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タンポポの牙は紫色に舞う  作者: 卯月樹
2. 黒雲と夕立
14/23

6

 意識が少しだけ覚醒し、右手を頭に持ってくると案の定、髪はベタベタと張り付き、このままでは外に出られそうになかった。

 時計を確認してみると朝の8時半。昨日は帰ってからすぐに倒れるようにして眠ったので結構な睡眠が取れていた。

 今日はバイトがある。何で旅行の次の日にバイトを入れたのか自分に問いたいが、これは4日も連続で休みを貰ったバイト先への恩返しだと思って、自分を酷使するしかない。

 元はと言えば急に旅行の予定を入れてきた明日香たちが悪い。私のバイトが忙しくないと勝手に思いこんで、予約取っといたからと事後報告。それは返事が遅れるのも仕方ないだろう。彼氏のせいで……なんて言われた時に、本当は明日香たちのせいだからと言いたくなったが、返事が遅れている間、必死の思いでチーフに休みを貰えないかと頼み込んでいたのを知られても恥ずかしいので黙っていた。

 梓には集中したいだろうから、なんて言ったが、元々行くつもりでいたのだった。

 バイトの日にちを無理言ってずらしてもらった分、これから1週間バイト漬けの毎日が待っている。

 バイトは10時からのシフト。9時45分には向こうについていたいので、布団から這いつくばり、眠気と油を落とすべくお風呂に入る。

 この部屋にはシャワーがない。それはここに引っ越してきて最初に驚いたことだった。なぜシャワーがないのに浴槽はあるのか? お母さんにはガスがなんちゃらとか言われたけどよくわからなかったので覚えてはいない。今やその暮らしにも慣れたが、それはシャワーを使いたいときには梓のアトリエに行っていたからだろう。あの家はそれほど大きくないくせに設備だけはしっかりしている。使わないほうがもったいない。 

 そういえば梓は私がいない時にちゃんとシャワー浴びてたのかな?まるで小学生相手に心配しているようだ。一人で少し笑いながら旅行中のことを考える。

 なぜ梓は私に嘘をついているのか?何か深刻な事情があるのか?旅行中何度も考えたそれを、今どれだけ考えたところで分かりっこない。本人に聞くのが一番早い。バイトが終わったらアトリエに行こう。

 そう決めながら身支度を済まし家を出る。やはり朝からお風呂に入ると時間がギリギリになってしまう。ガス代で財布もギリギリになってしまうのを防ぐためにもバイトに遅れないよう急ぐ。

 今日は幸い真夏の朝の照りつける日差しはなく、太陽は分厚い雲に覆われている。

 歩きながら携帯を取り出し、ご用達の天気予報アプリを起動する。

 起動して最初に目に付いたのは、画面の真ん中に赤文字で『大雨注意報』という表記。なんでもここ数年で最大の台風が近づいてきているらしい。本格的に上陸するまではまだ時間がかかるものの、今日はそれに伴って、一度大きく降るらしい。

「え~雨かよ……」

 これはコンビニによって傘を買うしかなさそうだ。朝ごはんも買うしそのついでだ。

 それから徒歩数分コンビにのドアを開くと中から悪魔的なまでの冷房が私の肌を包み、思わずため息が出てしまう。夏のコンビには魔性の地だと思う。一度入ったらそこから出る気力をとことん吸い尽くされる。

 そんなことはいっていられないと自分の煩悩に鞭打ち、入り口にある傘を掴んで、その流れで緑茶とサンドウィッチを掴みレジで会計を済ます。

 2種類の傘でどちらにするか一瞬迷ったが、ここは無難に安いほうを選ぶ。ここは朝のガス代の罪滅ぼしと言うことで。

 時計を見ると9時30分ここからバイト先まで急いで10分もかからないから余裕だろう。

 コンビニの外に足を踏み出すと、やはりそこは夏の世界。曇っていると言えど、一瞬で汗が滲む。

「急ぎますか……」

 独り言も程々にサンドウィッチを取り出しかじりながら足を進める。

 早くバイト先に行こう。なんてったってファミレスだ。涼しくないはずがない。

 涼しさとお金のために早足で歩く私の頭上に、雨はまだ降っていない。

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