表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2

 さすがに真冬の山を行軍は、カナラの熟練をもってしても死と隣り合わせとなった。しかも、火もメシもないとあって、カナラの体力はみるみる落ちてゆく。

 とうとう数日かけて開けた場所に到着した。地図に間違いはない。ここだ。


 突き刺す強風が山頂から、目の前の谷へ向かって吹き下ろす。谷からは国の様子が一望できた。ここは山から吹く風が一端集まる、通り道なのだ。

 確か氷柱華草は寒さに宿るといっていた。なるほど、これほどの地ならば不思議のひとつも起こって、おかしくはないのかもしれない。

 カナラはさっそく薬を探すことにした。


 うずたかく積もった雪を手当たり次第に掘る。だが掘っても掘っても、雪中から何も出てこない。焦りだした頃、手応えがあった。ようやく見つかったかと取り出してみると、頭蓋骨だった。

 しかも一個二個ではない。多くの人骨が出てくる出てくる。


 なんだここは墓場なのか。一体ここで何事があった。もしかして、自分の他にも氷柱華草を求めた者がいたのかもしれない。それが力尽きたということなのだろうか。空恐ろしさに戦いた瞬間、足に激痛が走った。

 足が獣罠に挟まれている。罠にはギザギザの鋸歯がついており、骨まで食い込んでいるようだ。ただでさえ寒さが堪えるというのに、出血が止まらない。しかもバネが強く、とても独力では外せそうにない。

 誰か助けが必要だ。しかしこんな山奥に誰が。


「大丈夫か」

 その時、何者かから声をかけられた。声のした方にある枯れた茂みが揺れると、かき分けて人影が出てくる。薬師のマオシだ。

「なぜここに」

「いやな、麓からまっすぐ来れる近道があるのよ。おかげでここは刈り取り場として最適なのだ」

 何が最適なのかは分からないが、いやその前に助かった。

「俺は見ての通り、罠にかかってしまった。自分だけでは外せない。力を貸してくれないか」

 カナラの頼みを、だがマオシは黙って見るだけで動こうとしない。


 それどころか。

「ふむ。意識の混濁に、末梢の麻痺。出血もあって、低体温症が順調に起こっているようだ。これなら早々に凍え死ぬな」

 満足げだ。


 さすがのカナラも朦朧とした意識の中で、気づきだした。

「何を企んでいる。薬はどこだ」

「いや、薬ならそれそこに」

 マオシが指さした先にいたのは、自分だった。


「人は死ぬと、肉体から魂魄が抜け出て、天に昇り、土に散る。だが極度の冷気にさらされると、魂魄が抜け出た瞬間に凍り付くことがある。

 その様は凍死者に寄生して生えた冬虫夏草のように見える。ゆえに付いた名を氷柱華草という」

「なるほど。だから騙したのか。ならば火の気が厳禁というのも」

「おかげでお前ほどの男でも精気を失ったろう。旅支度の際に飲ませた、熱冷ましの丸薬でさらに体温は下がりやすくなっていたからな」


 吹雪はいっそう勢いをいや増し、怪我の血は流れ続ける。

「お前はいっただろう。子のために死ねるならば、本望であろうと。ならば大人しく氷柱華草の贄となれ」

 罠にかかっているためだけでなく、そろそろ四肢が意のままに動けなくなってきた。だが、わずかに残った体力すら風は根こそぎ奪っていく。

「確かに、子のためならば死ぬとも本望……だが、幼いカザを残して逝くのが、親として気がかり。ただただ残念だ……」

 それがカナラの遺言となった。


 魂魄は本来なら無色透明で、目に見えず、手にも捕らえられない。

 だが寒いと吐く息が白くなるように。カナラの全身から、山の冷気にさらされ、白く濁った線香の煙のようなものが立ちこめてきた。特に首筋から白煙は多く昇ったかと思うと、出た先から凍って、針のような水晶が突き立つ。針は一本に留まらず、次々に突きだし、剣山のような花弁が開いた。

 これが氷柱華草だ。


 しかしマオシは目的の物を手に入れたというのに、表情が硬かった。

 この世に思い残しがあると、「残念」といって魂魄は重くなり、地に散って、天に昇る量が少なくなってしまう。

 人に騙され、身内を残して、咲いた氷柱華草だ。さぞかし口惜しいだろう。花が小さくなって仕方ない。

 幼い子を残しながら、子を心配しない親がいるものか。


 だが、これだけでも何人を救えるか。

 子を思う親の気持ち、自分も分かる。恨むなとはいわない。薬のためなら鬼とでもなろう。

 マオシは生命そのものといって良い霊薬を採取する。

「だが流石に俺も人の親。娘さんの病気だけは治してやる。必ずだ」


 死体は捨て置いて、マオシはその場を去った。雪の下に残されたしゃれこうべが、こうしてまたひとつ増えることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