7
昨日の朝とは違い、淡いクリーム色のカーテンを通した朝日が私の瞼を温めた。
うっすらと視界を開くと、キラキラとした埃が宙を舞っている。
小さく息を吸うと、その埃っぽさに咳がこみ上げる。
何度か咳をして頭は完全に覚醒する。辺りを見回して、ようやくここが梓のアトリエだということに気が付いた。
ポケットの中が震え、携帯を取り出す。画面を開くと友達からの連絡が溜まっていた。
午前10時半。もうとっくに一限目は始まっている。
昨日は一日サボってしまったし、今日こそは顔を出さなくてはならない。
「私、寝ちゃってたのか……」
楽しく話していたといえど、その日にあった人間の元に泊まるだなんて。
自分の不用心さに眩暈がする。母の耳にでも入ったらなんて言われるのだろう。一人暮らしを始めた矢先にこれとは、先が思いやられる。
そこでようやく、近くに梓がいないことに気が付いた。
重い目を擦りながら、立ち上がる。
座りながら寝ていたせいか、頭が痛い。じんじんと痛む側頭部を支えながら、ドアノブに手を掛ける。
その時、扉の向こうで、音が弾けた。
ダンダンダンと何かを強く叩きつけるような音。
慌てて扉を開けると、そこには、獣がいた。
そこにいた少女は、キャンバスの前に立ち、そこに筆を叩きつけている。
力強く、豪快に、そして繊細に。
おはよう。そう口に出そうとして、飲み込む。
今の彼女に声をかけてはいけない。後姿を見て、それを察した。
長い髪を揺らして、獲物を狩る勢いで食らいつく。
静止して、また動き出し、それはまるで踊っているかのよう。
そこに存在するのは私の知っている梓ではない。
確かにキャンバスの前に少女は立っている。それは言うまでもなく梓。でもそれは、梓の姿をした別の何かと説明した方がしっくりとくる。
梓の体の中に、別の生き物が存在している。そう思わざるを得ない。
それが大きく体を揺らした瞬間。目が見えた。鋭い眼光。
生と死を司るかのように熱く冷たい瞳。そこに宿る生命力と、孤独の色。
それらすべてが猛獣のようだった。
これが彼女の作品から溢れだす生命力の理由なのだろう。自らの命のすべてを作品に注ぎ込む。そんな風に見える。
その光景に釘付けになった私は声を出すことも、体を動かすこともできない。
茫然と立ちつくすしかなかった。
目の前には、私の憧れていた人間がいる。
安曇桜。
こうして初めて、私は彼女に出会った。
それが、私と梓と桜の始まり。




