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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
学館の陽は暮れて
12/664

金曜、夜。集議堂

 午前四時。

 ブラジウス聖堂から集議堂までは一本の道でつながっており、時間しにしておよそ十分くらいの距離にある。

 四人は、ブラジウス聖堂から直接、集議堂に移動した。

 この建物は、学館の年中行事や、館生たちの集会に利用されるが、それ以外は閑散として人の姿はない。ましてこんな時間に誰も居るはずもない。しかし、なぜか集議堂には煌々と大きな蝋燭が幾つも灯っていた。

 丸い天井が高く、もとが聖堂だったわりには間口が広くほぼ正方形の空間。入口から中央に至るまでは沢山の木製椅子が整然と並べられ、中央奥には帝国旗『双頭鷲』が掲げられている。

 アンナは残る三人を集議堂の中央まで導くと、くるりと振り向いた。

「クリスさん。先ほど、ブラジウス聖堂で、禁術は水晶に関わるものなのではないかと尋ねられましたね?」

「はい」

「どうして、そう思うのですか?」

 アンナはじっとクリスを見つめる。

「『落石通り』の石像には水晶が使われ、『神々の対話』のブロンズ像は、みんな水晶を模したと思われる球体を持ってましたから」

「それから、これはあたしとクリスしか知らないことだけど」とユーナはメーゼン橋の出来事を話して聞かせた。

 すると、アンナは、ゆっくりと頷いた。

「仰る通り、これは水晶に関わる術法です」

「やっぱり、そうなんですね」とクリス。

「それを判って頂いた上で、本題になります。……ここに来たのは、『偉大なるクヴァルティスの魔術』という彫刻を見ていただくためです」

 アンナはそう言って指差す。アンナ以外の三人はその指し示す方向を見た。

 それは、入口から入って右側に置かれていた。大理石製の大きな浮彫。

「この彫刻はクヴァルティスで使用される魔術を擬人化したものです。作者はセツェンの彫刻家ステファノス・ド・ルルドー。作成年代はだいたい二百年前。呪系位階制定を記念して作られたものです」

 それは少女たちの群像になっていた。一人一人が違う仕草をしている。ある少女は羽ペンで書物を書き、またある少女は口紅を塗り、金鎚を振り上げる少女の姿もあった。

 それぞれの少女に名前が刻まれていて、羽ペンの少女は『アルス・カルタエ』、口紅の少女は『アルス・ルボリス』、金鎚の少女は『アルス・ブラティス』となっている。

 そんな風に、十一人の少女が大理石の中に刻まれていた。

「なんでみんな女の子なの?」とニキアが疑問を口にする。

「それは、『アルス』という単語が女性名詞なので、擬人化するとき女性の姿にしたのでしょう」とアンナ。

 ラテン語もクヴゥルティス語も、名詞には性という属性が付いている。男性、女性、中性の三種類。このような文法がない言語圏ではなかなか理解しにくいものがあるが、そう言うものとして理解して頂きたい。

「ねえ、これ」とユーナか指差す先の少女には、顔がなかった。

 削り取られている。

 彼女は名前までも削り取られていた。

 その少女は、中央から左寄りに立ち、右手に空へ向けている。その手のひらの上には丸い窪みが彫られている。以前はそこに何がはめ込まれていたようだ。

 クリスもニキアもその存在に気付いて、自然とその目前に歩み寄る。

「彼女の名前は、『水晶術(アルス・クリスタルム)』と言います」

「水晶……占術や『宝石術』とは違うのよね?」

「全く別のものです。『水晶術』は、魂を水晶に封じ込めて使役する術式です」

「それが封じの法式なの?」

「はい、ユーナさんが封じの法式の情報を見つけなければ、課題との関連性には気付きませんでした」

「像が動くのと、魂を封じ込めることに、なんか関係あるわけ?」

 ニキアが聞くと、

「そうですね、魂を封じ込めて、動く人形を作ったりできるそうです」

 とアンナは答えた。

「その動く人形って、ブロンズでも出来るんでしょう?」とユーナ。

「メーゼン橋のブロンズ像ですね」

「眼に填められた透明な石が、水晶だったとしたら……」

「つまり、水晶術だったと……?」とクリス。

「でも伯爵はあれをハズレだって言ってた」

「確かに、そうですね」

「だとすると、別の術式が使われている可能性があります。おそらく、俗に言うゴーレム」

 アンナが答える。

「ゴーレムってなに?」

 座学に疎いニキアは頭を掻いた。

「ゴーレムとは、刻印魔術の法式の一つです。自動人形を造ることが出来ますが、水晶術ほど高度なものは作れません。水晶術では自律的に活動できるのに対して、ゴーレムは作成者の指示通りにしか動かせないんです。街の仕掛けにゴーレムを使ったのは、人目がつく場所に禁術を使いたくなかったからでしょう」

「だったら、『落石通り』の石像は? あれはアタリだよね?」

 ニキアは鼻息を荒げて言う。

「そうです」とアンナ。

「ですけど……。石像が水晶術の産物だとしても、それが『幽体捕獲』にどんな関係があるんですか? そもそも、石像は幽霊じゃないですよね。幽霊って霞みたいなものじゃないんですか?」とクリス。

「思い出してください、幽霊、即ち幽体とは、何でしょう?」アンナが逆に訊く。

「魂を核として創出される場違いな事象、よね」ユーナは頬に人差し指を当てて答えた。

「それは、水晶術による事象と合致するとは思いませんか?」

「ゴーレムもどきは幽霊とは言わないんじゃない?」とニキア。

 アンナは首を振る。

「幽霊と言うと、物質を持たない、空気のような存在と思いがちですが、学術的にはそうとは限りません。例えば、木や岩に現れる人の姿や、活動死体なども、定義に従えば幽霊(ガイスト)の範疇に入ります。これらが、魂が引き起こす〝場違いな事象〟であることに変わりはありませんから」

