第三戦、その2
ご報告。
今後、投稿日は、月、水、土に変更したいと思います。
月、水はこれまでと同じ時間帯、土曜は、15〜16時頃に投稿します。
よろしくお願いします。
「いくぞ」
掛け声と共に前衛の二人がユーナに駆け寄ってくる。
ユーナは右腕を勢い良く振って飛沫を飛ばす。それは凍り付いてさらに尖鋭化し、二人の顔にヒットする。
刺痛を感じた二人は、顔を腕で覆う。おかげで腹部ががら空きになった。
ユーナは、呪杖を水平に持ち直し、呪杖使いの方へ、先端を向けて詠唱を始める。
だが、最後まで唱え切ることはできない。
がつんという金属音と共に、腕に強い衝撃が走った。呪杖使いが自分の杖でユーナの杖を払ったのだ。
ユーナは手が痺れてしまい、呪杖を落としてしまう。
すると、呪杖使いがユーナの呪杖を遠くへ蹴り飛ばしてしまった。
「これで装備はなくなったな」
勝ち誇るように呪杖使いが言う。
「三人がかりでやる必要もなかった」と緋針使い。
(昨晩、あれだけ策を練ったのに。こんなにあっけなく無効化されてしまうなんて。)
「いや、こいつ、まだ武器を持ってるぞ」と楽しそうに緋針使い。
「抜け、その剣。相手してやろう」
「抜ける訳ないよな! 通常武器は禁止だからな!」
ユーナのレイピアを緋剣ではないと判断するあたり、ユーナが何者であるかも知っているということだ。
符使いの男も近づいてきて、三人でユーナを囲む。
「謝罪しろ。自分が悪かったってな。そんで徽章を渡せ」と緋針使いが乱暴に手を差し出す。
どこかで、何かが、ぷつんと切れる音がした。
そこからは、ほぼ無意識の行動だった。
ユーナはレイピアを抜き放つ。目に止まらぬ速さで緋針使いの頬に刃をかすめさせた。
緋針使いは、頬に流れ落ちる生暖かいものを感じ、手のひらで押さえる。そして、手に付着した赤い色を見て、「なんだ、こりゃ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「いいですよ、そこまで言うなら、剣で相手してあげます」
ユーナは冷ややかに言い、レイピアを握る手を胸に当てて、剣身を空へ向けた。
それは剣士が取る敬礼の構え。
3人は、ユーナの持つレイピアに目を止めた。
「緋剣、だと?」
「お前、呪猟士専攻のはずだろ?」
ユーナの返答は、剣撃だった。
ひゅんと風を切ってレイピアを操り、呪杖使いと符使いの服を引き裂き、ついでに符もすべて破る。その上で、緋針使いに剣先を突きつけた。この男の横暴さが一番鼻についたのだ。
「さあ、続けましょうか、先輩方?」
ユーナはにっこり笑顔で言う。
「何だか判らんが、楽しくなりそうじゃないか」
緋針使いが言い返した。
「やめておいたほうがいい」
冷静な呪杖使いが止めに入るが緋針使いは聞く耳を持たない。符使いは手持ちの呪具を失ったことで参戦は諦めたようだ。
ユーナは、タイミングを見計らって緋針使いから距離を取る。彼の運用スタイルはまだ見定めていない。投擲かもしれないし、舞踏かもしれないし、その合わせ技かも知れない。
緋針使いの男がユーナを睨みつける。ユーナは剣先を男に向けた。
瞬間、男が突進してくる。
闘術か、さもなくば舞踏。動きの雑さから、ユーナは闘術と判断した。
闘術は手や足に緋針を装着して闘うスタイル。殴る蹴るを地でやる最も野蛮で、最も術士のイメージからかけ離れた法式だ。
男は全く迷いのない拳をユーナに叩きつけてくる。もちろん、真っ向から受けるつもりはなく、身体を退いて避ける。
男の上体が回転する。蹴りがくる。
ユーナはそれも退いて躱しながら、レイピアで太股を狙おうとして、すぐに引っ込めた。その直後、2発目の蹴りがユーナを襲う。辛うじて躱す。男の攻撃は連続蹴りだった。もし男に傷をつけることに固執していたら、確実に蹴りを貰っていた。
