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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
学館の陽は暮れて
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土曜、夜。付属図書館。その2

 四人は呆気に取られてそれを眺めているしか出来なかった。

「……閉じこめられた?」

 最初に我に返ったのはユーナだった。

「どうしましょう」

 そう口では言いながら、クリスは、それ程慌てた風でもなく、ランタンに火を入れ直す。

「本棚倒して脱出しようぜ」

「待ってください。これはきっと、『幽体捕獲』に関わる道標です。秘文が鍵になっていたと考えるべきでしょう」

「こちら、通路になってるみたいですけど」

 クリスが指し示す方向は、確かに本棚の壁がなく、奥の方に通じているようだった。

「行ってみましょう」

 アンナが先頭に歩き出す。ランタンを持ったユーナと、クリス、ニキアが慌てて続く。

 通路の先も本棚で出来た道は続いていた。四人は右に曲がったり左に曲がったりと、まるで迷路のような道を進んだ。

 周囲を照らすのはランタンの光のみ。歩みを進める度、暗闇の中の書棚がぼぅっと浮かび上がっては消えていく。まるで夜の森を散策しているような気になってくる。

 突然、静寂を破って、ばさりと音がした。

 何事かと思って、音のした方にランタンを向けると、本棚の通路に本が一冊、落ちている。

「本棚が動いて落ちたのかな」

「戻さないと……」

 クリスが本を拾い、題名を読み上げる。

「『偶然は必然の一部である』」

「また、変なタイトルね」

 クリスは本を棚に戻し、ユーナの方へ歩き出した、その時。

 今度は、ユーナとクリスが見ている目前で本がひとりでに棚から抜け落ちた。

「……今の、見た?」

「見ました。落ちましたね」

「うん、落ちた」

 クリスが拾おうとして身を屈めた時、いきなり本が勝手に開いた。

 そのページには鳥の絵が描かれている。とユーナが認識した途端、本がばたばたと、まるで表紙と裏表紙を翼にしたように羽ばたき始める。しかし、本の重さでは飛ぶことは叶わず、傷ついた鳥のように地面を暴れまわる。

 クリスは本を捕まえようと右往左往する。その姿は鶏を追いかけているのに似ていて、ユーナは思わず吹き出しそうになった。

「もうっ! 笑ってないで手伝ってください」

「ごめん」

 クリスとニキアが二人がかりで壁際まで追い詰め、ようやく捕まえることに成功した。

 クリスが本を閉じると、本はようやく動きを止めた。

 本の題名は、『風見鶏』。

「あんなに暴れてたのに、ぜんぜん壊れてない……」

 ユーナは、その不可解な丈夫さに驚いた。

「ともかく、元に戻しましょう」

「その前に本を見せてください」

 アンナは本を受け取ると、表紙を三人に示した。

「これを見てください。水晶があるでしょう」

 確かに、革装の表紙に、小さな輝くものがはめ込まれている

「つまり、これも水晶術の人形ってこと? 本なのに?」

「そういうことなのでしょうね」とアンナ。

「鳥の魂が封じられてたりして」

 冗談のつもりなのか、ニキアが言う。ユーナはそれが本当だとすると、なんだか可哀想な気もした。

 さらに歩を進めると、やがて、四人は木製の壁に当たった。ここが行き止まりのようだった。

「どうしよう……やっぱり閉じこめられてる?」とユーナ。

 アンナが壁に触れる。

「こちらを照らしてもらえますか?」

 ユーナがランタンをかざす。すると、壁に丸い窪みを見つけた。それは丁度、球体をはめ込むことができる形状をしている。

「もしかして、水晶球がはまっていた? アンナ、水晶の破片持ってたよね? ちょうどこれくらいの大きさじゃない?」

「ええ、そうですね」

 と言いながら、アンナは水晶の破片を取り出す。そして壁の窪みに合わせると、部分的にではあるものの、ぴったりと一致した。がたんと音がして、壁が向こう側へと開いていく。その先には、空間が広がっていた。

「行ってみよう」

「はい」

 内側に開いた壁をくぐり、ランタンを持つユーナを先頭に四人は足を踏み入れる。四人が部屋に入ると同時に、壁の扉が音をたてて閉まった。中は広い部屋でカビと埃の匂いがした。ユーナは部屋をランタンで照らす。部屋は窓は無く、本棚も机も無いように見えた。

