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タンポポの牙は紫色に舞う  作者: 卯月樹
2. 黒雲と夕立
11/23

3

 目の前に広がる海は青く澄んでいて、その青を地平線に沈む太陽は真っ赤に染め上げている。

 それを見てやっぱり東京の海とは全く違うなぁなんてよく分かりもしない感想を持つ。

 8月中旬。夏休みも絶頂期。おそらく遊んでいられる夏は今年で最後であろう女子大生三人は、果てしなく続く夕方の海を眺めながら温泉に浸かっていた。

 場所は熱海。日時は3泊4日の折り返し地点、2日目の夕方。今日は朝からフルスロットルで海ではしゃぎ、5時を回る頃には3人ともくたくたに疲れ果てていた。もうそんな年なのだろうか、数年前まではこのくらいで根を上げる体ではなかったはずなのに……。そして今ではギラギラした太陽の下で騒ぐよりも、こうして夕日を眺めながら温泉でまったりしている方が体も喜んでいるような気がする。

 今日1日水に浸かっていたが、少しは潤いを補給できただろうか?そんなことを思うのは多分朝からずっとウェルカムな雰囲気をかもし出す女子大生三人に誰も男が寄ってこなかったからだろうか……。今日一日で自分に自身が無くなった。私の両サイドにいる奴等も同じ事を思っているんだろうか、さっきから異常に静かだ。

 そう言えばこの二人とはもう付き合って長い仲になるなぁ、なんて思うのはたぶん目の前の赤い海がノスタルジックな気分にさせるからだろう。

 特に今私の右側にいる明日香なんてもう5年の付き合いだ。高校の部活で仲良くなり、それから今まで何の縁かずっと一緒にいる。実のところ大学を今の所に決めたのは、明日香が行くのを知ったから同じ所にした、というのもある。まぁ本人には絶対に言わないけど。

 等の明日香は私がそんなモノローグを頭に浮かべるのを知るはずもなく、さっきから長い黒髪を綺麗に頭の上でまとめようと、何度も結んでは解いてを繰り返していた。

 黒髪ロングにふさわしいと言えばいいのか、そのおっとりとした顔は異性からビジュアル面での好評は高い。それがなぜ今日の昼間に口説かれなかったのかといえば、その容姿を大きく裏切るギャップがあるからで……。

 彼女はまるでおっさんのような、すばらしくずぼらなで遠慮のない性格をしている。昼間も彼女目当てに寄ってくる男はいたが、明日香の周りに散らばる缶ビールのごみの多さと、その缶ビールのせいで私たちに悪乗りを仕掛けている光景に引いたのか、声をかける者はいなかった。

 そんな適当な性格をしているから、こっちも楽だというのもあるが、せめて公共の場では少しくらい自制してほしいものだ。

 髪を結び終わったのかさっそく寝ようと風呂の淵に腕をかける彼女を目で追っていると、今度は左側から、明日香とは違う声が響く。

「なんで、こ~んな綺麗な若いのがいて、だぁれも声かけてこないんだよぉ!」

 泣き言のような怒鳴り声の主の方に私も明日香も、少し呆れ気味で視線を移動する。

 こっちのうるさいのは明日香とは違い、まるで小学生をそのまま大人にしたかのような性格。そしてまるで男の子に混ざって走り回っているようなショートボブの髪に、まるで小学生のようなフラットな体系。本当に小学生みたいな友達、理子が片手に缶ビールを携え騒いでいる。

 素面でもその容姿を裏切ることなく相当うるさいのに、そこにアルコールが入ると止まらなくなる。それにアルコールに弱いからすぐに出来上がってしまう。そう、今みたいに。

「ぴっちぴちの女子大生だよ?ちょっとくらい引っ掛けようとは思わないのかなぁ~」

「あんたは少し位静かにしてたらどうなの?あんたがうるさいから皆どっか行っちゃったじゃん」

「あんときは明日香も十分うるさかったじゃん!あたしだけのせいじゃないもん!」

 いつもの明日香と涼子の会話に内心呆れつつもどこか落ち着きを感じる。このやり取りを聞くのももう3年目だ。

 理子とは1年のクラスで仲良くなった。私の大学でできた唯一の友達と言っても過言ではないだろう。理子も学校での成績の方は私と順位を争えるくらい低レベルで、それが仲良くなったきっかけでもあった。

 今思えば回りにこんなのがいるから、いつの間にか母性本能のような落ち着きが生まれてしまったのかもしれない。最近はもう一人重傷なのを面倒見ているし、そのうち駄目な男に引っかかりそうで我ながら怖い。

「そもそも何で理子はもう飲んでるわけ?お風呂上がったらすぐ夕飯だよ?」

「そうだよね紫!そう思うよね!理子だけずるいぞ!……ってゆうかそのビールどっから持ってきた?」

「部屋にあったクーラーボックス」

「それあたしのじゃん!昼間の残り、あんた昼間のビール殆ど金出してないでしょ!」

「いーじゃん、明日香は昼間浴びるほど飲んでたでしょ。それでなんでもう酒抜けてんのよ……」

「私は強いからいいの!あんたと違ってすぐに抜けるんだけら!あんた風呂で飲んだりしたら絶対のぼせるでしょ!」

「大丈夫だよ~寝るし」

「ちょっと~寝ないでよ理子ぉ。あとで起こすの大変じゃん」

「そりゃあ、ゆかりと明日香はいいよ。さっきも男にチラチラ見られてたしさ~」

 その言葉に対し何故か反応した明日香がいつものように理子に食いかかる。

「海にいた奴ら皆キモかったじゃん。あんなのに見られてあんたは嬉しいの?」

「あたしはね、女として見られたことが殆ど無いの! 見られるだけ良いと思え!」

「そりゃ、そんな男用の水着着てても不自然じゃない体してたりゃねぇ……」

「誰が貧乳だ!」

「いや、どちらかといえば無乳なんだけど」

 理子が女として見られないのは、体系の性だけじゃなくて口調とかも問題ではないのかと思うけれど、今は私までこの酔っ払いを煽る必要はない。

「ちょっと二人とも、喧嘩しないでよ~。いくら人いなくて貸切状態だからって騒ぐところじゃないんだから」

 二人の真ん中にいることが幸か不幸か、必然的に仲介している私はばしゃばしゃとお湯を叩き、二人を止める。

「あたしが怒ってんのは明日香だけじゃないんだよ?どっちかって言うとゆかりに私は一言言いたいんだから!」

「私?」

 え?なになに?と今度は私に明日香の注目は向けられる。

「ゆかりさ…………彼氏、出来たでしょ?」

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