やはり、そう簡単にはいかないようだ。
そう言えば、剣術で体術に対峙するのは初めての経験だった。
間をおかずに男の拳が襲う。二打、三打と続くが、ユーナには当たらない。その代わり、ユーナも手が出せずにいた。
相手が手加減していないのと同じに、ユーナもその余裕はない。命のやりとりまでは行かなくとも、どちらかが病院送りになるのは覚悟する必要がありそうだ。
背筋がぞくっとした。
この感覚は何だろう。
緊張感とともに訪れる高揚感。
楽しんでいる。
そうだ、自分は、この状況を楽しんでいる。それが良いこととは思えない。だが、今この時は、この感情に身を任せる以外、勝つ術はなかった。
ユーナはステップを踏んでいったん後ろに下がり、そこから前に出て、突きを男の顔面に向けて放った。当たれば即死の一撃だが、男がそれを躱せるのが判った上でのことだ。
想像通り、男は突きを躱す。
そして、動きを止めた。
避けられる攻撃であっても、急所を迷いなく攻めてくるユーナに、男は不安を覚えた。いや、もっと言えば、それは恐れに近い感情だった。
結果として、それが勝敗を別ける契機となった。
ユーナは苛烈に攻め続ける。男の服を破り、髪を切り落とし、皮膚に裂傷を作る。時折、致命傷となる一撃を混ぜる。
男はしばらくは態勢を立て直そうと躍起だったが、止むことのないユーナの攻めに、とうとう音を上げた。
「判った、俺が悪かった。降参する」
その言葉で、ユーナは、我に返った。ちょうど男の顔を目がけて突きを入れようとしていたタイミングだった。何とか鼻先で寸止めし、剣を引き戻す。
ふっと息を吐いて気持ちを入れ替える。
「では、あたしの勝ちということで、良いですか?」
ユーナは剣を鞘に戻す。
「それは構わないが、一つだけ訊かせてくれ」
身体中傷だらけになって後方に運ばれた緋針使いの代わりに、呪杖使いが言う。
「何ですか?」
「その緋剣はお前の物、なんだな?」
ユーナはどう答えるべきか迷った。
「ええと、それは……」
否定すれば、なぜ所持しているのか追及されてしまう上に、使用不可の呪具を使ったということで、試合自体が無効扱いになるかもしれない。かと言って、肯定すれば、おそらく、ボルケン教官の思惑にはまる。
「で、どうなんだ?」
「一応、あたしの物ということになっています」
ユーナはできるだけ曖昧に答える。
呪杖使いは軽く首を傾げたが、自分なりの解釈をしたらしく、納得したようだった。
「中等生とは思えない剣術だ。さすがは呪闘士候補になるだけのことはある。持力は使ってなかっただろう?」
ユーナは頷く。昔からの習慣の方が優先されて、攻撃に持力を織り交ぜることを忘れていた。
「手加減してくれたんだろう。おかげで奴も助かった」
呪杖使いが頭を下げた。
「そんなつもりは……」
と答えつつ、いつの間にか自分が呪闘士の扱われ方をされていることに気づく。取り囲んでいた館生たちも、ユーナを見る目が違っている。
まずいことになったとユーナは思った。
この場に居合わせた館生は、今後、ユーナが緋剣を持っていることと、その剣術で高等生を試合で下したことを、ことあるごとに言いふらすに違いない。
そうなると、ゆくゆくは、『ユーナは呪闘士になる』という既成事実ができあがってしまう。ボルケン教官の思惑通りに。
「えと、違うんです。緋剣は、たまたま手元にあったっていうか、その……」
「そのレイピアはお前の物なんだろう?」
「いえ、あの、あたしのっていうか……」
「まあ、そう謙遜するな」
呪杖使いが清々しく笑う。
何をどう解釈すれば謙遜になるのか不明だが、状況は既にユーナの思惑からは逸脱していた。
そして、その状況は、その後も継続することになる。




