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 一度そう決めてしまえば、早かった。

 月に一度来る須崎にどうすれば画家になれるのか真剣に相談し始めた。

 急なことに須崎は驚いたが彼はまず、学校の美術部に入ってみるといいと言った。

 彼も彼女の才能には昔から気がついていた。しかし本当のところ彼女を画家にはしたくなかったのだ。

 画家とはとても厳しい世界。自分を削り続けなくてはいけない。それなのにいつ収入が無くなってもおかしくないのだ。

 昔、ノアが自分に娘にはこんな道を歩んではほしくないと、笑いながら言っていたのが彼の耳に残っていた。

 しかし、目の前で真剣なまなざしを向けられてしまえば、きっぱり駄目だとは言えなくなってしまう。だから少しだけ遠回りをさせる事にした。

 自分の立場を使えば、すぐにでも彼女の絵を市場に出せる。そして彼女の実力なら、値段は張らないにしてもすぐに買い手は見つかる。

 でも、彼女にそんな楽な道をさせてはいけないと思った。

 だから美術部の学生コンクールから彼女をスタートさせることに決めた。その途中で挫折してくれることも少しは願って。

 

 さっそく彼女は部活が休みだという金曜日を狙って美術室へ向かった。中に入っても誰もおらず、隣の美術準備室の扉を叩いた。

 どうぞという男の声が聞こえ、梓はゆっくりと扉を開く。

 中に入ると、画材が沢山詰まれていて、真ん中にはキャンバス。そして端には美術教師のものらしい机が置いてある。

 奥から、ちょっと待ってね。と聞こえ、数十秒後に小走りで物陰から男が姿を現す。

「えっと~……入部希望者?」

「えっと~。多分違います」

「多分?」

 不思議な少女に美術教師は首を傾げる。

「あ、ごめんなさい。私1年2組の三……安曇桜です」

 危うく三倉と言いそうになって慌てて安曇と自己紹介する。

「あぁ、うん。僕は美術の安岡。君、芸術選択は音楽? 見たことないけど」

「あ、はい! 音楽です。……それで、音楽選択が言うのも変な話なんですが……。私、コンクールに出たいんです」

 梓は少し恥らいながら、言い切る。

「コンクールって……?」

 安岡は聞き返す。この子は何を言っているのだろうか? コンクール? まさか、美術部員が出すコンクールのことだろうか。

「はい! 美術部が出すコンクールが近々あるって聞いたんですけど、それって美術部に入ってなくても出せますか?」

「え? でも君音楽選択なんだよね? 絵とか描く機会あるの?」

「はい! 家ではバリバリ描いてます」

 自信満々に言い放つ彼女を見て、安岡は驚きと同時に興味を抱いた。

「えっと……。コンクールに出したいのは分かったんだけど。部活には入る気はないんだよね?」

「入る気が無いというか……。入れない? みたいな感じです」

「家庭の事情とか?」

「それは大丈夫です。私、一人暮らしなんで」

 安岡は一人暮らしという単語に教師の立場上少しだけ引っかかることはあったが、あえてそれを無視して話を進める。

「原則、うちの部活は部員しかコンクールには出さないんだ……。まぁ、今まで君みたいなのがいなかっただけなんだけどね……」

「じゃあ、だめですか?」

「うーん……。だったら、こういうのはどうかな? コンクールまでの間、君は仮入部って事で美術部で絵を描いてもらう。そうしたらコンクールに出すのに文句はないし、コンクールに出し終わった後には辞めてもらってもいい。……実のところ、僕の目の届かない所で描かれた絵をコンクールに出すのはちょっとまずくてね……。万が一違う誰かが描いたものを出されても分からないわけだし」

 彼女は少しだけ考える。彼の言う通りに部活に仮入部したとして、ここで他の生徒と一緒に絵を描けと言われたところで、私が絵を描ける筈がない。

 正確に言えば、他の人がいる中で桜が絵を描ける筈がないのだ。

「……分かりました。でも1つだけお願いがあります」

「何かな?」

「部活が休みの日っていつですか?」

 それでも彼女は前に進みたかった。父親を助けるために。

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