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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
武門の癖に生意気とか言われても困ります
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贈り物

 日曜日。授業の無い日。

 ユーナは朝食を採ったあと、厨房に行って紅茶をもらい、自室に戻ってゆったりとしていた。寮室は一人で住むには十分すぎる広さだ。ベッドに勉強用の机と椅子、デーブルとそれに付随するソファを置いてなお、余りある面積を残している。クローゼットは扉のすぐ脇にあって、これも制服で過ごすことが多い館生には広すぎて使い切れないくらい。

 難を言えば、暖炉のような暖房器具がなく、冬は寒いといったところか。


 しばらくしてノックがあり、「どうぞ」と言うと、入ってきたのは大きな本を抱えたアンナだった。

「どうしたの?」

「ご一緒してよろしいですか?」

「判った」


 ユーナとアンナは幼馴染み——正確にはアンナがユーナの学友——だった。幼いころからの付き合いのため、大抵のことは多くを言わずとも分かりあえる。

 ユーナはアンナに椅子を譲る。アンナは空いた椅子に座ると持ってきた本を開いて読み始めた。その本を覗き見すると、見慣れない文字が並んでいる。どうやら神語(リテラ・デイフィカ)らしかった。辞書を使っているとはいえ、相変わらず難しい本を読んでいる。


 ちょうど良いからとユーナも書棚から本を取り、ベッドに横になって読み始める。タイトルは『精霊物理学入門』。クヴァルティス語で読むことが出来る、『精霊物理学』に関する数少ない書籍の一冊。内容が難しそうでずっと書棚に飾っていたものだ。それを、眉を寄せながら読み始める。


 アンナとの時間の過ごし方は、いつもこんな感じだ。特に会話があるわけでもなく、ただ、同じ時間と空間を共有する。それは心地よいひとときで、ユーナは好きだった。


 本の難解な内容のせいで、ユーナの頭が疲れてきたころ、またドアにノックがあった。

「はい、どうぞ」と声をかけるが、入ってくる様子がない。ドア向こうから、「申し訳ありません、開けていただけますか?」と女子の声。寮付きのメイドのようだった。

「はいはい」

 ユーナは本をベッドの上に置き、ドアを開ける。そこにいたのは、二人のメイド。

「シィル、どうしたの?」

 ユーナは二人の内、背が低い方のメイドに声をかける。『シィル』は本来、侯爵令嬢であるユーナ付きメイドだが、ユーナが身分を隠している理由から、リーズ寮付きとして働いてもらっている。

 その彼女が、大きな花束を抱え、もう一人は長い箱を抱えて立っていた。


「ユーナ様にお届けものです」とシィル。

「誰から……?」

 花束をもらうような間柄の人間など、この街にはいないはずだ。

「差出人は、『ゴットフリート・ボルケン』様となっています」

「ボルケン、ね」

 ユーナに思い当たる人物はなかった。

「その方は呪闘士専攻の教官です」と部屋の中から声がする。アンナだった。

「どうして呪闘士の教官が?」

 と訊いてみても、答えられる人間はこの場にはいない。

 ともかく、贈り主の素性が判ったので、贈り物を引き取っても問題はないだろう。気にしていたのは、毒物や、呪的な仕掛けがあるかどうかだ。一応、ユーナも侯爵令嬢なので、どこでどのような争いに巻き込まれないとも限らない。


「いいわ、置いていって」

「失礼いたします」とメイド二人は部屋に入り、花束と箱をテーブルの上に置いて、「お邪魔しました」と言って去って行った。

「さて」

 ユーナは腰に手を当てて考え込む。花束に使われているのは赤、白、黄の薔薇。贈り主の趣味の良し悪しは置いておくことにしても、このまま枯らすのは勿体ない。花瓶が必要だ。

