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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
武門の癖に生意気とか言われても困ります
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銀鷲徽章争奪戦と辻斬り

「ごきげんよう、皆様」

 アドルフィーネが挨拶すると、参加者たちは異口同音に挨拶を返す。彼女がソファに座ったところに、エルリヒが何やら耳打ちする。アドルフィーネの視線がユーナの方へ向く。一つ大きく頷いたと思うと、彼女は口を開いた。

「本日は、新しい参加者がいらっしゃいます。ユーナ・オーシェさんです。では、オーシェさん、自己紹介いただけますか?」

 ユーナは頷いて、座ったままで話を始める。女子が立って話をするのは、貴族風ではないのでやめておいた。

 通り一辺倒の挨拶をしたあと、

「今日は見学と言うことで参加させていただきます」

 と付け加えた。

「あら、参加していただけるものと思っていましたのに」

 とアドルフィーネが少し残念そうな表情をする。すると、それに追従するように数人の男女が表情を変えた。

「わたしのような若輩者が皆様の会合に相応しいかどうか」

 と、謙遜ぽく言い訳すると、間髪入れずに、アドルフィーネに、

「あら、そんな謙遜は無意味ですわよ?」

 と言い返され、ユーナは思わず、「それは、どうも」と素で返してしまう。アドルフィーネは笑顔になった。

「それでは、本日の連絡事項を先に済ませてしまいましょう」

 タイミングを見計らったように、エルリヒが事務的に告げる。

「まず、そろそろ近づいてきた『銀鷲徽章(ぎんしゅうきしょう)争奪戦』についてですが、当サロンは例年通り介入しませんので、関わる方はそのつもりで」

『銀鷲徽章争奪戦』は毎年夏に行われる行事である。学館の教授陣が主催する。内容は、その名の通り、銀鷲徽章と呼ばれるバッチを奪い合う模擬戦。模擬と言っても使用する呪具は本物である。秋に催される『金鷲旗争奪戦』と並んで伝統と栄誉ある催しである。

 条件は、

 一、模擬戦の時間帯は問わず。

 二、模擬戦の場所はメーゼンブルクの中であれば問わず。

 三、集団戦は問わず。

 四、術法は問わず。

 五、銀鷲徽章保持者に対し、戦いを挑むこと。挑む側は徽章の保持は問わない。

 六、負けた者は勝った者に徽章を全て譲り渡す。

 とまあ、ほぼ何でも有りの内容になっている。

 そして、最終的に最も多くの徽章を獲得した者を優勝者とし、十八頭領会主催の晩餐会に招待される。

 徽章は、争奪戦開始時点でランダムに配布されることになっており、争奪戦期間中はバッチを胸に付けることが義務付けられる。参加者は中等から高等までの館生となるため、必然的に年次が上の者が有利となる。集団戦を許しているのは、この問題への配慮と思われた。

 エルリヒの発言は、この催しに対して、『水の会』はサロンの人間が参加者になったとしても支援することはないと宣言したものになる。サロンによっては、支援するところもあるからだ。

 ユーナは争奪戦に自ら参戦するつもりはなかった。なんと言っても、褒美に魅力がない。十八頭領会は確かに権威ある組織であり、お呼ばれすることは名誉に値するが、実際に会うのはおじいさん、おばあさんである。気を遣うだけで疲れてしまう。

「では次に、例の『辻斬り』の件です。こちらはトーレンドルク君から」

『辻斬り』?と聞き返しそうになって、ユーナは口元を抑えた。

 名を呼ばれたトーレンドルクなる男子は、「では、私から」と言って説明を始める。

 要約すると、一ヶ月ほど前から館生を狙った辻斬りが発生している。時刻は夕方から深夜にかけて。その人物は男、相当な手練れで、緋剣を使うことから呪闘士と推測される。命を奪われることはないが、重傷者は出ている。今日までの被害者は6人で、その中には『水の会』参加者も含まれる。現在まで、犯人は捕まっていない。

 報告の間、悔しそうにうなだれる人がいた。

 この事件を、ユーナは知らなかった。自習などで帰りが遅い日が多いが、これまで遭遇したことはない。単に運がよかっただけかもしれなかった。

 ユーナはこの件を心に留めておくことにした。


 その後は、それぞれに談話が始まった。ユーナはいろんな人から挨拶を受けながら、時折、紅茶とケーキを口にしていた。昼食を抜いたのでお腹が空いていたのだ。

 ちょうどケーキを頬張っていたとき、「こんにちは」と声をかけてきた男子がいた。非常に間の悪いタイミングで話しかけられたので、口に入れたものを飲み込むまで、ユーナはすぐに対応することはできなかった。立っている男子を見上げると、それは先ほど『辻斬り』の報告をしていたトーレンドルクだった。

「僕はルーカス・トーレンドルク。中等二年だ。よろしく、ユーナ・オーシェさん」

 ユーナは挨拶を返す。だが、「よろしくおねが……」とまで言ったところで、被せるようにトーレンドルクが言う。

「それとも、『ユナマリア・リーズ』様とお呼びした方が良いですか?」

 ユーナは口をつぐみ、しばらくトーレンドルクの目を見つめた。彼は含みのある笑みで見返してきた。

(喧嘩を売ってるのか、こいつは。そうだよね、売ってるよね。間違いないよね)

 一瞬、喧嘩を買おうかと考えたが、場所が良くない。ここは、穏便に済まそうと思い直す。

「ユナ……なんと仰いましたか? おそらく、私の存じ上げない方だと思いますわよ?」

 すっとぼけたことをにっこり笑顔で答えてやると、トーレンドルクは少し虚を突かれたように表情を歪めたが、すぐに気を取り直し、

「これは失礼した。僕としたことが変なことを訊いてしまって申し訳ない」ととぼけてみせた。

 それで会話は終了になるかと思いきや、トーレンドルクはメイドから珈琲を注いでもらって居座る構えだった。


「ところで僕はユーナさんと同じ中等二年なんですが……」とトーレンドルクが話しかけてくる。どこかに行って欲しいと思いつつ、ユーナは対応するしかなかった。

「そうなんですね」

「ユーナさんは、この間の『幽体捕獲』の合格者なんだってね」

「そうですね」と答えつつ、イヤな予感がする。

「知っているだろうけど、あの課題は合格するのが難しいじゃないか。それを、よく合格できたね」

「ええ、まあ。友達の助けもあって」

 トーレンドルクはぐっと顔を寄せてくる。

「どうやって合格したんだい? 君には相当難しかったはずだけど」

 術門の者ならともかく、予備知識のない武門のユーナには、難しかっただろうと言っている。

 ユーナは無言で見つめる。だんだん、よそ行き顔ができなくなってくる。


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