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タンポポの牙は紫色に舞う  作者: 卯月樹
1. 邂逅と才能
8/23

昨日の朝とは違い、淡いクリーム色のカーテンを通した朝日が私の瞼を温めた。

 うっすらと視界を開くと、キラキラとした埃が宙を舞っている。

 小さく息を吸うと、その埃っぽさに咳がこみ上げる。

 何度か咳をして頭は完全に覚醒する。辺りを見回して、ようやくここが梓のアトリエだということに気が付いた。

 ポケットの中が震え、携帯を取り出す。画面を開くと友達からの連絡が溜まっていた。

 午前10時半。もうとっくに一限目は始まっている。

 昨日は一日サボってしまったし、今日こそは顔を出さなくてはならない。

「私、寝ちゃってたのか……」

 楽しく話していたといえど、その日にあった人間の元に泊まるだなんて。

 自分の不用心さに眩暈がする。母の耳にでも入ったらなんて言われるのだろう。一人暮らしを始めた矢先にこれとは、先が思いやられる。

 そこでようやく、近くに梓がいないことに気が付いた。

 重い目を擦りながら、立ち上がる。

 座りながら寝ていたせいか、頭が痛い。じんじんと痛む側頭部を支えながら、ドアノブに手を掛ける。

 その時、扉の向こうで、音が弾けた。

 ダンダンダンと何かを強く叩きつけるような音。

 慌てて扉を開けると、そこには、獣がいた。

 そこにいた少女は、キャンバスの前に立ち、そこに筆を叩きつけている。

 力強く、豪快に、そして繊細に。

 おはよう。そう口に出そうとして、飲み込む。

 今の彼女に声をかけてはいけない。後姿を見て、それを察した。

 長い髪を揺らして、獲物を狩る勢いで食らいつく。

 静止して、また動き出し、それはまるで踊っているかのよう。

 そこに存在するのは私の知っている梓ではない。

 確かにキャンバスの前に少女は立っている。それは言うまでもなく梓。でもそれは、梓の姿をした別の何かと説明した方がしっくりとくる。

 梓の体の中に、別の生き物が存在している。そう思わざるを得ない。

 それが大きく体を揺らした瞬間。目が見えた。鋭い眼光。

 生と死を司るかのように熱く冷たい瞳。そこに宿る生命力と、孤独の色。

 それらすべてが猛獣のようだった。

 これが彼女の作品から溢れだす生命力の理由なのだろう。自らの命のすべてを作品に注ぎ込む。そんな風に見える。

 その光景に釘付けになった私は声を出すことも、体を動かすこともできない。

 茫然と立ちつくすしかなかった。

 目の前には、私の憧れていた人間がいる。

 安曇桜。

 こうして初めて、私は彼女に出会った。


 それが、私と梓と桜の始まり。


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