 花束を手に取ろうとして、そこにカードが差し込まれているのに気付く。それを取って開くと、そこには、


『せめてものお詫びに』


 とだけ書いてあった。

 会ったこともない人物から詫びられると言うのも不思議な感覚がある。

「こちらの箱はなんでしょう?」

 学問以外は無関心なことが多いアンナには珍しく、もう一つのお詫びの品である長い箱に興味を惹かれたようだった。

「開けてみよう」

 ユーナは蓋を取る。すると中にはビロードの長い袋が入っている。その一方の端がひもで縛られていて、それを解くと、現れたのはレイピアだった。

「何でこんなものが?」

 そのレイピアの鞘は、ユーナが使っていた物とは違って、一切装飾のない、ある意味、武骨な、実用一点張りのものだった。ユーナ愛用のものより少し重いくらいか。


 ユーナは試しに鞘から抜いてみる。現れた剣身は——、緋鋼(ブラス)で出来ていた。

 ユーナは息を飲んだ。

 間違いようもない、光の当たる角度によって赤く見えたり蒼く見えたりするその表面。

「緋剣……? でも、どうして」

 呪猟士であるユーナにとっては、緋剣など無用の長物に過ぎない。原則、呪猟士は刃物を携帯出来ない。

 しかし、それは原則であって、何事にも例外はある。


「これを」

 とアンナが手渡してくれた物は、紙の封筒だった。封蝋があり、紋章は誰の物かわからないが、おそらく、それなりの地位の人物だろう。

 ユーナはペーパーナイフで封を切ると、中身を取り出した。

 そこに書かれた文字を見るなり、ユーナは唇を噛んだ。

「やられた」

 あの『辻斬り』、いや、もうはっきりと、あれはボルケン教官だったのだと推測できるが、あのおっさんは、『これが目的だったのだ』。

 封筒の中身は、『緋剣携帯許可証』と小さなメダルだった。

 あのおっさんの目的は、剣術に覚えのある呪猟士を探し出すことにあったのだろう。そしてたまたまユーナが、その目的に適う人物だったと言ったところか。ユーナのレイピアを折ったのは偶然か意図的かは不明だが、その代わりの緋製レイピアを送って寄こし、既成事実を作り上げた。


 その目的は、ユーナの呪闘士への勧誘——。


 呪闘士専攻になるには、試験に合格する以外に、推薦を受けて承認される方法もある。ニキアは、この後者の方法で呪闘士専攻になった。どちらであっても、狭き門であることは変わりない。それゆえに、呪闘士専攻の館生は数が少なく、尊敬の対象でもあった。


 ユーナは、呪闘士専攻への変更を一度断ったことがあった。ユーナが武門貴族の者と噂になった頃のことだ。

 ユーナが呪闘士ではなく、呪猟士を専攻に選んだのには訳があった。

 呪闘士は、あくまでも兵士である。ゆえに軍役があり、最低でも五年は従軍する必要がある。ユーナには、その時間が惜しい。そして何より、呪闘士は人を殺すことが生業である。ユーナはそこに嫌悪感を覚える。

 これに対して呪猟士は、魔物狩りを目的に帝国中を旅する役に付くか、街を守護する呪衛士になることができる。魔物なら殺しても良いのか、という意見もあるだろうが、少なくとも殺人よりはましだと想う。それに呪衛士を選べば、その頻度もぐっと減ることになるのだ。

 これが緋剣を所持しているとなると話が変わる。呪猟士専攻であっても、準呪闘士の扱いになり、帝国の命令があれば、従わなくてはならない。


「返してくる! アンナ、付き合ってちょうだい」

 花束とレイピア両方を一人で持つのは無理があった。ユーナはレイピアを元の箱に戻し、それを抱きかかえる。

「待ってください」

 押し止めたのアンナだった。

「どうしたの?」

「ただ闇雲に突き返そうとしても、受け取ってもらえるとは思えません」

 それは確かに、アンナの言う通りだとユーナにも思えた。

「じゃあ、どうすれば? あたし、呪闘士なんかなりたくないのに」

「それは知っています。ですが、おそらく大丈夫です」

「どうして、そんなことが言えるの?」

「わたしたちにとって好都合なのは、ボルケン教官が、あくまでも不正規のルートを使っているという点です」

「『辻斬り』なんて真似をして、その上、贈り物を装って緋剣を寄こしたってことが?」


 確かに、正規のルートであれば、緋剣携帯許可証には授与式が必要だ。それをすっ飛ばしているのは、普通ありうることではない。それに辻斬りなどという真似をしているのは、どうかしていると言って良い。


 アンナは頷いて続ける。「つまり、ボルケン教官はユーナさんに緋剣を所持して欲しいけれども、そのことは隠しておきたい、ということです。ここにつけ込む隙があります」

「と言うことは、こっちが緋剣なんて持ってないって公言してしまえば、あっちは何もできなくなる……ってことね」

「公言する必要もないでしょう。無視するのが一番です」

 アンナは微笑んで頷いた。

「それにしても、何か一言、言ってやりたい気分だわ」

「それは止めておいた方が良いでしょう。呪猟士のユーナさんが呪闘士の教官と私的に接触すれば、噂が立たないとも限りませんから。あちら側も望んでいないはずです」

「わかった」

 ユーナも頷いた。要は、いつものすっとぼけをやれば良いわけだ。


「それから、替えのレイピアはありますか?」

「ないわ。でも、どうして?」

「この件は、考えている以上に根が深いかもしれません」

「あちら側のやり方が普通じゃないから?」

「それもあります。問題なのは、ボルケン教官が『学館の教官』という『地位の高い公的な立場』にいる人物だと言うことです。そんな人物が、非正規なことをする以上、必ず裏の事情があると考えるべきです。ですから、それに巻き込まれないようにするには、できる限り今までと変わらない言動を続ける必要があります」

 そのために、いつも通りレイピアを持ち歩けと言うことだろう。

「なるほど」

 と答えたものの、アンナが言うほどの重大さがこの件に隠れているとは、この時点のユーナは思いつかなかった。


 そして、全く掴めないのが、あちら側、つまりボルケン教官の思惑だ。何のためにこんな回りくどいことをしているのか、理解できない。

 それが判るときが来たら、きっと面倒なことに巻き込まれるんだろうなあ、とユーナはため息を付いた。


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