昼休みの食事風景うぃず柳田
県立壱北高校。
どこにでもあるような高校だが、唯一特色すべき点をあげるなら食堂のメニューのレパートリーが他の高校に比べて多い事ぐらいだろうか。
そんな壱北高校の二階。二年三組の窓際の列の一番後ろ。そこに俺はいた。
鼻にウインナーを突っ込みながら。
「…何しているんだ、八柱」
「おお、柳田か」
鼻に入ったウインナーをフガフガさせながらやってきた友人を迎える。
流行りのいかした髪型に甘いマスク、クラスでイケメンと評判の柳田だ。しかし、そんな柳田が俺を見る目は犯罪者でも見る様な冷たい目をしていた。柳田ブリザードとでも言おうか。
「…もう一度聞くぞ、お前はなんで鼻にウインナーを突っ込んでいるんだ」
「ああ、簡単な事だ」
ちょっと気取りながら俺は鼻から素早く息を吐く。
当然の事だがウインナーは鼻から飛び出し、柳田の額にぽこん、と当たった。
「こういう事さ、アハハ」
ぶん殴られた。
「いや、なんというかね。唐突に変な事がしたくなってさ。別に深い意味なんてないから気にすんなよ」
「理由なんて聞いてない。そもそも頭のおかしい奴の行動理由が常人の俺に理解できるはずがないだろう。時間の無駄だ。黙って食え」
「…すいませんでした」
俺が消え入りそうな声で謝ると、柳田は舌打ちして購買のパンをかじる。俺の謝罪は昼休みの喧騒に紛れ消えていった。
そう、昼休みである。退屈な授業から解放され美味しいご飯をまったりとる時間。それはまさしく生徒達にとって至福の瞬間と言える。
だが、俺は今、言いようの無い緊張感に襲われながら弁当を食べていた。
原因は前にいる柳田だった。奴は執拗に己の額を純白のハンカチで擦り続けていた。
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ…
前から発せられる肌と布の擦れる音。痛くないんですか、とは怖くて聞けない。柳田は無表情のままハンカチで額を擦り続けているのだ。
気まずい、あまりにも気まずい。それは口に運ぶ俺の力作のおかず達の味がまったくしないほどだ。
そんなに悪い事を俺はしたのだろうか。ただ鼻にウインナーをつめて友達に飛ばしただけじゃないか。ぶつけたのがアメリカ人だったら「Hahaha!ナイスジョークでーす」と言って大爆笑するぐらいのお茶目なものだ、多分。
しかし、怒ってしまったのは事実だ。これだから頭の固い奴は困ると言っても何も変わりはしない。
じゃあ、どうすれば良いか。仕方ないので奴の口に俺のお手製唐揚げを与えてやる事にした。
弁当のおかずになっても衣がフニャフニャしない会心の一品だ。中までしっかり火が通っていて秘伝のタレも鶏肉に良く染みている。このクオリティーだったら、柳田も許してくれるに違いない。
「柳田、あ〜ん」
すっと箸に突き刺した唐揚げを柳田の口の前に持っていった。口からこぼれた時の事を考えてきちんと左手も沿えてある。
完璧なセッティングだ。俺は柳田が餌を待つ小鳥の雛のように口を開ける事を想像しニヤリと笑った。
そして、ぶん殴られた。
ーーなぜなんだ。
俺の思考を埋め尽くすのはその考えばかりだった。
何がいけなかったのか。何が柳田の機嫌を損ねてしまったのか。そしてなぜ俺の作る唐揚げはこんなにも旨いのか。俺は必死に考えた。
柳田は相変わらず無表情のまま自分の額を擦り続けている。そして視線は俺の顔をガン見していた。
…超怖い。怖くて顔が上がらない。食事が喉を通らないとはまさにこの事。柳田はとっくにパン三つを平らげていたが、俺は弁当を半分も食べていない。
くそっ、自分の飯が終わっても席に帰らないって事は完璧な嫌がらせじゃないか!帰れよ!帰ってくれ!ああ〜、もう!かっえっれっ!かっえっれっ!自分の席に、かっえっれっ!
そんな事をテンパりながら必死に念じていると、ある事を閃いた。
ーーこいつ、鶏肉が嫌いだったんじゃないのか。
その時、まるで稲妻が墜ちたかのような激しい衝撃が俺の全身にはしった。
…理解した。全てを理解した。ああ、成る程。簡単な事じゃないか。俺の特製唐揚げが食べれないという事は、その原材料に問題があったのだ。だから柳田は怒って俺を殴った。
気分は仏陀。悟りを開き真理を理解したものである。俺はゆっくりと顔を上げた。
目の前にいたのは恐ろしく冷たい目をした柳田。遠慮なく柳田ブリザードを放っていた。通常の八柱Level1ではやられてしまうだろう。だが、今の俺は仏陀であり目覚めた物である。柳田など恐るに足らない。
俺は優しく、そっと微笑んだ。そして冷たく俺を見つめる柳田に二番目の自信作、ウサギ型リンゴちゃん二号を口元に持っていった。
そしたら殴られた。
俺は柳田という存在に恐怖していた。
俺の芸術的なおかずの数々や仏陀モードが効かないなんて、化け物じゃないのだろうか。なんというか、もう人間じゃない、悪魔だ。悪魔。マジデビル。
こいつ、どっかに尻尾やどす黒い羽とか隠してんじゃねーの?とか思い尻の辺りを凝視しているとデビルは声をかけてきた。
「…おい、八柱」
「は、はい…」
「いや、ビビりすぎだろ」
ガタガタと震えるだす俺。恐れていた事が起こってしまった。これからこの怒り狂った化け物に何をされるか、想像しただけで全身の震えが止まらない。
とりあえず全力で命乞いしてみた。
「な、何を僕ちんにするんでしょうか。できればお手柔らかにお願いします…」
「いや、殴りまくった事とか変な威圧感を与えた事について謝ろうと思ってな。悪のりしすぎたよ、悪かったな」
「へ…」
苦笑いを浮かべながら頭をかく柳田。え、今、自分から謝ってきたのか?
「直ぐに止めるつもりだったんだけど、お前のリアクションが面白くてついつい悪乗りしちゃってさ」
「マジで!?ずっとウインナーの当たった額擦ってたじゃん!どんだけ俺嫌われているんだよってずっとビビってたよ」
「マジかよ。ギャグだ、ギャグ。本気にするなよ」
「だ、だよな!ギャグなんだよな!」
「そうだよ、ギャグさ。…てか悪い、ちょっとトイレ行ってくる」
「お、おう!行ってこい!」
イケメンらしい微笑みを浮かべ、柳田は立ち上がるとそのままトイレに向かっていった。
その額からはダラダラと血が流れ、純白のハンカチは真っ赤に染まっていた。
…普通、ギャグの為に血が吹き出るぼと額を擦り続けるのだろうか。
真相は闇の中。俺は何も考えない事にして、残りの弁当を掻き込むのだった。