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タンポポの牙は紫色に舞う  作者: 卯月樹
1. 邂逅と才能
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 太陽は昇りきり、このアトリエにも太陽の光が少しだけ差し込んだ昼下がり。

 目の前の小さな講師の話は終わり、そろそろ帰ろうかと腰を上げる。

「じゃあ、私そろそろ帰……」

「何言ってるの。これからじゃん」

頭の上に疑問符を浮かべ、中腰で固まった私に、梓は笑いかける。

机の上から何かを掴むと、私の手にそれを無理やり掴ませる。視線を自分の手に向けると、それは木のパレット。

「芸術は頭で理解するもんじゃないよ」

「いや、だって時間が……」

「まだまだレッスンは終わってないから」

「三限目……」

 昼ご飯は食べていない。急いで家を飛び出した私のおなかは悲しく泣いている。それでも今から急げばぎりぎり授業には滑り込める。

「学校に行くよりもよっぽど為になると思うけど?」

「うっ……」

 梓の指摘も間違ってはいない。

 現に今の私は絵を描きたいと思っている。何年振りかわからない感情を抱いてるのだ。

 精神論から入る梓の芸術へのアプローチは、私の心にすっと溶け込んでいる。

「でも……」

「大丈夫、大丈夫。軽くでいいから」

 だから、軽くで油絵を描くのは梓くらいしかいないと言ってやりたい。

「時間かかるなら泊まっていってもいいし」

「泊り……。レッスンっていつになったら終わるの……?」

「私が満足したら」

「何それ……」

「とにかく! 描きたいと思った瞬間に描かなきゃだめ。これは絶対」

 人差し指を私に向けて、ビシッと決め、もう一度机の上からなにかを持ってくる。

「はい。これ絵具」

 のりが入った缶のような大きさの、四角い箱を渡される。

 蓋にはひらがなで『むらさき』と表記されていて、中を覗いてみるとその通り、多種多様なメーカーの紫色の絵具。赤に近いものから青に近いもの、黒や白といった、様々な絵具が入っている。

「テーマの色を一つ決めて、絵を描くの。結構やってみると楽しいよ」

「一つの色」

「一つって言っても感性の問題だから、基準は曖昧だけど、スランプの時とかにやると気分転換になるの」

 つまり、私は紫で一枚の絵を描かされるわけか。

「……なんで紫?」

「名前が紫だから」

「……やっぱり」

「嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど、昔からなにかと、その扱いを受けてたから」

 小さい頃から私の周りには何かと紫色が集まってきた。

 配られる折り紙も、母が買ってくる洋服も、友達が誕生日にくれたボールペンも。

 それでも、鶴を折るときは違う色も使ったし、全身紫色でそろえた訳でもない。ましてや筆箱なんて、もらい物以外で紫色は使っていなかった。今考えてみると全てを紫色で統一したことはなかった気がする。

 絵は鏡。梓の言葉を思い出して笑いそうになる。そのまんまじゃないか。それは少し楽しそうだ。

 抽象画はそこまで多く描いたことはない。

 だが、この無数の紫を見ると、抽象画を描きたくなってくる。

 イメージはまだ固まらない。

 ただ、私の視線の先には額縁に入った梓の青があった。

「わかったよ。描く」

「そうこなくっちゃ」

「キャンバスは……。貰ってもいい?」

「もちろん」

 梓は段ボールの中から一枚のキャンバスを取り出すと、イーゼルに乗せた。

「笑わないでよね」

「笑わないよ」

ふふっと笑って、梓は私から離れた段ボールの上に座り、スケッチブックと鉛筆を握る。

鼻歌交じりに線を引き始めたので、私は彼女から視線を外して前を向き直す。

 とりあえず、日が暮れるまではここに向き合ってみよう。そう意気込んで白を見つめた。


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