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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
学館の陽は暮れて
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土曜、夜。付属図書館、その4

 ことの起こりは我等クヴァルティスがダールバイを滅ぼしたことに始まる。当時のクヴァルティスは、世界的に広まりつつあった魔術再興の潮流に乗り遅れつつあった。

 ちょうどこの折り、ダールバイにおいて王位継承問題を発端とした内乱が起こり、これを好機にペトルス・ウァルミス将軍がダールバイを占拠、クヴァルティスが併合したのであった。その方策は強引なものであり、粛清と称した処刑も行われた。その中には、ダールバイにおいて宗教的支えであった四聖者(テトラルカ)も含まれていた。このような行いが、ダールバイ人の反感を買わないはずがない。この結果、クヴァルティスは帝国内部にダールバイ抵抗軍という極度に反クヴァルティス的な集団を残すことになった。

 ハルトゥス帝を弑した輩は、この者たちである。

 そう、ハルトゥス帝は、暗殺の凶刃によって亡くなられた。

 世間に公表された未遂とは、真っ赤な嘘なのだ。

 ダールバイ人の策は実に巧妙であった。彼らは様々な形で王宮に紛れ込んだ。ある者は庭師として。ある者は衛士として。

 そしてある者は、給仕として。


 その日、陛下は宮廷の主だった者達だけを集め、式典の代わりに晩餐会をお開きになった。質素を以て良しとなさったハルトゥス帝は、帝位継承三周年記念の式典を大々的に執り行うことを望まれなかった。

 この時参集したのは、私を含め、以下の面々であった。


 オイゲン・イルトゥース公爵。

 ヨーゼフ・ノイハルト公爵。

 ヴィルヘルム・ファイラド・ディラルド侯爵。

 ザツィオン・リーズ侯爵。

 ベルンハルト・リッツジェルド伯爵。

 カッシート・ヴァールガッセン男爵。


 私を含めた三大公爵家の当主、それに武門の筆頭格である、ディラルド侯爵とリーズ侯爵。さらに術門からリッツジェルド伯爵とヴァールガッセン男爵。

 ヴァールガッセン男爵は、その地位からは本来このような会に呼ばれる立場には無いのだが、リッツジェルド伯爵同様、魔術に精通していたことから陛下に重用されていた。世間には反術門派として知られる陛下であったが、実際には偏見なと無く、武門と同様の扱いをされていた。

 陛下の席の目の前には一本差しの燭台が、蝋燭に火を灯されないまま置かれ、その脇に男子を象った小さなブロンズ像が置いてあった。

 私はそれに違和感を覚えたが、何かの趣向であろうと思い、それ以上気にとめることはなかった。

 料理は贅を凝らしたものだった。西海の魚介、我が領地クルーセントがもたらす鹿肉、そしてレイザス(西方の自治特権を獲得した商人の街)がもたらすセツェン産のワイン。陛下はワインには特に目がなく、晩餐会で飲むそれを楽しみにされていた。

 メインディッシュが饗され、陛下がそれを口にした時のことだった。

 突如、卓上の男子のブロンズ像が動き出して燭台を持ち上げ蝋燭を引き抜くと、陛下に近づき、先端を陛下の胸に刺したのである。

 陛下は立ち上がり、それと同時に燭台は床に転がり落ちた。その場の誰もが、その瞬間に何が起こっているのか理解できずに見守る形となった。陛下の傷は浅いはずだった。燭台の突起部分は短いものだったからだ。それに気付いた誰もが、状況を軽く見た。

 しかし、その認識は、全くあてが外れていた。

 まもなくして陛下のお顔は、どす黒いものに変わり、呻き声と共に床にお倒れになった。私は陛下に駆け寄ったが、最早手遅れであった。

 燭台に即効性の毒が塗られていたのだ。

 テーブルの上の置物や食器類は給仕たちの管轄である。我々は給仕を呼び出そうとしたが、その男も調理場で既に事切れていた。この男が実はダールバイ人であり、この事件の首謀者がダールバイ反乱軍にだったたことがはっきりしたのは、数ヶ月後のことで、事件は最早取り返しのつかない段階となっていた。故に暗殺が起こった直後の段階では、その真実を知る者は無かった。

