3
そしてその時から彼女の美術的才能は開花し始めていた。元々小さい頃から数々の美術品に囲まれて育ったからか、誰に教えられる訳でもなく自然に才能は現れた。
彼女の絵は同年代と比べられるようなものではなく、大人に混ざっても遜色のないものだった。いや、大人の中に混ざっていても一際輝いたかもしれない。
しかし、外の世界への興味を完全に遮断してしまっていた彼女には、そんなことを知るよしもなかった。
ただ毎日絵を描いていく。それが彼女の日課だった。家に帰れば全ての欲望を忘れて絵に没頭する。
そんな毎日が進むにつれ、彼女は段々と学校に行くことが苦痛になっていた。
学校に行ったところで、何もいいことなど起きない。ただつまらない授業を聞き、休み時間になれば周りから笑いが飛んでくる。
虐められることにはそれほど関心はなかった。ただ、絵を描く時間を奪われることが辛かった。
学校を辞めようとも思ったが、父代わりだった須崎が父の言葉を代弁して高校は出ておけと言うので、辞める事もできなかった。父親と須崎に嫌われれば彼女は本当に孤独になってしまう。それだけは嫌だった。
自分が何をしても、回りを変えることはできないことに気がついた彼女は、自分自身を変えようと試みた。
まず始めたのは挨拶だった。今まで先生には挨拶していたもののクラスメイトにはそんなことしたことがなかった。しても無駄だと思っていたからだ。
それでも一度。試しに朝の登校時に挨拶をしてみた。クラスメイトは気持悪がって、虐めは段々と大きくなった。
次に、少しだけ笑顔を作ってみた。自分でもぎこちないことがわかったが、それでも彼女の笑顔なんて見たこともなかったクラスメイトは驚いた。
そんなことをやっていくうちに、やはり虐めはどんどんと勢いを増していった。
それでも彼女は挨拶を続け、笑い続けた。
すると一時を境に、虐めが収束し始めたのだ。単に虐めていたグループが飽きただけなのかもしれないが、おそらく理由は他にあった。
今まで虐めに加担していなかったクラスメイトが次第に彼女の周りに集まり始めたのだ。
彼女はこれを期にと積極的に話に参加し、今までしてこなかった友好関係を半年かけて作り上げていった。
楽しくもないのにとりあえず笑顔を作った。面白くもないのにとりあえず笑って見せた。
自分にとってはあまりにも作り物なのに、周りはころっと騙されていく。
なぜだかはわからなかった。それでも、仮面をかぶった毎日は前ほど辛く無くなっていた。
休み時間になれば人は集まり、沈黙を耐える必要はなく。放課後には遊びには誘われるものの、呼び出されることはなくなっていた。
ただ、遊びに誘われても彼女は毎回律儀に断り、家に帰った。
やはり絵を描いている時が落ち着いたからだ。学校で被っている物をここでは全て捨てることが出来る。
そう思った時、彼女はようやく自分が知らぬ間に何かを使い分けていた事がわかった。
家の外の私はもう一人の自分。今まの自分が持っていなかったものを詰め込んだ、仮初の自分のように感じたのだ。
そう感じたとき彼女は思い立ったように目の前のキャンバスに自画像を描いた。
キャンバスという鏡に映った彼女は、やはり作り物の笑顔を浮かべる。
『三倉梓』
そして絵の下にそう書き加えた。




