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 自分の名前を少し弄っただけの簡単な名前だった。自画像に自分ではない誰かの名前をタイトルとしてつけることを彼女は我ながら不思議に思った。なぜ名前をつけたのか、それは彼女自身にもよくわからなかった。

 不思議な感覚だったのだ。新しい命が生まれた瞬間のような、暖かくほほえましい感覚だった。 

 だから新たな命に名前をつけてあげようとふいに思ったのかもしれない。

 結果として、名前をつけたことは正解だった。

 名前をつけたことで三倉梓という一つの人格を認識することが出来るようになったのか、意識的にすんなりと他人の前で仮面を被ることが出来るようになったのだ。

 一度目を瞑り、自分は三倉梓だと信じ込めば、他人と接することが妙に楽になる。きっとそれは彼女が自分を騙していたからなのだろう。

 彼女の中にいる三倉梓は安曇桜とは違い、活発で自由で、社交性があって、人に好かれることができる。

 そう思い込むことで、身を守る盾を作ったのだ。

 そしてそれは思わぬ所で副産物を生んだ。曲がりなりにも桜の一部として生まれた梓はやはり美的センスを携えており、そこまでの絵は描けないものの、物の良し悪しを判断する程度は出来た。

 そこで、自分が描いた絵を梓の目線で見ることで、主観を出来るだけ省いた自己評価を始めたのだ。

 やはり他人の目から見ると自分の作品の欠点は簡単に見つけることが出来た。

 こうして彼女はどんどんとその才能を磨いていった。


 梓を通して外の世界に少しだけ興味を持つようになった彼女は、そこでやっと自分が才能を持っていることに気がついた。

 そして思ったのだ。

 自分が有名になって海外にまで名前が知れるようになれば、父に認めてもらえることが出来るのはないかと。

 ノア・フレッカーのホームページは父が日本を発ってから一度も更新されていなかった。

 そのホームページがあること事体、彼女は梓を通して初めて知ったのだが……。

 自分が有名になることで、父も画家として復活してくれるのではないのかと、何の根拠もなしにそう思った。

 父はまだ絵を描くのが怖いのだと思った。彼にとって絵は日本と、そして母と私に強く結びついているからだろう。

 だから彼女は父の希望として、画家の安曇桜になろうと思った。

 彼が抱いている絵への罪悪感を少しでも拭えるならと、そう決意した。

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