「あそこに何かあります」とクリスが一方の壁を指す。

 近づいてみると、そこには浮彫があった。

 右側にひとりの男が立ち、服装から推測するに、高位の術士のようだ。

 左側は複数の術士がひざまずいていて、右側の高位術士が、彼らに何かを与えるように手を伸ばしている。その手の上に乗っているのは球体で、ちょうど浮き彫りの中央に配置されており、浮彫からさらに浮き出て立体的に見えた。

「これは、どういうものなのでしょう?」とクリス。

「どうなんだろう?」とニキア。

「上位の術士が、新米の術士に水晶球を与えているのでしょうか? 呪闘士の叙任式の一場面なのかと」アンナは憶測を立てる。

 ユーナはさらに浮き彫りを注視する。すると、文字が刻まれているのが辛うじて見てとれた。

「ええと、ファルマ・スティクトーリス……ってさんざん聞いた名前では?」

「はい、図書館に立てこもる水晶術士を説得した方です」

「じゃあ、左側の術士達は、水晶術士ってことね。でも、スティクトーリス公爵が水晶を差し出してるのは、どうして?」

「ええと……」とクリスは唸る。

 アンナも手のひらを頬に当てて悩む。

 しばらくしてから、ニキアが何かを思いついたように表情を変えた。

「もしかして逆なんじゃない?」

「逆?」

 ユーナはニキアの言葉が判らない。

「なるほど」

 頷いたアンナがニキアに変わって説明する。

「スティクトーリス公爵が水晶を差し出しているのではなく、公爵が受け取っている図ではないでしょうか」

「水晶術士達は降参したわけだから、呪具を渡して恭順の意を示したということね。それならつじつまが合う」とユーナ。

「……没収された水晶は、この後どうなったんでしょう」

 クリスの言葉は、自分に問いかけるようだった。

「多分、全部、壊されたんじゃない? 水晶術の産物は、ほとんどそうなってるみたいだし」

「ですけど、一部は残されています」

「それは『幽体捕獲』の為でしょ」

「そうですけど……」

 クリスは腑に落ちないといった表情だ。

「ねえアンナ、もしかしてこの部屋は、水晶術士が投降した場所なんじゃない?」

「推測の域は出ませんが、最後まで立てこもった隠し部屋なのかもしれませんね。学館を創設したファルマ・スティクトーリス公爵なら、その存在もご存じだったでしょう。ところでニキアさん、その浮き彫りの球体の部分を動かせますか?」

「あ、ドアノブになってる」

 ドアのほぼ中央にドアノブがあるのは、古い様式だ。

 ニキアがドアノブを回すと、鈍い音がして浮彫が向こう側に向かって開いた。

 淀んだ空気が流れ出し、四人を包み込んむ。同時に土に似た匂いが鼻をついた。

「先に行ってみよう。きっと何かあるはずだよ」

「そうですね」

 ユーナはランタンで扉の向こうを照らす。一人がやっと通れるくらいの狭い道がまっすぐ伸びている。殺風景なその先は、どこまで続いているのか見当もつかない。

 四人は一列になって進み始めた。先頭は灯りを持つユーナが務める。石組みの壁と天井がしばらく続いた後、急勾配の登り階段が現れる。長い長いそれを登り切ると、木板の天井が見えた。蓋になっている板を上へ押し上げて外に出る。

 風景は一変していた。家並みは眼下にあり、建物の屋根が丸見えになっている。

 そこは、城壁の上だった。

 メーゼンブルクがまだ要塞だった頃に造られた堅固な城壁は、四百年を経た今でも受け継がれている。ただし、平和な時代となった二百年前に、街を囲っていた壁の殆どは解体され、現在では、旧市街の周辺部に一部が残されているだけである。

