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タンポポの牙は紫色に舞う  作者: 卯月樹
2. 黒雲と夕立
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4

 え……?

「え~!なにそれ?なんで理子が知ってんの?」

「だってさぁ、最近のゆかり付き合い悪くない? そんなにバイト入れてないくせに、大学終わったらすぐに帰っちゃうしさぁ、休みの日に遊び誘っても全然駄目だし……」

「あぁ、それはあるかも! そういえばこの間一緒に買い物行ったとき、夕飯の材料だっていって一人じゃ絶対食べきれない量買ってたし」

「なにそれ!? 通い妻!? ねぇゆかり、いつの間にそんなとこまで進んでんのよ」

「違うよ~。彼氏なんて出来るわけ無いじゃん。バイト忙しいし、あの時は作り置き用に沢山買ってたの!」

「どうだか?」

 二人の矛先はもう完全にこちらに向いていて、私が逃げるのを許してなんてくれない。

「あたし等が旅行誘ったときもいまいち返事が遅かったよねぇ」

「だからバイトのシフトが詰ってて……」

「あ!そういえば一ヶ月位前さ!紫2日連続同じ服着て大学来たでしょ。あの時はそんなに気にしなかったけど今わかったわ。そうゆうことでしょ?」

 それは梓の家で寝てしまった時、丁度アトリエに置いておいた私の服がきれていて、ついでに遅刻ギリギリだったからそのまま大学に行った時のことだ。

「え?マジで?もうそんな進んでんの?あたしだってまだ処女なのに?」

「いや、理子。あんたが処女なのは当たり前だわ。付き合ったことも無いでしょ」

「あるから!高校のとき一回!」

「どーせ、嘘でしょ~はいはい」

「道それてるけど、私まだそんなことしてないし、そもそも彼氏なんていないから!」

「またまたぁ、そんなこと言って~。で、いつから?」

「だ~か~ら~……」

「でもゆかりって一人暮らし始めたの今年入ってからだよね、そうなるとそれから?」

「そういえば引っ越した時、2日連続で大学休んだよね?まさか私達があの部屋に入る前にあの部屋で……」

「だから無いって言ってるでしょ! 最近は毎日絵描いてるの!」

「は?」

「絵?」

 そこから生まれる長い長い沈黙はおそらく5秒程度。体感にして一分弱のよくわからない静けさに包まれる。

 それからは早かった。二人の怒涛の質問攻めにより、一度もつれた紐は勢い良く解かれて、私を隠していた布は殆ど取り払われる。

 私が今年の始めに一人の画家に会ったこと。その画家は私と同い年だったこと。その画家は最近雑誌にも取り上げられた若手新人だということ。その人のアトリエで絵を描いていること。さすがに名前やらその画家の世話をしていることは言わなかったが……。一応梓にもプライバシーはある。多分。

 そして二人が最も声を大にして何度も聞いてきたことが、その画家は男か?という質問だった。      

 ここまできてそれを聞くのかと少し呆れる。何度も何度もそして何度も女だといっているのに信じてくれない。

 どうしようかと頭を悩ませているところに、意図的なのかそうでないのか、おそらくただ自慢したかっただけであろう酔っ払いが、無意識のうちに話をそらしてくれて助かることになる。

「でもさ~。知り合いに画家がいるってすごくない?しかもプロでしょ?雑誌載ってるんでしょ?」

「……そうだね。まだ、新人だって言ってたけど」

「実はあたしもね~画家の知り合いいるんだ。しかも同級生。同じクラス」

「なぁに?さっきの1回だけ付き合ったことある彼氏が画家でした~なんて言わないでよね、それがもし本当だったとしても、私絶対に信じられないから。ただでさえその彼氏の存在が怪しいのに」