「違和感は拭えないけど、定義上は確かにそうなっちゃう、か。……それってつまり、動く石像を持っていけば合格ってことにならない?」とユーナは、ぱっと表情を明るくする。

「悪くない案ですね、と言いたいところですけど、大きくて、しかも勝手に動き回る物をどうやって持って行くつもりですか?」とクリス。

「良い考えだと思ったんだけど……」

「普通に考えれば判るだろ」

 ニキアに馬鹿にされ、ユーナは少し屈辱を感じる。

「でも、課題に水晶術が関係しているは間違いなさそうだよね?」

 気を取り直したユーナの確認に、アンナが強く頷く。

「問題は、水晶術が禁術だ、ってことか」ユーナは頬に人差し指を当てる。

「そうだとすると、禁術に関わったローリス様は、どうして罰せられることもなく、学館にいらっしゃるんでしょう?」とクリスは不思議そうな顔をする。

「何か抜け道が存在する、とか……?」とニキア。

「抜け道かどうかは判りませんが、『幽霊を捕まえること』という課題には、二通りの解釈が出来ると思います。一つは『封魂法』を用いて魂を封じ込めること。もう一つは、すでに魂が封じられた水晶を手に入れること。一つ目では術士法に違反しますが、二つ目の場合は、ぎりぎり違反しないと思います」

「水晶を探すってことね。だったら、『落石通り』で見つけた破片はどうなの? あれって石像の本体なんだよね? あれだったら、『封魂法』を使わないで済むよね?」とユーナ。

「これですか?」

 アンナはバックに入れていた水晶の欠片を取り出して見せる。しかし、その表情は暗かった。

「魂を封じられた水晶は、起動しないと普通の水晶と見た目は変わらないんです」

「というと?」

「つまり、試験官の前で水晶を起動できない限り、不自然な現象はそこには現れず、これは幽霊とはならないのです」

「起動方法が判らないんだったら、調べれば?」

「それはもう試してみましたが、結果は駄目でした。水晶が壊れた時点で、効力がなくなったのかもしれません」

 壊した張本人のニキアが気まずい顔をする。

「じゃあ、ウチの寮のあれは?」

 小人の庭にいた白い霊のことだ。

「水晶術の産物である可能性はありますが……ユーナさんのお話からすると、手を出すのは危険過ぎると思います」

「確かに……」

 沈黙が過ぎる。

「手詰まり、ですかね」

 誰も言いたくないことをクリスが代弁した。

 ユーナは、ふと顔の無い少女の足元を見る。そこに、ラテン語が刻まれているのを見つける。


 VERITAS IN CALIGONE


「ヴェリタス・イン・カリゴネ。『真実は闇の中にある』……か」

 全くその通りだとユーナは思った。

「その文が、もう一つの手がかりです」

「これが……?」

「『ヴェリタス』で始まる言葉を、わたし達はもう一つ、ブラジウス聖堂で聞いています」

「『ヴェリタス・イン・スクリプタ・サングネイア・イン・ビブリオテカエ』、ね」ユーナが確認するように言う。

「二つの言葉は、関係があるように思います。つまり、『闇の中』が『図書館の赤い記録』に変わって、より具体的になっている」

「でも、『赤い記録』は、もうこの世には無いじゃない?」

 アンナは一瞬、表情を曇らせるが、すぐに意を決したように告げた。

禁術の産物(アルティファクタ)が今でも存在している。それが真実(ヴェリタス)なのだと思います」

「水晶術に使われる水晶が、どこかに隠されているってこと?」

「おそらく」

「問題は、それをどうやって探すか、ですね」とクリス。

 しばらく静寂が四人を包み込む。無理かも知れない。そんな雰囲気が漂う。

 しかし、ユーナの心中には、何とも言えないわだかまりが残っていた。それを払拭出来ない限り、諦めるのは間違いのような気がしていた。

「あたし達、『水晶術』の秘密に近づいてた。これは間違いないはず。手がかりになるはずの『朱い本』はもう無いけど、それでもローリス様のように合格している人が居る。つまり、道はあるはずなのよ」

「それなのに、行き詰まってますよね」

「そうなのよ。道をどこかで踏み外したような感じ。……ということは、あたしたち、何か重大なことを見落としてるんじゃないかな?」

「それは、どんなものでしょう?」とクリス。

「判らないんだけど、何となく、そんな気がするの」

「だいぶ曖昧だけど、言いたいことは判った」とニキアが同意した。

「では、そろそろ方針を決めるべき時だと思います。どうにかして進むべきか、それとも諦めて退くべきか。どうします?」クリスが提案する。

「わたしは、このまま進むべきだと思います」

 アンナの言葉に迷いはない。

「先に進むんで良いんじゃない?」と何も考えてなさそうなニキア。

 ユーナは盛大にため息をつく。

「みんな安直よね。進むのは大変だと思うんだけど」

「ですけど、まだ引き返すのは早いですよね」とクリス。

 クリスの言う通りだと思えた。胸にわだかまりがある以上、逃げたり諦めたりするのはまだ早い。

「じゃ、どうにかして真実を目指そう。それでいいよね?」

 残る三人が頷く。

 だが、今のところ手がかりはないのだ。問題は山積みだった。


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