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さすがに真冬の山を行軍は、カナラの熟練をもってしても死と隣り合わせとなった。しかも、火もメシもないとあって、カナラの体力はみるみる落ちてゆく。
とうとう数日かけて開けた場所に到着した。地図に間違いはない。ここだ。
突き刺す強風が山頂から、目の前の谷へ向かって吹き下ろす。谷からは国の様子が一望できた。ここは山から吹く風が一端集まる、通り道なのだ。
確か氷柱華草は寒さに宿るといっていた。なるほど、これほどの地ならば不思議のひとつも起こって、おかしくはないのかもしれない。
カナラはさっそく薬を探すことにした。
うずたかく積もった雪を手当たり次第に掘る。だが掘っても掘っても、雪中から何も出てこない。焦りだした頃、手応えがあった。ようやく見つかったかと取り出してみると、頭蓋骨だった。
しかも一個二個ではない。多くの人骨が出てくる出てくる。
なんだここは墓場なのか。一体ここで何事があった。もしかして、自分の他にも氷柱華草を求めた者がいたのかもしれない。それが力尽きたということなのだろうか。空恐ろしさに戦いた瞬間、足に激痛が走った。
足が獣罠に挟まれている。罠にはギザギザの鋸歯がついており、骨まで食い込んでいるようだ。ただでさえ寒さが堪えるというのに、出血が止まらない。しかもバネが強く、とても独力では外せそうにない。
誰か助けが必要だ。しかしこんな山奥に誰が。
「大丈夫か」
その時、何者かから声をかけられた。声のした方にある枯れた茂みが揺れると、かき分けて人影が出てくる。薬師のマオシだ。
「なぜここに」
「いやな、麓からまっすぐ来れる近道があるのよ。おかげでここは刈り取り場として最適なのだ」
何が最適なのかは分からないが、いやその前に助かった。
「俺は見ての通り、罠にかかってしまった。自分だけでは外せない。力を貸してくれないか」
カナラの頼みを、だがマオシは黙って見るだけで動こうとしない。
それどころか。
「ふむ。意識の混濁に、末梢の麻痺。出血もあって、低体温症が順調に起こっているようだ。これなら早々に凍え死ぬな」
満足げだ。
さすがのカナラも朦朧とした意識の中で、気づきだした。
「何を企んでいる。薬はどこだ」
「いや、薬ならそれそこに」
マオシが指さした先にいたのは、自分だった。
「人は死ぬと、肉体から魂魄が抜け出て、天に昇り、土に散る。だが極度の冷気にさらされると、魂魄が抜け出た瞬間に凍り付くことがある。
その様は凍死者に寄生して生えた冬虫夏草のように見える。ゆえに付いた名を氷柱華草という」
「なるほど。だから騙したのか。ならば火の気が厳禁というのも」
「おかげでお前ほどの男でも精気を失ったろう。旅支度の際に飲ませた、熱冷ましの丸薬でさらに体温は下がりやすくなっていたからな」
吹雪はいっそう勢いをいや増し、怪我の血は流れ続ける。
「お前はいっただろう。子のために死ねるならば、本望であろうと。ならば大人しく氷柱華草の贄となれ」
罠にかかっているためだけでなく、そろそろ四肢が意のままに動けなくなってきた。だが、わずかに残った体力すら風は根こそぎ奪っていく。
「確かに、子のためならば死ぬとも本望……だが、幼いカザを残して逝くのが、親として気がかり。ただただ残念だ……」
それがカナラの遺言となった。
魂魄は本来なら無色透明で、目に見えず、手にも捕らえられない。
だが寒いと吐く息が白くなるように。カナラの全身から、山の冷気にさらされ、白く濁った線香の煙のようなものが立ちこめてきた。特に首筋から白煙は多く昇ったかと思うと、出た先から凍って、針のような水晶が突き立つ。針は一本に留まらず、次々に突きだし、剣山のような花弁が開いた。
これが氷柱華草だ。
しかしマオシは目的の物を手に入れたというのに、表情が硬かった。
この世に思い残しがあると、「残念」といって魂魄は重くなり、地に散って、天に昇る量が少なくなってしまう。
人に騙され、身内を残して、咲いた氷柱華草だ。さぞかし口惜しいだろう。花が小さくなって仕方ない。
幼い子を残しながら、子を心配しない親がいるものか。
だが、これだけでも何人を救えるか。
子を思う親の気持ち、自分も分かる。恨むなとはいわない。薬のためなら鬼とでもなろう。
マオシは生命そのものといって良い霊薬を採取する。
「だが流石に俺も人の親。娘さんの病気だけは治してやる。必ずだ」
死体は捨て置いて、マオシはその場を去った。雪の下に残されたしゃれこうべが、こうしてまたひとつ増えることになる。




