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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
学館の陽は暮れて
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土曜、夜。付属図書館、その3

 足音が四人の方へ近づいてきた。

「おはよう。諸君は徹夜かね?」と男の声。

 彼は人差し指で金属製の輪をくるくると回している。その輪には棒状のものが一つ付いていた。

「また、あなたなの? レオンハルト・リッツジェルド」

「お互い同じものを探しているんだ。出会う機会が増えてもおかしくはないだろう」

「そうだけど」

「君たちは、どこまで近づけたのかな?」

「教える理由はないわね」

「そうだな」

 レオンハルトは、何故か浮かない表情をする。

「なに? どうかした?」ユーナが訊く。

「……ここで、引き返すつもりはないか?」

「ナイ」

 ユーナは即座に答えた。

「どうしても、か?」

「シツコイ。ていうか、なんで、あんたにそんなこと言われなくちゃならないの?」

「それは……」と言いかけたレオンハルトは、ふっと笑みを見せて、

「そうだな。君なら大丈夫かも知れん」

 と言った。

 レオンハルトが隠していることは、あまり良い内容ではなさそうだ。だが、問い質すのは止めた。どうせはぐらかされるだろうと思ったのだ。

「それで、君たちはこれからどうするつもりかね?」

「閉架に行こうと思うのですけど、鍵を借りなくてはならないので……」

 クリスの言葉に、レオンハルトは先ほどまで指で回していた輪と、その先の棒を四人に示す。

「君たちは実に運がいい。これがその閉架の鍵だ」

「え?」とユーナは眉根を寄せる。

 それに対してアンナは落ち着いた態度で言った。

「わたしたちも連れて行って下さると仰るのですか、閣下」

「そのつもりだ」

「どうして?」

「どうして……か。確かに我々はライバルだ。だが、相手を蹴落として先に進むような競争をしている訳じゃない。理由は、これで不足かね?」

 ユーナはぶんぶんと首を振った。

「では、行こうか。閉架は二階だ」

 レオンハルトに連れられて、四人は二階に向かった。

 壁際に立つ鉄製の螺旋階段を登る。

 階上は壁沿いにぐるりと館内を囲む宙廊下になっていて、五人はそこを奥の方へ進んだ。

 木製の扉が現れ、レオンハルトが鍵穴に鍵を差し込み、回すとがちゃりと音がした。

 レオンハルトかドアノブを回すと、扉が内側へと開く。


「ごきげんよう。お待ちしていました」

 内側から女性の声が聞こえた。

「ローリス様……」

「集議堂でお会いしましたね、みなさん。ここに辿り着いたということは、覚悟は決まりましたか?」

「あ、えーと、多分、はい」と曖昧に答えてから、ユーナは疑問に思ったことを口にする。

「あの、聞いても良いでしょうか」

「何でしょう?」

「ローリス様は、夜からずっとここにいらしたんですか?」

「そうですね。昨晩は仕掛けが動いたと連絡を頂きましたから。閉架部屋に来る人もいると思いまして。現に皆さんがいらっしゃいました」

 と言ってローリスは小さくあくびをする。

「あら、失礼」

「なんだか、すみません」

「どうしてかしら?」

「あたし達のために待っていて下さったようなものでしょう?」

「気にしないで。これは、わたくしの義務ですから。さあ、そこにお座りになって。おもてなしは出来ませんけど」

「あ、はい」

 ユーナたちは言われたとおりに閲覧用の椅子に座る。

「今日、私は十八頭領会の代理としてここに来ました。つまり、わたくしの発言は十八頭領会の総意と理解して下さい。それでは、これからあなたがた『幽体捕獲』挑戦者に、資質があるか、口頭審問による試験を行います」

 改まった口調でローリスが試験開始を宣言する。

「まず始めに呪闘士専攻ニキア・ヴェンター。課題で捕まえるべき幽体の分類学的特性を述べなさい」

「魂が何かとくっついて、見えてる……えーと、場違いなモノ!」

 ニキアは思い出すように一語一語答えた。

「概ね正しいですね。次に呪猟士専攻クリスティーネ・クライル、『幽体捕獲』は従来の術式では困難ですが、その理由は何ですか?」

「幽体は魂が本来のものでは無いマテリアルと弱く結合して現れます。威力の弱い結界を使用しても結合が切れて、幽体は消滅してしまいます。より強い術法だとひとたまりもありません」

 クリスは流れるように正解を述べる。

「そうですね、その通りです。では次に呪猟士専攻アンネッテ・コーエル、『幽体捕獲』の可能性がある術式とその法式及び特性を述べなさい」

「可能性があるのは『水晶術』の『封魂法』だけです。禁術となって久しいため、それがどのようなものか、もはや正しく知ることはできませんが、何らかの方法で引き離した魂を『二手対二手結合』でエーテルを介して水晶と結びつけると考えられます」

 とアンナは澱み無く答えた。

「流石ですね。次に呪猟士専攻ユーナ・オーシェ。魂を保存し、効率のよい自動人形を作ることができ、使い方によっては知識さえ封じて後世に伝えることが出来る『水晶術』が、どうして廃ったのか、その理由を考察しなさい」

「ハルトゥス帝を暗殺しようとした水晶術士はそれに失敗した後に図書館に籠城し、学館初代館長であるファルマ・スティクトーリス公爵の説得によって投降、水晶を放棄し、国外追放となりました。この時に『水晶術』は禁術指定され、術式も水晶も失われたのが理由です」

 答えながらユーナは浮き彫りの部屋の術士たちを思い出す。

「それが公的な史実ですね。最後は呪猟士専攻レオンハルト・リッツジェルド、あなたはその出身からこの様な知識は既に持っているでしょう。そこで問います。真実はどこにあるのですか?」

「……真実は血色の記録の中にある」

 レオンハルトは少し間を空けてから答える。彼が言った秘文には、『図書館の』の部分が抜けていた。ユーナ達とは違う道標を辿ってきたのかも知れない。

「いいでしょう。それでは、水晶術の最初で最後の講義を行います。講師はわたくし、ローリス・イルトゥース。そして生徒は皆さまです」

 そして、ローリスは机の上に赤い本と、白色の二冊を置いた。

「あっ! もしかして、『白い本』! こっちは『朱い本』? 焚書になったんじゃ……」

「ご明察。こちらが、白い本として知られる『我が人生、多くを語らず』。そして、こちらが、『精霊物理学序論』、いわゆる『朱い本』の写本です。なぜ、わたくしが持っているのか、レオンハルト様以外のみなさんは疑問に思っていることでしょうね」

「いいえ、私も少々戸惑っています。何しろ、私も彼女たちと一緒に探そうとしていたところでしたからね」とレオンハルトも意外そうに答える。

「そうでしたか」

 ローリスは頷いて、言葉を継いだ。

「それでは『七日間事件』のことお話ししましょう。ユーナさんには酷かも知れませんが、心して聞いてください。これが隠された真実です」

 ユーナは、その言葉の意味を計りかねた。だが、もしかすると、レオンハルトが教えてくれない事柄に関係があるのかも知れない。

 ローリスは白い本を開き、読み上げ始めた。

「将来、真実を知ろうとする者が出てきた時のために、これを書き残そうと思う。それはいわゆる『七日間事件』についてである。この事件の顛末は、世に知られているものとは異なる。それどころか、全く逆と言ってしまっても良い」

 ローリスは、一呼吸置いて続ける。

「ハルトゥス陛下を弑したのは術士ではない」

「えっ?」

 ローリスは、ハルトゥス帝が殺された、と確かに言ったのだ。


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