お弁当、作ってみました
昼休み。騒がしい教室の中、俺は一人、厳粛な気持ちで席についていた。
前にあるのは、プラスチック製の黒一色の二段弁当。見ているだけでも、ずっしりとした重量感が伝わってくる一品だ。いったい、中身は何が入っているのか。俺は弁当に厳しい視線を送り続けていた。
今日の弁当は妹(八歳)が作ったものだ。学校が創立記念日で休みだった妹は、弁当を代わりに作ってくれると言い出した。そして生み出されたのがこの弁当である。
実にありがたい申し出だった。おかげで今日はたっぷり寝る事が出来た。
だが、それはそれ、これはこれ、だ。
すっ、と弁当を見つめる瞳が自然と細まった。
弁当作りの鬼である俺は並大抵の弁当では満足できない。コンビニ弁当なんて見ただけで目を血走らせ、燃やしにかかるほどだ。まあ、若干もったけど、それぐらい俺は弁当に対して厳しい態度をとっている。
きっと、ある一定の水準にまでいかなければ、くどくどと弁当とはなんたるかを妹に教えこもうとするだろう。もの凄くウザい奴だと思うが、そうしないと気が済まないのだ。
弁当を甘く見てはいけない。それほどにまで弁当とは奥が深いものだ。俺はこの信念を持っていつも弁当作りに挑んでいる。常に真剣なのだ。
思考を冷たくし、妹への家族愛を封印する。俺は弁当の鬼となるのだ。私情を挟まない非情な弁当作りの鬼。冷たい、思いやりの欠片も無い、ただ弁当の為だけにある、そんな存在に。
目を閉じる。そして、ゆっくりと瞼を開く。再び見る世界は既に変わっていた。
そこにあるのは、弁当の弁当による弁当の為の世界。
さあ、始めようか。
俺は口の端を歪ませながら弁当の蓋を取った。
そして戦慄した。
(な、んだ、こ、れは…)
思考がまとまらない。頭が真っ白になる。予想外の情報を叩きこまれ混乱した頭は、眼前に広がる状況を理解しようとしなかった。
黄色。
弁当の弁当による弁当の為の世界は、黄色に埋め尽くされていた。
(ありえない)
上の段、下の段、共に黄色、キイロ、きいろ… 。黄色だらけだ。
黄色の正体、それは卵では無かった。いや、卵であればどれだけ良かったか。俺は箸で黄色を掴みまじまじと観察した。
「バ、パプリカだと…」
そう、あのパプリカである。ピーマンに良く似た赤色のやつ。それの黄色バージョンで弁当箱は埋まっていた。
そこには米など存在しない。トマトもハンバーグも卵焼きもない。
あるのは黄色いパプリカだけである。弁当箱という名の世界には、パプリカしか存在していなかった。
(…あいつは何を考えてパプリカオンリーの弁当を作ったんだ)
ぽわん、と浮かび上がる妹(八歳)の顔。あいつから見て俺は、どんな凄いベジタリアンに見えていたのだろうか。…謎だ。
せめて、せめてマヨネーズやらドレッシングは無いのかと弁当袋を漁る。…が無い。生で食えというのか。
ゆらゆらと沸き上がる弁当魂。俺は拳を固く握りしめた。
なんという事か。これでは自己満足の趣味だ。食べる人の事をまったく考えていないじゃないか!
ぷるぷると怒りに震える俺。言いたい事は沢山あったが、全ては家に帰ってからにした。俺は弁当に蓋をして、乱暴に弁当袋に突っ込んだ。
すると、弁当袋の底に一枚の封筒がある事に気づいた。
「…なんだこれは」
中には一枚の手紙。とりあえず広げて読んでみた。
お兄ちゃんへ
いつも、朝早くおきておべんとう作ってくれてありがとう。
お兄ちゃんの作るおべんとうはいつもおいしくて大すきです。
これからも、いっぱいおいしいおべんとう作ってね。
お肉ばかりじゃなくて、やさいもたくさん食べてください。
みゆうより
鉛筆で書かれた手紙。そこには、何度も消しゴムで消して書き直した後があった。
筆跡は丁寧で、見るものが見やすいように気を使っている事がわかる。時間をかけて書いたのだろう。実際、とても見やすかった。
俺は丁寧に手紙を折り畳むとポケットにしまった。そして仕舞いかけた弁当を取り出し、また開けた。
広がる黄色の世界。俺はゆっくりと星型に型抜きされたパプリカをつまみ、口にいれた。
広がるパプリカ特有の甘味。シャキシャキとした歯ごたえ。野菜の青臭さはあまり感じなかった。
…なんだ、生でも十分いけるじゃないか。
俺はそんな事を思いながら、昼休みの時間をたっぷり使って妹の弁当を堪能した。