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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
武門の癖に生意気とか言われても困ります
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第二戦

 争奪戦二日目。

 非常な眠気を誘う朝イチの講義が終わり、ユーナは教室を後にして屋外に出た。そこは大通りから少しの外れた小道で、普段は人通りは少ないが、講義が終わったばかりのこの時間は館生で溢れていた。

 その中でも、ユーナの胸元の銀色は目立っていた。興味を持って視線を向けてくる者、目つきに険がある者などが、そこかしこに居る。

 さっさとこの場を離れようと歩き出すユーナの前に、立ちふさがる者がいた。

 それは年上の男子館生だった。

 ユーナは無言のまま、背の高い男子を見上げた。

 挑戦者なのだろうと思われたが、彼は視線をユーナに向ける訳でも無く、肩を震わせていて、おどおどした気弱そうな態度が挙動不審だった。

 この人はいったい何がしたいんだろうかとユーナが不思議に思い始めたころ、彼は目をぎゅっとつむって、それから見開いたときには、彼なりに何か覚悟を決めた表情になっていた。

「ぼ、僕は呪猟士専攻高等二年生、ザロモン・シュライバー。あ、あなたに銀鷲徽章をかけて挑戦を希望します」

 シュライバーはどもりながら、そう宣言した。気の弱そうな男子だ。

 周囲の館生たちが、ユーナとシュライバーを中心にして輪を作る。その中に、「いけ、ザロモン!」だの「その調子だ、ザロモン!」などと、シュライバーをはやし立てている一団があった。彼らは明らかに状況を楽しんでいるようで、応援というより、からかっているように見えた。

 どうやら、このシュライバーという年上の男子は、この一団に(けしか)けられたのではないかとユーナには思えた。しかし、それは向こうの都合であって、こっちには関係が無い。


 高等二年生が圧倒的に力量で劣る中等二年生に挑戦するのはどうなのよ? と思わないでもないが、挑まれた以上、受けない訳にはいかない。それが銀鷲徽章戦だ。

「ええと、じゃあ、お受けします」

 と、答えて、ユーナはカバンを地面に置いた。

「あいつ、リーズじゃないか?」

 輪の中からそんな声が聞こえる。

「オーシェです」

 と声のした方に答える。

「剣は使わないのか?」

 違う方向からまた声がかかる。

「あたしはあくまで、呪猟士専攻ですから」

 見世物にされているようで、不快な気分になる。勝とうが負けようが、早く終わらせたかった。

 輪の中心に戻って、呪杖を構える。シュライバーもまた構えを取った。その手に握られているのは、『緋針』。

 となると、どのタイプの術士なのか、簡単には判断が出来ない。様子見をする必要があった。


 緋針の使い方には、投擲、結界、緋爪、闘術、舞踏があり、それぞれに戦術が違う。さらに人によっては複数を使い分けてくるので、非常に相手にしにくい。ただ、シュライバーは籠手を持っていないので、緋爪ではないことだけは確かだった。


 ユーナは様子見を続け、向こうから仕掛けてくる気配がないことに気づいた。周囲の見物人はだんだんヒートアップしている。

「攻めてこないんですか、先輩?」

 こちらから行きますよ、と言えるものなら言いたかったが、ユーナはその余裕はなかった。ニキアのような筋肉バカならいざ知らず、普通の女子程度の力しかないユーナにとって、呪杖を振り回すのは簡単なことではない。


 続けて待ち構えていると、突然シュライバーがぶるぶると震えはじめた。それが収まると目をきっと吊り上げ、緋針を手にした右腕を振り上げる。


 投擲が来る。


 ユーナは、そう判断したが、どこを狙ってくるのか判らない。

 シュライバーの右腕が振り下ろされる。彼の放った緋針は、直線に飛んで、ユーナの呪杖に当たり、金属音を残して地面に落ちた。

 ユーナは眉を寄せた。

 今の投擲は、明らかに呪杖を狙ったものだった。

「今のはわざと狙って撃ちました。これでも命中精度は確かです。僕は投擲専門だから。僕は中等の女の子を傷つけるのは忍びないと思っています。だから、降参して貰えると助かります」

