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2

 中学校を無事卒業し、新しい学校生活を前にした春休み、それが彼女の一人暮らしの始まりだった。

 須崎という昔からの知り合いに預けられた彼女だったが、須崎の家には行かず、アトリエに一人残ることを選んだのだ。

 最初は須崎も心配していたが、家事全般から何までそつなくこなす彼女を見て、1ヶ月に1回様子を見に来て、無理だと判断したら須崎家に移るという物を条件に彼女の一人暮らしを許した。

 一人の朝。一人の夕飯。一人の就寝。

 ようやく一人の時間を手に入れた彼女は、2年間押さえ込んでいた感情をやっと吐き出すことが出来た。

 母親が死んで悲しい。そんな簡単な感情を忘れていたことに彼女は驚いた。

 そして2年という時間はあまりに長く、忘れている間にそれは色あせてしまっていた。

 仕方ない。そう一言で片付けられるようになってしまっていたのだ。

 そこまで精神的に大人になってしまった彼女は、父親に置いていかれたことさえもすぐに、仕方のないこととして受け入れてしまった。

 それは大人になった自分はそんなことで落ち込んではいけないという自己暗示だったのかもしれない。ただ、開き直ることで心のどこかが軽くなるのを感じたから彼女はそうした。

 その軽さが、何か大切なものを捨てているのだということには、その頃の彼女には知る由もなかった。

 結果的に一人になった彼女は、それなりに何もない人生を歩むはずだった。

 一人暮らしというものは彼女にとってそれほど大きな物ではなかったからそう思えたのかもしれない。それが一つの誤算だった。

 彼女は家の中だけでなく、次第に学校でも一人になっていった。

 母親の死をきっかけに、物静かで大人びた性格になっていた彼女は友好関係を築くことが苦手だった。

 どうしても周りにいる人間が、自分よりも幼く見えてしまうのだ。それは視覚的な問題ではなく、もっと内面の、精神的な問題だった。

 鏡を見れば自分と同じ位か、それよりも大きい人たちが学校には溢れかえっている。

 それなのにどうしてこの人たちは、こんなにも考えが子供なのだろう。

 まるで幼稚園に実習に来ている気分だった。

 いや、それよりもたちが悪いかもしれない。

 考えることはまるで幼稚なのに、無駄に知能ばかり持っている。

 指摘されれば反論し、指示されたものはどうやって楽をしようか考える。それなのに、一人前に権利だけを主張するのだ。

 そうやって周りを見下すことこそ、子供の考えだと分からず、周りに無意味な威圧を放つ彼女が、学校で孤独になり、クラスの腫れ物となるのは時間の問題だった。

 一人暮らし、ハーフ、金髪。そんな他にはない物を沢山持っていた彼女は、最初こそ物珍しくもてはやされたが、次第に奇異の対象となり、噂は増えていき、終いにはイジメられていった。

 今思えば自分の整った顔も虐められるのに拍車をかけていたのかもしれないと、鏡を見ながら彼女は思う。なんてナルシストな考えなのだろう、昔ならこんなこと絶対に考えなどしなかったのに。それからもう少し大人になった彼女は思う。

 彼女は自分の顔が昔からあまり好きではなかった。

 ただ今となっては、たった一人に褒めてもらった事で、この顔も少しは好きになれた。

 きっと不意に鏡を気にするようになったのも全てその人のせいだろう。彼女は苦笑する。 学校でも一人で声を潜め、家に帰っても話す相手などいなかった彼女が、唯一心を落ち着かせることが出来る場所。それは、アトリエの中央。キャンパスの前だった。

 絵を描いている時だけは、お父さんに触れていられた。

 絵の具の匂いの中に包まれている時だけは、お母さんの面影を思い出せた。

 そんな感覚が、一人寂しい彼女を支え、孤独を和らげていた。

 学校に行き、家に帰る。キャンバスに向かい、筆をとる。疲れてそのまま眠りにつき、また目が覚めれば学校に行く。

 そんな何も変化のない毎日が彼女の全てだった。

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