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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
武門の癖に生意気とか言われても困ります
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 その日の昼間。

 午前中の興奮は既に落ち着いていた。

 クリスと落ち合ってから、『セユゲス』というレストランで昼食を摂る。ユーナはブロート(パン)にサラダにヴルスト。クリスはシュバイネブラーテンという肉料理。

 料理が運ばれて来て、二人が食事を始めた、ちょうどその時、

「あ、ユーナ、それからクリスも。こんな所に居たんだ」

 とやって来たのは、ニキアだった。


 クリスの隣に座ったニキアは、何か言いたげにニヤニヤしながら、ユーナをうかがう。

「どうしたの?」

 不気味なものを感じたユーナはナイフとフォークを止めてニキアを見やった。

「聞いたぞ〜」

「何を?」

 聞き返しはするが、ニキアが言おうとしていることは、すでに判っている。

「午前中に、大立ち回りやったって?」

「そんな大したものじゃないわよ。ほら、」とユーナは銀鷲徽章を判りやすくニキアに示した上で、

「これの挑戦を受けたってだけのこと」

「本当ですか?」

 とクリスが会話に入ってくる。少し不満そうに見えるのは、ユーナが彼女には何も話していなかったからだ。


「でも、高等生を倒したって聞いたぞ? しかも、よく判らん呪杖の技を使ったとか」

「確かに高等二年とは言ってたけど。それから、呪杖は点結界を応用しただけ」

「すごいですね、ユーナさん!」

「そ、そんなことないって」

 と答えつつ、悪い気はしない。

「まあ、すごいのは良いことなんだけど」

 ニキアの表情が曇る。

「どうしたの?」

「いや、考えてもみなよ、中等二年生が高等二年生を倒したんだよ? 高等生の一部でメンツが潰れたとか言い始めてる奴らがいるらしくてさ。ユーナに挑むことを考えているみたい」

「相手の事情なんて知らないし、誰だったとしても、負けたら徽章を渡すだけよ」

「相手が集団戦で挑んできたとしても、そう言えるか?」

「高等生が、あたし一人にってこと? さ、さすがに、それは」

 ニキアは首を振る。

「本気みたいだよ」

 ユーナは沈黙した。動揺を隠せない。シュライバーの時は、彼の側に年下を相手にしているという躊躇いがあったことと、意表を突く攻撃ができたから、なんとかなったようなものだ。それが複数の高等生が相手となると、もはや勝負がどうこう言うレベルの話ではない。

「……そんな恨みを買った覚えはないんだけど」

 あの試合は正当なものだった。横槍を入れられるようなものではない。

 それとも、ユーナが武門であることが気に入らないのか。

「いや、多分、警戒されてるんだと思うよ」とニキア。

「どういうこと?」

「だってさ、女子で中等生のくせに、よく判らない新技を使う奴を相手にするんだよ? それなりの対策を取って挑んでくるだろうと思うよ」

「よく判らない技って言うけど、そんな大したものじゃないのに」

「ユーナが試合で何やったかは知らないけど、それだけ衝撃的だったってことじゃないかな」

 ユーナは言い返す言葉がなかった。

「でしたら、わたしとニキアさんとアンナさんが助太刀をすれば良いのでは?」とクリス。

「それが問題でさ」

「規程だと、集団を組めるのは徽章を持っていない挑戦者同士か、徽章を持っている参加者同士だけなのよね、確か」

 そのように規定を設けておかないと、徽章の保有者が曖昧になってしまい、争奪戦自体が意味を失いかねない。

「まあ、あたしも今回は参戦するつもりだし、徽章を奪えたら加勢するよ」

 ニキアの言い方はかなり緊張感を欠くところがあったが、それでもユーナには心強かった。

「それでしたら、わたしも参加します」

「それはダメ!」

 ユーナとニキアは同時に叫んだ。

「どうしてですか?」

 クリスは悲しそうに聞き返す。

「あなたが参加したら、死人が出るわよ」

 銀鷲徽章争奪戦では、過去に再起不能者が出たことがあるが、死者は今のところ出てはいない。


 〈超攻撃的エクストラ・アグレッシフ〉に属する館生が争奪戦に参加できない訳では無いのだが……クリスの場合はあまりにも危険だった。

 まず、彼女の持力は〈超攻撃的〉である〈切り裂きの風〉。

 そして、その専攻は〈緋爪法〉。緋針をかぎ爪のように扱う、魔術というより武術に近いもの。

 この二つの組み合わせで、クリスは緋爪を振り回すだけで、辺り構わず鎌鼬を発生させることができる危険極まりない存在と化す。

 クリスの性格がおっとりしているから実害は少ないものの、あまり人前で披露すべきものではない。逆を言えば、もしクリスが争奪戦に参加すれば、最大クラスの強敵になる訳だが。性格からして、その心配は皆無に等しかった。

「わかりました……」

 クリスはしぶしぶ引き下がる。ユーナはほっと胸をなで下ろした。


「その集団戦を考えてるって言う高等生に心当たりは?」

「ユーナが戦ったのって、ザロモン・シュライバーで合ってる?」

 ユーナが頷くと、ニキアが先を話す。

「どうも、そのシュライバーの友人、というか、悪友らしい」

「……あれか」

 ユーナは、群衆の輪の中にシュライバーを応援していた一団がいたことを思い出した。

「知ってんの?」

「知ってるって言うか。多分、あれかな? っていうのを見たけど……」

「何か気にかかってる?」

「うん、友達なのかな、あれ。なんとなく、シュライバーさんは彼らにいじめられていたように思えるんだけど」

「だいたい、その通りだよ」

 とニキアはシュライバーのことを話し出す。


 掻い摘まんで要約すると、シュライバーはもともと持力発現が弱く、劣等感が強かった。そこにいじめっ子の集団が現れ、彼を下っ端扱いするようになった。いじめっ子達は脅迫したり、彼のプライドをくすぐったりして彼を操縦するようになり、そのまま高等生までずるずるとその関係が続いている。


「何というか、高等生になってまですることか?」

「だよね」

 ユーナは彼らの幼稚さに呆れ、ニキアがそれに同調する。クリスは傍らで、ナイフとフォークを動かしながら、よく判らないまま頷いている。

「でも、シュライバーさんはいじめられるほど弱くはないと思うんだけどな」

「どうして?」

「投擲が専門って言ってたけど、命中精度は相当なものだと思う。かなり練習したんじゃないかな」


 闘いの時、シュライバーはユーナが持つ呪杖に命中させてきた。投擲を学ぶ館生は数あれど、あれほどの精度を誇る人物はそう多くないはずだった。

「そういうもんかね」

 ニキアがつまらなそうに言った。

「ま、いいわ。情報ありがとう、ニキア。何かお礼した方が良い?」

「いや、別に。……でも、そーだな。あたしと闘うまで、負けないでくれれば嬉しいかな」

「ずいぶん難しい依頼だけど、努力はしてみる」

「よし。じゃ、また」

 そう言い残すと、ニキアは席を立った。


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