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その頃、マオシは国のお殿様に取り入り、思うがままの権力なら手に入れた。
今年の冬も厳しくなってきた。もはや、この老体に旅の薬師は堪えるだろうなと懐かしみ。そろそろ、今の地位を息子に譲って、自分は楽隠居でもしようと考えていた。
ラオサもどこぞの村で医者をしているらしいが、今は何をしているやら。
だが跡目を譲るにしても、氷柱華草の製法を教えて構わないものか。これだけは自分の胸に秘めて、墓まで持って行った方が良いのではないか。
と考え事をしている時に、ちょうど息子からの手紙が来た。マオシは手紙を読み終えると、青ざめた。そして急いで支度をし、旅立つ。
目指すは吹雪荒れ狂う、山深くだ。
マオシが山中でようやくラオサを発見した時、既に息子は雪に埋もれていた。
かろうじて生きているが、衰弱しきっている。もはや手遅れだ。凍死者だけなら、大勢見てきた。間違いない。
全身から、しゅうしゅうと白煙のような魂魄が出かけている。熱冷ましの丸薬も飲んだのか。
ラオサには自分が氷柱華草を飲んできたとは伝えていない。なのに。
「なぜ、こんな馬鹿なことを」
声をかけられて、ラオサは父に気づいたようだ。だが意識は朦朧とし、返答は弱い。
「修行中、たまたま父上の記した書を読んでしまったのです。馬鹿な息子で申し訳ありません」
ああ馬鹿だ。だったら赤の他人を陥れれば良かったのだ。なのに。
「なぜお前が死なねばならぬ」
「これしか手がありませんでした。ですが、子のために死ねるなら本望です」
子のために死ねるなら親として本望だろうよ。
それは自分が犠牲にしてきた者たちから、幾度となく告げられてきた。そして彼らに自分が吐き捨ててきた言葉だった。
「幼い子を残して死んでしまうのが、親として気がかり。ただただ残念でしたが……」
腕の中で息子の体温はみるみる下がってゆくばかり。
「……父上が来てくださったのならば、子の病も心配ない。これで思い残すことはありません」
それが、薬師マオシの息子、ラオサの遺言となった。
途端、ラオサの全身から天に向かって、白い柱が立ち上がった。柱はみるみる大きくなり、ラオサの遺体を呑み込んでしまう。
良く見るとその柱は、透明な針が集まってできている。間違いない、これも氷柱華草だ。
水晶の針は太くなり続け、草花どころではない。みるみる成長し、太い幹となり、天に枝葉を広げ、数千年の樹齢を重ねた古木ほどあろうかという大きさになった。
さらに枝葉の先には風雪に揺らめく、柔らかな薄桃色の花弁を咲かせる。
マオシは悟った。この世に思い残しなく、残念なく、全てが天に昇った魂魄からは、これほどの氷柱華草が生えるのだ。
真の氷柱華草の花弁は、針のようなでなく、柔らかな花のようなのだと。
この大きさならば、国中の万民を救って、なお余る。自分が何人も殺す必要はなかったのだ。
他人を犠牲にしたのも、息子を思ってのことだと、ずっと自分に言い聞かせてきた。だが違う。
ラオサに氷柱華草のことを黙っていたのも、息子のためを思ってのことだと、ずっと自分に言い聞かせてきた。だが違う。
しょせんは我が身可愛さだ。
なぜ老いた自分こそ息子より先に死ななかったのだと、マオシは悔いた。
だが自分は薬師。息子の最期に頼みは叶えなければならない。せめて孫の病は治さねば。
そして息子が残した手紙をもとに、マオシは初めて孫と対面した。
そこは、かつて自分が殺した、カナラという男の住んでいた村だ。
そして息子の嫁だという女にも見覚えがあった。面影がある。自分が治療したのだ。忘れようもない。カナラの娘、カザだ。
マオシは自分が、我が孫の父親と祖父まで殺していたのだと知った。マオシは家族の誰も救えなかったのだ。




