな」

「質、ですか?」

「いや、言い方が悪いな」と教官は頭をかいて、ニキアに視線を向けた。「ニキア、呪闘士の本分は何だと思う?」

「え? あたしに振る?」と驚いたニキアだったが、「えーと、そうだな。人間と戦うことかな」と答える。

「半分、正解だな。正しくは、魔術を用いて戦争に参加する、だ」

「へえ」とニキアは感心する。そんなニキアに苦笑しながら、教官は言う。

「そこに呪闘士が緋製武器を携帯する理由がある。呪闘士はもともと兵士なんだよ。呪猟士とは根本的に存在理由が違う。それなのに、最近の呪闘士専攻連中ときたら、魔術にかまけて武術をおろそかにしやがる。魔術に拘るのはけして悪いことじゃないが、本分を忘れているのが、どうにもな」

「それと『辻切り』と、どんな関係が?」

「だから、武術に心得のある館生を探した。今の呪闘士専攻連中の模範になるやつは居ないかとね。そこで実力を見極めるには、実戦が一番なんだよ」

 いかにも頭が筋肉の奴が言いそうなセリフ。

「そのために、傷を負った館生もいるんですよ?」

「その点は……悪かったと思っている。手加減できない手練れもいてね。まあ、おかげで君のような逸材を発見できた訳だが」

 やりすぎについては反省しているようだ。ユーナは教官に謝罪を求めるほど酷いことはされていないので(逆に教官に傷を負わせている)、これ以上の追求は止めることにした。


「じゃあ、二つ目ですけど、あたしに緋剣を贈ってきたのは、どうしてですか?」

「それは俺の思惑じゃない」

 教官は、お手上げのポーズで答えた。

「じゃあ、誰の?」

「館長だ」

「館長?」

「ティクロー・スティクトーリス公爵ですね」とアンナ。

「まあ、当然だが、専攻の変更には許可が要る。そこで館長に君のことを相談したんだが、そこで出てきた話が、君に非公式に緋剣を渡すと言う話だった」

「どうして?」

「理由は知らん。館長に訊いてくれ」

 つまり、今まで黒幕はボルケン教官だと思っていたものが、さらに黒幕が裏にいたと言うことになる。

 考えてみれば、ニキアからすら頭が筋肉と評されるような人物が策略を練るなど、出来るわけがない。


 一方で、一介の館生が館長に面会を求めるのは、非常に難しいものがあった。理由を直に訊くのは難しい。ユーナがそう思っていると、

「ユーナさんが館長にお会いする機会を作っていただくことは可能ですか?」

 とアンナが教官に訊いた。

「まあ、間に入っても構わんが、多分無理だと思うぞ」

「どうしてですか?」とアンナ。

「あの御仁は、相当な腹黒だからな。会えたとして、本当のことを答えてくれるはずがない」

 教官は渋い表情を作った。どうやら、この人は、館長のことが苦手なようだ。

 頭筋肉(のーきん)の人物から、そのように評される人物とは、どんな人なのか。よほどの策略家とも解釈できる。だが、これほどの頭筋肉の人物に、自分が腹黒であると悟らせてしまう点は、策略家としては甘いと言わざるを得ない。それとも、そこまで計算した上での言動なのか。

 どちらにしろ、こういう謀略めいた話はアンナに任せた方が安心だ。


「わかりました。館長に面会するのは諦めます」とアンナはあっさり引き下がった。

「それで大丈夫の?」

 ユーナが訊くと、アンナは「はい」と自信を見せて頷いた。

「で、他に訊きたいことはあるのか?」

「いえ、もう大丈夫です」とユーナ。

「そうか、じゃあ、俺から一つ。頼み事だ」

「何でしょうか?」

 ユーナは首を傾げる。

「今年の争奪戦は、君のおかげでとても楽しい事になっていると聞いた。俺も教官になって結構経つが、中等生が高等生に集団戦で勝つなんて話は聞いたことがない。だから、どんどんやってくれ! ついでに呪闘士専攻の奴らもとっちめてやってくれ!」

 教官は、まるで悪戯っ子のようにわくわくした顔をみせた。

「あの……ご期待に添えるかは判りませんが、努力はしてみます」

「せっかくだから、緋剣もがんがん使え! 五大侯爵家〝寡黙の重槍〟リーズの真髄を見せてくれ……っと言い過ぎたか。すまん」

「いいえ」


 リーズの家名と別名を口にされても、この教官からは嫌な雰囲気がしなかった。因みに別名とは、初代皇帝〝武帝〟マルティヌスから五大侯爵家が、それぞれに賜った名前のことを言う。武帝とともに戦った当時のリーズ家の者は、槍使いとして勇猛を馳せた。

「あたしも頑張るよ、教官!」

 ニキアが宣言する。

「おう、頑張れ! 期待しているぞ!」

 教官は「がはははは」と馬鹿笑いする。応じるようにニキアが「あはははは」と笑う。

 頭筋肉同士、気は合うようだった。



 日曜日。

 この日はサロン『水の会』が開催される日だった。ユーナは参加するかどうか迷った。行った先で試合を申し込まれる可能性もある。さんざん悩んだ末、やっぱり行ってみることにした。

