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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
武門の癖に生意気とか言われても困ります
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初戦

 講義終了後、ユーナは次の教室に足早に向かう。

 途中、誰かにつけられていると気づくまで、そう時間はかからなかった。その誰かは、いつまでもユーナの後を付いてきた。

 仕方なく振り向いて、

「そこに居るの、誰?」

 言葉に誘われるように姿を現したのは、サロン『水の会』で会ったルーカス・トーレンドルクだった。

「お久しぶりです、ユナマリア・リーズ様。またお会いできて光栄です」

 のっけから喧嘩を売る気満々のようだ。さらにユーナを見つめる目つきといい、背負っているオーラといい、ユーナに対する敵意に満ちているのが一目で判る。これは、初日から戦いになりそうだ。

「つけ回すのはやめてもらえませんか? ご用なら、はっきりと言ってください」

「そうですね、一応、その徽章に用事があります」

 想像通りの展開。

「一応?」

 トーレンドルクの言い方が引っかかる。

「前の講義であなたを見かけたとき、驚きましたよ。あなたが徽章を持っているなんて。自分は、なんて幸運なんだと思いました」

「あたしが徽章を持っていると、どうして幸運なんですか?」

「それは、もちろん、合法的にあなたと闘えるからですよ。争奪戦なんて、ただの建前です」

「あたしと闘うのが目的と言いたい訳ね?」

 トーレンドルクは頷いて続ける。「僕はね、あなたのような存在は許せない。武門貴族の癖に術士の真似事をして、その上、『幽体捕獲』まで不正に合格するなんて」

「武門云々の話は、まあ、その通りだから仕方ないけど、課題の方は正式に合格してますよ、ほんとに」

「嘘を言うな!」

 トーレンドルクは叫んだ。

 不条理な言いがかりに、怒りよりも困惑が先に立つ。

「嘘じゃないんですけど……」

「……お相手願おう」

 トーレンドルクは聞く耳を持たず、呪杖を構えた。

 ユーナはため息をつきながらカバンを置き、同じく呪杖を構える。

 本来は魔物を倒すための技術で人間と闘うのは、ユーナも初めてのことだ。正直なところ、勝手が判らない。ただ、相手を殺してしまう可能性があるから、迂闊に持力を使うわけにはいかなそうだ。そうなると、体術メインの戦いになる訳だが、ユーナはこれといった体術を勉強していなかった。呪杖用の体術には、『杖術』があり、前衛を受け持つ呪杖術士は体得する必要がある。

 その点、トーレンドルクは、どうなのだろうか。

 彼は、おもむろに両手でしっかりと握った呪杖を頭の上に振り上げる構えをとった。それは、『杖術』の基本の構え。

 トーレンドルクはその構えから、一歩踏み込み、ユーナ目がけて呪杖を振り下ろす。その動きに迷いは無く、一撃が当たれば重傷は覚悟する必要がある。

 しかし、ユーナはそれを、一歩横にずれることで難なく(かわ)した。

 トーレンドルクはそこから、突きに移行し、ユーナの腹部を狙って呪杖を突き出す。

 ユーナはそれも問題なく避けることができた。

 どうやら、剣術で鍛えた感覚が役に立っているようだ。剣で戦うことを考えれば、トーレンドルクの動きは緩慢に見える。彼の攻撃が当たることはなさそうだ。

 一方で、ユーナに有効な攻撃手段が無いことも事実だった。そもそも、ユーナの習得している技術は、対人向けのものは想定されていない。

 ユーナはトーレンドルクが振り回す杖を避けながら、効果的な対応方法を探す。

「このっ! ちょこまかと動きやがって!」

 トーレンドルクの方は必死な様子。だんだんと息が荒くなっていくのが判る。このまま彼が疲労困憊するまで逃げ続けようかと考えていた時、トーレンドルクが大きく振りかぶった。

 それは、レイピアを握っていたならば、つけいるのに十分な隙だった。

 無意識に身体が反応する。

 振り下ろされるトーレンドルクの杖の側面に自分の杖を寄せて、そのまま斜め前の方へ押し出し、相手の杖の軌道を変えてやる。ユーナがやったのはそれだけだった。

 トーレンドルクの顔面が、まるで吸い込まれるようにユーナの杖の先にクリーンヒットした。

「うぐっ」

 怯んだトーレンドルクは後じさる。鼻からは血が出ていた。その血を手のひらで確認したトーレンドルクは、逆上して目をつり上げた。

「この野郎!」

 叫んだトーレンドルクはユーナに襲いかかる。その動き自体は先ほどより速くなっているが、大振りが多く、隙は逆に大きくなっていた。

 ユーナはタイミングを計って、同じ要領でカウンターを当てる。呪杖の先がトーレンドルクの顎を撃ち抜く。彼は上体をぐらつかせたが、すぐに態勢を立て直した。

 二回のカウンター攻撃は相当なダメージを負わせているはず。それでもトーレンドルクの闘争心は衰えていないようだった。その根性は見上げたものだと言える。

 しかし、もう身体が追いついていない。すでに攻撃の威力は半減していた。

 次のトーレンドルクの大振りに合わせて、ユーナは一歩前に踏み込みながら、彼の鳩尾に呪杖を突き入れた。

「ぐうっ!」

 と、トーレンドルクは叫んで動きを止め、地面に倒れ込む。気絶したようだった。

「はあ」

 ユーナは疲労のため息をついた。辛勝と言ったところか。

 対人戦がこれほどやりにくいとは、思ってもみなかったことだ。レイピアの経験がなければ、どうなっていたか判らない。

 これ以上は何か策を考えないと、とても勝ち抜けそうにはない。

 もちろん、剣術は封印した上でのことだ。


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