「中等生では高等生に敵わないと言いたい訳ですね」

「そうです」

 ユーナはムッとしたが、普通に考えれば、それが当然だ。知識の面でも実技の練度の面でも、中等生では遠く及ばない。

 具体的な攻略方法を考えてみても、遠くから緋針を飛ばす『投擲』が相手では、トーレンドルクに使ったカウンター攻撃も役に立たない。

「でも、やってみないと判らないことって、ありますよね」

 そう言って強気の笑顔を作ってみせた途端、シュライバーの表情から気弱さが消えた。

「君がそこまで言うなら、僕も本気でお相手しましょう」

 高等生のプライドをくすぐってしまったようだった。


 今度の投擲は、前のものからは想像できないほど動作が速かった。さっきはかなり手加減してもらっていたのだろう。戦う手段を未だ思いつけていないユーナは、防ぐことも叶わないまま、ただ緋針が自分に突き刺さるのを待つしかなかった。そんなことに耐えられるはずもないので目をつむる。


 しかし、刺痛はいつまでたっても訪れない。その代わり、近くで金属が道の石畳を叩く軽い音と、それに続いて「おお!」と周囲から驚きの声が上がる。恐る恐る目を開けてみる。対面しているシュライバーは、愕然とした表情でこちらを見ている。

 地面には先ほどのものを含めて2本の緋針が落ちている。

 ユーナは即座に理解した。

 この状況を作り出せる張本人は、一人(?)しかいない。


『ムルム』だ。

彼女が『風壁』で防いだのだ。


 ユーナは『彼女』に感謝した。

「今のは持力ですか?」

 シュライバーの質問をユーナは無視した。二つの属性を使えることは秘密にしておかなければならない。

 シュライバーは本気の一撃を落とされ、警戒を強める。彼の手元には、最多で6本の緋針が残されているはずだった(館生は8本以上の所持を認められていない)。彼の攻撃スタイルは投擲に限られるから、後6本の投擲をしのげば勝機はある。

『外向式点結界』を使えば、投擲を防ぐことはできる。出来はするが、それだけだ。シュライバーも結界に対して、すべての緋針を使い切るような真似はしないだろう。そうなると、双方が手詰まりになる。いや、向こうが先輩なだけに、何か対抗策を残しているかもしれない。

 そこで、はた、と思いついた。中等生にも出来る、呪杖で攻撃する方法。まあ、多少の危険を伴いはするが。


 思いついた後のユーナに迷いはなかった。

 ユーナは呪杖の水平に持ち、その先をシュライバーに向けた。そして、そのまま、シュライバーに向かって突進する。見物人たちの目には、その行動は自暴自棄に思えただろう。

 しかし、ユーナには勝算があった。

 シュライバーは警戒して防御の構えに移行する。年下の女子を相手にしていることにまだ躊躇いがあるのか、投擲による攻撃はしてこなかった。

 ユーナは距離を詰めながら最大励起で持力を呪杖に込める。発現させたいのは持力の〈氷結(フリーレン)〉ではない。

点結界(モノ)』だ。

『幽体捕獲』の時、リーズ寮の庭で白い霊相手に試した技。『点結界』の空中での構成。その場合、結界面は呪杖の先端を支点として球形に構築される。


 ユーナはまさにそれを実行しようとしていた。それも、『外向式』で。外向式は、結界の中から外へ出ることは可能だが、外から中に入ることは出来ない。つまり、結界面を外側にいる人間に勢いよくぶつけると--。

 それは、固い壁に等しくなる。

 ユーナは、呪杖を槍のようにシュライバーに突き立てた。

「シグヌム・キルクム・エクステンデンス!」

 呪文と共に、シュライバーに触れている側の先端を支点として、予め込めておいた持力を一気に発現させる。

 瞬間、結界が発動する。

 急激に球形の結界面が膨張し、それがシュライバーに接触すると、彼を勢いよく弾き飛ばした。地面を擦って転がったシュライバーはそのまま気絶し、動かなくなった。


 ユーナを除く、その場の誰もが唖然としていた。それもそのはず、点結界のこのような活用方法は誰も見たことはなかったのだ。

 遅れて歓声と拍手が巻き起こる。中等生が高等生に勝つという大番狂わせもさることながら、結界を槍のように使う手法を初めて目にしたのだ。皆、興奮は隠せないようだった。


 ユーナは緊張の糸が切れ、ため息をついた。妙な疲労感に囚われた。

 その時、時計塔の鐘が次の授業の開始を告げる。我に返ったユーナはカバンを拾うと、群衆をかき分けて、急いでその場を後にした。


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