5
「大丈夫、紫? ずっとそんな感じだけど、なんかあった?」
窓の外を眺めながら、頭の中はどこかへ行ってしまっていた私に明日香は問いかける。
「え? 大丈夫、何もないよ。……ちょっと疲れちゃっただけ」
明日香の心配に嘘をつき、なるべく平然でいようとするが、多分2日目の夜から私はずっとこんな調子なので、何もないなんていう嘘はとっくにバレているだろう。
それでも実際旅行で何かあったわけではないし、もちろん明日香にも理子にも責任があるわけではない。だから言っていないという、ただそれだけの事なのだが、こうして心配をかけているのは本当に申し訳なく思う。
「ほら、もうちょっとで紫の駅着くよ? 荷物準備しとかないと」
そう言って指を刺す先の電光掲示板には私の最寄駅の名前が映し出されている。
「ありがと、少し寝ちゃったよ……。旅行楽しかったね~、また行きたいな3人で」
寝ていたというのはもちろん嘘。そんなことが出来ないくらい、私はあれから梓のことを考えている。
「そーだねー。でも流石に、海行って温泉行って疲れた~。寝たいけど寝過ごすの怖いし後20分頑張るわ」
そう言って視線を動かす先には理子がよだれを垂らしながら爆睡している。
「こいつを起こさなきゃいけないってゆう、最後にして大きすぎる試練も残ってるしさ」
笑う明日香にもはっきりと疲労の色が見て取れる。
旅行は4日目、今は夜の9時半。周りに客はそれほど乗っていなく、電車の中は涼しくて静かな、もの寂しい雰囲気が流れている。
「それにしても理子起きないね~」
「電車に乗った瞬間から寝てなかったっけ……」
「本当、理子の精神年齢っていくつなんだろうね」
「中学に上がってないのは確かだね」
二人で笑い、そしてあくびをする。
「ねぇ紫、そんなに心配することじゃないのかもしれないけどさ……。何かあるんだったら相談くらい乗るからね」
少し真面目にそんなことを言う明日香を心配ないからと言って笑い飛ばす。
「大丈夫だよ、ほんっと些細なことだし、後で本人に聞けばいいことだしさ」
「やっぱり何かあったんじゃん。てか、静岡にいていつの間にそんなトラブル起きたわけ?」
「……ちょっとメールしててね」
もちろんこれも嘘。実は理子が露天風呂で言ってた……なんて言ったって誰も幸せにならないし、細かなことを説明する時間もない。
「ならさ……、いや、何でもいいんだけどさ。とりあえず彼氏によろしく伝えといてよ。なんならちゃんと女と旅行してたって私から言ってあげるからさ」
ならさ、メールですぐに聞けばよかったじゃん。なんて明日香は言おうとしたんだろう。それでも私の嘘をわかっていながら、見なかったことにしてくれる明日香のそんなところに心遣いを感じる。さりげなく私の思考を汲み取ってくれるところが、明日香とこれほど長く付き合ってこれた秘訣だろうか。
「だから~彼氏なんかいないって言ってるじゃん!いつまでそのネタひっぱんの?」
「あ、着くって」
車内のアナウンスが私の旅行の終わりを知らせるように鳴る。
「あ……本当だ……じゃあね、理子にも何か言っといて」
「なんかって何さ……、でも後5分で起きるかなこいつ……」
二人の少し控えめな笑い声はドアの開く音でかき消される。
旅の終わりはどうも寂しい。さっきまでうるさかった周りが急に静かになって、一人だということを敏感に実感してしまうから。
こんな時、それこそ彼氏がいたら寂しくないのかな……。なんて思うけれど多分私は彼氏が出来てもすぐにめんどくさくなってしまうタイプだろう。そんなことを考えてしまうのは今私の頭の中が梓でいっぱいだからだろうか? あの子供みたいな奴の面倒を見るほうが今の私には大切だし楽しい。
今から梓の所へ行こうか。とも思うが、両手に持った荷物と眠気に拒否され仕方なく自宅への帰路を急ぐ。
大丈夫、今日は寂しくてもぐっすり寝れる。疲れが安心の代わりになって、すぐに夢へ連れて行ってくれるだろう。
自分の部屋に入ると、あらかじめこうなることを予想して敷いてあった布団に倒れこむ。
夏休みはあと少しだけある。だからそんなに焦ることはない。梓に真相を聞くことは明日でも出来る。
何も知らない私はただただそう思った。