 アドルフィーネ・ローゼンフェルスに会いたかった。会ってどうする訳でもないが、あの年上の女性の顔が見たかった。


 試合になっても良いように準備は怠らずに済ませ、ローゼンフェルス邸に赴くと、前回と同じように執事が出迎えてくれ、前回と同じように談話室に通される。

 すでに集まっていた会員たちが、一斉にユーナの方へ視線を向けた。その多くの眼差しに、違和感を覚える。

 だいたい、興味深げに見てくる者と、恐れを含む視線を投げてくる者の二者に分かれている。まあ、間違いなく争奪戦の噂が影響しているのだろう。

「こんにちは。本日もお邪魔させていただきます」

 視線を無視して、よそ行きの笑顔で挨拶する。

「ようこそ、ユーナ・オーシェさん」と近づいてきたのは、エルリヒだった。彼の顔は以前と変わらず優しげなままだ。


 エルリヒに案内されて、女子が多い一角のソファに座る。そこには、前回と同じ顔が揃っていた。ただし、その表情は大きく違っていた。

 おどおどした態度のローザ・ヴィーゲルは、さらに挙動不審だったし、リーファ姉妹は互いに互いを抱かんばかりに接近して、両手をお互いに組み合っている。

 三人に共通していたのは、ユーナに対する怯えの目。

(そんなに怖がられることはしていないはずなのにな)

 苦笑いして、すぐに表情をよそ行きに変える。

「二週間ぶりですね、皆さん」

「ごきげんよう」とローザ。

「こんにちは」とリーファ姉妹。

 そのまま、沈黙。

 非常に気まずい。

 何を言えば、この状況を打破できるのだろうか。ユーナはすぐに思いつけなかった。

 このまま冷たい時間が過ぎていくのかと覚悟したとき、男の声がユーナを呼んだ。


「ユーナ・オーシェさん、その後、ご機嫌はいかがですか?」

 渡りに船だと思った。

 しかし、その声には聞き覚えがある。しかも、どちらかというと悪いイメージがまとわりつく。

(無視したらダメかな……)

 と思いながら男を振り向くと、思った通りーー。

 ルーカス・トーレンドルク、だった。

 彼の鼻と顎には治りかけた傷があり、痛々しかった。傷は大丈夫ですかと、声をかけようかと考えたものの、傷を付けた本人が言うと嫌みにしかならないので止めておくことにした。

 それはそれとして、トーレンドルクからも嫌みなり、皮肉なり、負け惜しみなりが出てくるものと覚悟した。しかし、彼の表情に陰りはなく、むしろ爽やかさすら感じさせる明るさがあった。かえって不気味に思える。ユーナは心の内で身構えた。


「この間は本当に失礼した。こんなことを言えた義理ではないが、どうか水に流して貰えないだろうか。その上で、僕と友誼を結んで欲しい」

 ユーナは眉を寄せる。どうも、嘘を言っているようには見えないが、彼の意図が判らない。

「どういうことでしょうか?」

「僕は君に対して、酷い勘違いをしていたのだ。それをこの間の試合で思い知らされた。僕は術門の騎士階級の出身だが、その所為もあって武門の君に良い感情は持っていなかった。武門がなぜ術門の領域に入り込んで来るのかとね」

「でも、それは本当のことです」

 素直にユーナが応じると、トーレンドルクは微笑みを見せた。

「まあ、最後まで聞いてくれ。僕はあの試合の時、君は持っていた剣をすぐに抜くものだと思っていた。だが、君はそうせずあくまで呪杖で戦った。その姿勢に僕は感服したのだよ。つまり、君は剣士ではなく術士としてあの試合を戦った。そのことに気付いて、君の気持ちが理解できたと思う」

「あ、ありがとうございます」

 ユーナはトーレンドルクの言葉が嬉しく感じられた。武門の癖にと言われ続けた自分に対して、術門の人間が理解を示してくれたのだ。これが嬉しくない訳がない。


「でも、その後の試合では……」

 緋剣を使ってしまっている。これはトーレンドルクの思いに反するのではないか。不意にそれが不安になったのだ。

「高等生との集団戦のことは聞いている。あれは不可抗力と言って良い。それに君が使ったのは緋剣だ。鋼じゃない。何も問題はないさ」

 そう言ってトーレンドルクは笑った。

「ありがとうございます」

 ユーナはもう一度言った。

「礼を言うのはこっちだよ。僕も努力が足りないと痛感した。もしまた試合のすることがあったら、今度は勝つように精進するつもりだ。その時はよろしく」

「ええと、あの、もし機会があれば」

「では、また」と挨拶を残して、トーレンドルクはユーナの傍らを離れていく。

 ユーナは、胸のわだかまりが一つほぐれた気がした。


 ローザとリーファ姉妹を見ると、三人とも緊張を解いて、笑みを見せてくれていた。ユーナは少し安心した。

 その後の会合では、トーレンドルクから『辻切り』の報告があった。一週間前から、現れなくなったといった内容だった。その理由について、ユーナは口をつぐむことにした。


 打ち合わせの後、アドルフィーネがユーナに近づいて来た。相変わらずの後光を放ち、一種独特な雰囲気をかもす女性は、ユーナの傍のソファに座った。

「ご活躍のようで、私も嬉しいわ、ユーナさん」

 どうやら、争奪戦のことを言っているらしいと察し、話を合わせる。

「何とか勝ち進んでいます」

「高等生にも勝ったとか。凄いですね」

「運が良かったんだと思います」

「前も言いましたけど、謙遜も過ぎれば罪よ。それで、呪闘士専攻に移るおつもり?」

「いえ、そのつもりはありません」

 ユーナは、きっぱりと断言した。

「でも、緋剣を持つには、呪闘士専攻か、所持許可証が必要でしょう?」

「はい、いずれ返却するつもりですから」

「そう、それは残念ね」とアドルフィーネは言葉と同じ表情をした。「あなたは、呪闘士に相応しい人だと思うけれど」

 アドルフィーネのような女性から、そういう評価をもらえるのは嬉しかった。しかし、それでもユーナは、意志を変えるつもりはなかった。


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