 四人が立っているのは、まさにそんな場所だった。

 大昔は歩哨が行き来したであろう城壁の上を、四人は進んだ。

 ユーナ達の行く手を立ちふさがるようにして、見覚えのある時計塔が建っている。毎日の講義の開始と終了を告げる鐘の音はこの塔が鳴らしているものだ。

 時計塔にたどり着くと、今度は鉄のドアが出迎えた。

 風雨に晒されたドアは錆びていたが、やはり表面に浮き彫りのような図像がある。

 今度は術士が中心に一人だけ描かれ、腕組みをしながら首を傾げている。そして、右手の人差し指を目立つように上に向けていた。

「悩んでますね、この人」とクリス。

「悩んでるね」

「どういう意味なんでしょうね」

「今度のは判んないね、これだけじゃ……」

「これも『水晶術』に関係がありそうですよ」と言ってアンナは説明を始める。

 苦悩している術士の後ろには横線が幾つも描かれており、その上に球体が有ることから、それが棚であること、そして球体は水晶であると想像出来る。

 だが、術士がなぜ悩んでいるのかは、解釈のしようがなかった。

「判らないものは、仕方ないです。先に進みましょう」

 鉄扉は難なく開いた。

 時計塔の内側は、壁に沿うように螺旋階段が下から上まで伸びており、四人はそのちょうど中間地点に出た。

「登りますか? 降りますか?」

 扉の術士は、人差し指が上を向いていた。

「登ってみよう」

 代わり映えのしない階段を廻ように登る。

 階段が途切れるところでまた扉が現れた。だが、この扉には飾りも浮き彫りも無い。

 扉を開けてさらに先に進む。油の匂いが溢れて来る。同時に正確に等間隔でなり続ける複数の音。時計の機械室だった。

 備え付けのランタンを複数見つけ、火を移す。

 灯りに照らされて、大きな歯車と小さな歯車が幾つも浮かび上がった。それらは噛み合わさって、あるところではゆっくりと、またあるところでは足早に動いている。

 四人は、ここにあるはずの『何か』を探し始める。

 ここまでの経緯を考えれば浮き彫りであることが想定できる。しかし。

「特に、何もないよね……」

 ユーナはランタンをかざして探すが、これといった物は見当たらない。

「そうですね」

 クリスも何も見つけられなかった。

「ここまで来て、何もないなんて、ヒドくない?」

 憤りも露わにニキアが叫んだ。

「何かあるはずです」アンナはまだあきらめていない。

 ユーナは一番大きな歯車の近くで柱に寄りかかり、ため息をつく。

 アンナきょろきょろと探していたが、ユーナの方を振り返った途端、怪訝な表情で目を細めた。

「どうしたの?」

「見つけました」

「え? どこ?」

「ユーナさんの後ろです」

 ユーナは振り返るが、何も見つけることができない。

「どこにあるのよ?」

「その歯車に」

 アンナが指さしたのは最大の歯車の側面だった。灯りを向けると、円に沿って文字が浮かび上がる。クヴァルティス語だ。ゆっくり回転する歯車にいらいらしながら文章を読む。

『歴史は循環し螺旋を成す。真実はその中央に沈殿する。白い本が出でしとき』

「白い本!」

 ユーナはランタンを落としそうになるくらい驚いた。

「今度は違いなく『スティクトーリスの三冊』みたいですね」とアンナ。

「でも、その前の部分の意味が判らない。螺旋の真ん中に真実がある、ってどういうこと?」

「それはおいおい判るのではないでしょうか。まずは、白い本の方を」とクリスが話をまとめた。


 もと来た道を戻って図書館に着くと、本棚は本来の並びに戻っていた。

 四人は目録箱がある図書館の入り口に早足で向かう。

「白い本の題名はなんて言うんだっけ?」

「『我が人生、多くを語らず』です」

 ユーナの問いにアンナが答えた。

「日記なんだよね?」

「そのはずです。ですから、分類は『スティクトーリス蔵書』の『私書』になると思います」

 四人掛かりで目録箱の中を探す。見つけるのは骨が折れるだろうとユーナは予想していた。案の定、窓から日が射し込む時刻になっても、見つけることができなかった。『私書』の項はとうの昔に探し終えている。他に日記が分類されそうな項も全て当たってみた。

「考えられる分類って、他にある?」

 閲覧席の椅子に座ってユーナが訊く。

「もう思いつきません」とアンナ。

「同じくです」とクリスも椅子に座る。

「閉架にあるのかな。そうだよね……白い本に禁術について書かれているなら、そんなもの、簡単に閲覧できるようにはなってないはずよね」

「確かに、そうかも知れません」

 とアンナが同意する。

「閉架には入れないのかしら?」

「鍵の申請が必要になります」

 その時、出入り口の扉が開いた。


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