登校は戦争であるby柳田彰吾
登校は戦争である by柳田彰吾
そんなドヤ顔で言った柳田の名言を思いだし、俺はあいつ上手い事言ったな〜と納得した。
「おらあっ、どけ!」
「ああっ、てめえこそ退けや!」
「中坊がこの道使ってんじゃねえよ!」
「うるせえ!リーマンはバスでも使ってろ、バーカ!」
「んだとぉ!チャリ降りろ、ガキが!」
「どけっ!青二才共が近道なんて百年早いんじゃあ!」
響き渡る怒声、罵声、そして悲鳴。学校への近道はサラリーマンやら高校生やら近所のおばさん等様々な職業の人で溢れかえっていた。
この近道は民間で挟まれた狭い一本道だが、大通りの道路に繋がっている。しかも余計な曲がり道など無い直通の道。通勤通学に非常に便利なのだ。別に大通りに壱北高校がある訳では無いが、この道は俺も良く使うルートだった。
だが、少し時間が違っただけで、こんなにも変わるとは思ってもいなかった。
まさに戦争。全員が生き延びるため、全力で戦っている。敵味方関係無しだ、道にぎっしり人が詰まっている。
というか皆ヤバい。マトリックスみたいな動きで、攻撃を躱している太ったおばさんもいれば、なんか波動を出したサラリーマン。その波動を宙返りで避けた中学生。道路には普通に何人もの人が倒れていた。
過酷な戦場だった。…そんな運動能力があるなら屋根伝いに飛んで移動したほうが早くないか、わざわざこんな場所で戦うより、と思ったが突っ込まない事にした。
俺は生き残る事が出来るのか。頬を冷たい汗が伝っていく。逃げるという選択肢は無かった。時刻は八時十五分。ここを通っていかなければ遅刻してしまう。
遅刻はだけは絶対駄目だ。それだけは何とか避けなければならない。遅刻は俺にとって死に値する。俺は覚悟を決め、飛び込んでいった。
「ほう、若造が良い度胸じゃな!」
立ち塞がったのは一人の老人だった。茶色の杖をつき、くすんだセーターを着ている。頭は禿げあがっていた。
「ひっひっひ!その度胸だけは買ってやろう!わしのスピードについて来られるかな!」
「いや、おじいちゃん…。スピードって…」
困った。いきなり足がぷるぷる震えているおじいちゃんに絡まれてしまった。周りのノリに合わせるなら、容赦なくこのおじいちゃんを殴らなければいけないのだろう。だが、敬老の精神を持っている俺には出来ない。どうやって穏便に済ませようかと、頭を悩ませた。
この時、俺は忘れていた。このおじいちゃんも、この道の利用者である事を。
「っ!」
視界に広がる茶色。次の瞬間、頭に激しい痛みを感じた。俺は訳もわからず、本能的に一歩後ろに下がった。
「くくっ、そんなスピードじゃあ、わしには勝てんぞ」
「ぐ、あっ…」
速い。油断していた。額を押さえながらニヤつくおじいちゃん、いや、老人を見る。
忘れていた、この老人も今戦っている奴らの仲間なのだ。敬老の精神とか言っていては確実にやられる。
「ほれほれ、よそ見してる暇があるのか?」
「うおっ!」
側頭部を狙って杖が飛んでくるのが視界に見えた。全力で屈み込みやり過ごす。頭上では猛烈な風切り音がした。
カウンターで鳩尾を狙って拳を放ったが、一歩後退して躱された。舌打ちし、追撃しようと前に歩みでる。しかし、老人は既に攻撃の予備動作を整えていた。
両膝に激しい痛み。痛い。あまりの痛みから立っていられない。がっくりと道路に膝をついた。
「くそっ!」
腕を目茶苦茶に振り回しだが、老人の杖はまるで吸い込まれるかの様に、俺の側頭部に叩きこまれた。
視界が点滅する。沈んでいく意識をかろうじて保つ。
「ほう、やるな。だがもう戦えまい。とっとと失せるがいい!」
鳩尾を杖で強くつかれた。信じられない事だが俺はそれだけで吹っ飛び、歩道から普通の道までゴロゴロと転がっていった。
「ぐっ…」
道路のガードレールに叩きつけられ、俺はようやく止まった。四肢がもげそうな位痛い。俺は痛みに呻きながらも立ち上がろうとした。
「ちくしょう…」
だが体は上手く動こうとしなかった。よっぽどダメージを受けていたらしい。立ち上がろうとしても、また力が抜け崩れ落ちてしまう。
ケータイの時刻を見る。現在の時刻は八時三十分。早くしないと間に合は無い。俺はボロボロになった体を引きずり、戦場に向かった。
「…そんな体で、貴方はどこに行こうというの?」
「戦場だ」
声をかけられた。俺は声の方向に目を向けず、前だけを向きながら答えた。
声は俺の返事に呆れた様に返す。
「馬鹿だね、そんな体で言ってもまたやられるだけだよ」
「…わかっている。でも、俺はこれしかないんだ」
「無駄な事、止めといた方がいい」
「無駄かどうかはまだわからないぜ、委員長さん」
俺はそう言って委員長にウインクした。
そんな俺を見て委員長は顔をしかめた。
「でも、やっぱり無駄な事じゃない?」
「んじゃあ、どっちが正しいか勝負をしよう。俺はこの道を抜けてみせ、正しい事を証明してやる」
「…そう、じゃあ期待してる」
委員長は俺に背を向け去っていく。
俺は全身に闘気を纏い、再び戦場に舞い戻っていった。
委員長は徐々に遠くなる八柱を見ながら、ぽつりと呟いた。
「今日、うちの学校は休みなんだけどなあ…」