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タンポポの牙は紫色に舞う  作者: 卯月樹
1. 邂逅と才能
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 朝の日差しは、まだつけていないカーテンに阻まれることなく、直に私の顔に降り注ぐ。

 今は何時だろうか、目を開けられないまま手探りで目覚まし時計を探すが、動かす手には空を切るばかりで見つからない。

 よくよく考えると、まだ段ボールの中かもしれない。

思い返せば、携帯の充電器と布団くらいしか出していなかったような気がする。引っ越し初日なんてそんなものだろう。

 仕方なく視界の端に映った携帯をコードから引っこ抜き、時間を見る。

 朝の6時25分。あと一時間は余裕があるだろうか。結局昨日はまともに眠ることはできなかった。浅い眠りを繰り返す地獄のような夜だった気がする。

 新しい部屋とはこんなにも眠れないものなのか。これは予想外だった。家族のいない家がこんなにも怖いだなんて、昨日の私は知りもしなかった。

 こんなことになるのならば、成人したことを期に一人暮らしなんて始めなければよかったと今更後悔し始める。

 これから毎日こうして眠れない日々が続くと思うと意識が遠くなる。

 先ほどまで中々寝付けなくて苦労していたというのに、暖かな朝日を感じていると、徐々に眠気がこみ上げてくる。明るさに安心したのだろうか。

 どんどんと大きくなり襲い掛かってくる眠気。これに一度落ちてしまえばもう起きれる自信がない。

 あ、これやばいやつだ……。

 一限目、無理だな。

 朦朧とする意識の中、何とか携帯を操作し、友人とのメッセージ欄を開く。

「いちげんむり ねる よろしく」

 送信ボタンを押すと同時に、私の意識は途切れた。


 次に目を覚ました時、窓から覗く太陽は十分に昇っていて、時計なんて見なくても一限目に間に合わないことを察した。

 今日一日、このままサボってしまおうか、なんて考えも過るが、生憎私にそんな余裕はない。

 もぞもぞと布団から這い出し、部屋の隅に山積みになっている段ボールに手をかける。

 こんなことになるなら昨日のうちに片付けておけばよかった。

 今更後悔しても遅いのだが、文句を言う相手もいないので、仕方なく過去の自分を呪う。

 段ボールの中をごそごそとかき回し、ドライヤーを見つけて引っ張り出す。

 その他にも授業で使うものを色々と発掘していく。

 教科書、ノート。筆箱に、筆。そしてポーチに入った小物をそのままリュックに詰め込む。

あ、時計みっけ。今は10時20分。

 急げば二限目にはギリギリ間に合いそうだ。

 大学に近いというのも引越しの理由の一つだったはずだが、今になると引越しをしたこと自体が後悔だ。学校への距離より、朝起こしてくれる母親の方が大切であることに今更ながら気が付く。

 床に直で置いてあるコンビニの袋から菓子パンを取り出し口に入れる。

 ついでに温かい朝ご飯が食べられないということも後悔だ。

 なんだ、私の人生、後悔ばかりじゃないか。

 そう考えるときりがない。

 だって入った大学でさえ後悔しているのだから。

 本当に、どうしてあんな大学に入ってしまったのだろうか。

 あんな能力のカースト制度、私には到底耐えられない。

 美術大学なんてやめておけと、三年前の大学選びに頭を抱える自分に助言してやりたい。

 三角形の底辺に巣食う私が言うと、ただの負け惜しみにしか聞こえないだろうが、あそこにいる奴らは皆、宇宙人なのだ。彼らの才能も言動も脳内も、私には理解が出来ない。

凡人以下の私なんかがどれだけ手を伸ばしても、どれだけあがいても近づくことすら出来なくて、自分の絵を見るたびに、どうしようもなく幼く見えて、毎日が恥ずかしい。

 口の中のパンがなくなり、適当に着替えと化粧を済ます。

 トイレは部屋の中にあるものの、この部屋にはシャワーが無い。朝にそれを浴びることができないのも今考えると後悔だったり。

 身支度もほどほどに家を飛び出して、そのまま早歩きで大学までの道を急ぐ。

 昨日ここに来てからは家具の移動と、近所の人への挨拶しかやっていない。こうして家から学校までの道のりを散策するのは初めてだった。

 遅刻している立場上少し早めに歩いてはいるが、新しい町を歩く私の目は輝き、興味を引かれ、結局急げてなどいない。


 だから目の前にあれが現れたとき、私の足は止まってしまったのだと思う。

 脇目も振らずに学校へと走っていれば、視界の端に移るだけだったかもしれないのに。

気が付けば私は立ち止まり、その世界に入り込んでいた。

 不気味な薄暗さも、異世界のような雰囲気も、どことなく懐かしさを感じさせる匂いも。

 そして、その檻の中に一人閉じこもっていた、才能の獣も、部屋中に散らばったその獣の一部も。

 私はそのすべてに一目惚れをした。


 それが私達二人の始まり。


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