 理子はお酒が入っているからなのか、いつにもまして明日香にいいように遊ばれている気がする。

「違う違う。彼氏は一つ年上だったし。……うちのクラスにいたんだよ、高校のときから絵売ってた子が」

 やっぱり画家の世界には天才がいるものなのか……。

「才能ってすごいね、高校の時からプロなんて私達とは次元が違うよ……」

「いや、でもね、それもいいことばっかりじゃないよ? 多分。才能があるってだけじゃないと思うけど、その子クラスで相当虐められてたし」

「んで、それをあんたは笑ってたと?」

「仕方ないじゃん!そもそも目の前で虐められてる子を助けるのなんてよっぽどの偽善者かよっぽどの主人公くらいしかいないよ」

「まぁ、それもそーね」

 明日香はそれを苦笑いで返す。

「でさ、その虐められてた子がこの間雑誌に載ってたのを見たときにはびっくりしたよね~。だって本名で載ってんだもん。あたしああいうのって、ペンネームみたいなので出すのかと思ってたわ。あんなに名前で虐められてたのに、メンタル強いよね~」

「あんたその口調絶対虐めてたやつの口調だよ。すっごく悪い役の口調してる。後で絶対天罰下るから」

「虐めてないって~あたしにそんな度胸あると思う?」

「ねぇ、理子、もう相当のぼせて酔いまわってるでしょ。そろそろ夕飯だし、出ようよ?」

「んーそだね紫。私お腹空いたし、理子の見てたら酒飲みたくなってきたし」

「また飲むの~?酔って絡んでこないでね」

「しないって……多分」

 笑いながら二人して湯船からあがり、アイコンタクトでどうやってこの酔っ払いを連れて行くかを相談する。

「な~んであがるの? 私の自慢話はまだ終わってないよぉ~」

 自慢話って言っちゃったよ……。

「はいはい、部屋で聞くから。今は一旦あがろ」

「私の同級性の名前を聞いて驚け~」

 明日香が理子の脇を持ち上げ、少し浮いた体を逆サイドから私も持ち上げる。

「はいはい、どうせ聞いてもわからないって。あんたの同級生って少し雑誌に載っただけなんでしょ?」

 明日香の合図とともに一気に理子を引き上げ、脱衣所の方へ歩いていく。

 脱衣所の引き戸を引き中に入ると、一気に周りが涼しくなり、今まで熱かった体を冷やしていく。

 自分の籠からバスタオルを取り体に巻いて、洗面台の横にあった冷水気で紙コップに水を注ぎ理子に持っていく。

「大丈夫? 理子? 気持悪くない? 頭痛くない?」

「気持悪く無いし頭も痛く無いけどさっきから明日香が虐めるから心が痛い」

「それはいつもの事だから仕方ないじゃん……」

 はい、と彼女に紙コップを渡そうとしたときだった。

「ねぇ、明日香は知らないって言うけどさ、ゆかりは知らない?」

「何を?」

「だからさ、さっきの話の画家。名前は……」



「安曇桜って言うんだけど」



「……え……?」

「冷たっ! ちょっとゆかり?! 明日香に見習ってゆかりまで私を虐めるの?」

「おぉ、やるね紫。頭から冷水ぶっ掛けるとか、あんたsっ気の素質あるわ~」

 ケタケタと笑う彼女と、目の前で半分泣きながら騒ぐ彼女の声はまるで耳鳴りのように私の頭の中を反響する。

 私は安曇桜の名前が出てびっくりしたからコップを落とした。それは間違いない。

 でもそれだけだったら、こんなに頭の中で何か靄がかかった様にはならないだろう。なにか自分の意識していないところで何かのズレを感覚的に分かってしまったかのような感じ。

 それから私はどうやって部屋に帰ったのかも、夕飯に何を食べたのかも覚えていない。




 気がつけば、自分はちゃんと浴衣を着て、旅館の部屋に敷いた布団の上で綺麗に眠った後だった。

 そして、差し込む朝日と隣で気持よさそうに寝息を立てている彼女らを見て心を落ち着かせたとき、分かってしまった。私が無意識に気づいてしまった、ズレ。

 理子はクラスで虐められていた子が雑誌に載ったとき、驚いたと言ってた。それは彼女が本名で雑誌に載っていたから。

 そして理子はその画家の本名を安曇桜と言った。

 私の知っている画家、安曇桜。その名前はペンネームだったはずだ。そう誰より彼女本人が言っていた。

 安曇桜が本名。だとすると梓はなぜ私に嘘をついたのか? 三倉梓とはいったいなんなのか?

 カーテンの隙間から差し込む光は次第に少なくなり、8月の朝の空は黒い雲に覆われていった。

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