「これは魔術による暗殺だ! ヴァールガッセン卿、そなたが裏で糸を引いているのではあるまいな?」

 リーズ卿のこの一言が、事件の方向を決定付けることになった。

 何故、ヴァールガッセン卿が犯人なのか、私はリーズ卿に問いただした。

 彼は告げた。

 陛下の胸を刺したブロンズ像は、『水晶術』による産物であることは間違いない。

 そして、『水晶術』の長はヴァールガッセン卿である。故にヴァールガッセン卿が関わっているのは明白であると。

 確かに、陛下の胸を刺したブロンズ像には水晶がはめ込まれていた。

 私は最初リーズ卿を疑った。単純な論理を盾に何の迷いもなくヴァールガッセン卿に嫌疑をかける行動が、どうにも解せなかったのだ。

 しかし、リーズ卿は卑怯を嫌うまっすぐな性格である。暗殺を企み、あまつさえ他人に濡れ衣を着せるような真似は彼の性分が許さないはずだ。しかも、彼には陛下をしいする理由がない。

 しかし、ヴァールガッセン卿もそれは同じだった。

 私が逡巡するのも束の間、リーズ卿はヴァールガッセン卿に詰め寄り、拘束しようと試みた。ヴァールガッセン卿は結界術でリーズ卿の動きを阻むと、私の制止も聞かずに部屋を出て行った。

 このことで、ヴァールガッセン卿は、自身への嫌疑を深める結果となったのである。

 一方で、ハルトゥス帝の死は隠されなければならなかった。子を残されなかったハルトゥス帝に変わり、退位していたハルトゥス帝の双子の兄、ラキニオス様が再び帝位を継ぐこととなった。ラキニオス様にはハルトゥスを名乗っていただき、ラキニオス閣下が亡くなられたことにして事態の収拾を図ることになった。気性の優しいラキニオス様はこれをご了承なされた。

 しかし、問題はそれで収まらなかった。

 リーズ卿は、ヴァールガッセン卿とその配下の『水晶術士』たちを陛下暗殺未遂の罪(表向きには、未遂として公表された)で糾弾した。

 これに対してヴァールガッセン卿は、文書で弁明を試みた。リーズ卿はこれを受け入れず、あくまでもヴァールガッセン卿を拘束するつもりであった。ヴァールガッセン卿は配下の水晶術士たちと共に帝都から一日の距離にあるメーゼンブルグに逃亡し、その地に開校したばかりの術士養成館付属の図書館に立てこもった。

 これを聞いて私もメーゼンブルグに急行した。

 私が到着したとき、街はリーズ卿の兵に取り囲まれていた。ヴァールガッセン卿を説得すると言ってリーズ卿を説き伏せた私は旧市街にある図書館に赴いた。

 交渉はなかなか進まなかった。あくまで身の潔白を主張するヴァールガッセン卿に、私は諭すべき言葉を持たなかった。

 とにかく、逃亡したのはまずかった、と私が告げると、卿は唇を噛んだ。

 最悪の場合、自分はどうなろうと構わない。だがら問題はそれだけでは終わらないと彼は告げた。

 私は同意した。

 このままではヴァールガッセン卿ばかりではなく、全ての『水晶術士』にも罪が及び、あまつさえ、『水晶術』が禁術指定となる可能性すらあったのだ。暗殺に用いることができる術法が存在しては、また同じようなことが起きないとは限らない。帝室に限らず、貴族たちもそれを恐れ、禁術指定に動く可能性がある。

 しかし、『水晶術』こそは魔術の根幹をなすものであって、古代の叡智である『精霊物理学』の粋である。これなくしてクヴァルティスの魔術は成り立ち得ない。失うわけには行かなかった。

 私とヴァールガッセン卿は昼夜を問わず議論し、一つの結論に達した。

 ヴァールガッセン卿と水晶術士たちの国外追放は、たとえ濡れ衣だったとしても、もはや免れ得る段階にはなかった。皇帝陛下暗殺に用いられた『水晶術』の禁術指定も可能性が高い。

 それならば、術士の間でのみ極秘裏に継承できるようにすべきではないか。

 そこで私は『精霊物理学序論』を著し、この中に然るべき者のみが判るように書き記した。


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