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三章

1【カイ】

 暗くて、周りの様子が良く解らない。

 かなり長い間寝ていたような感覚だ。

 何かをしようにも、出来ない状況ではあるのだが、妙に落ち着いていて、このままずっと寝ていたい気もした。 

 段々と暗闇に目が慣れていく。物の輪郭を識別出来る。

 ここは何処だろう。俺は死んでしまったのだろうか。

 だが、見るからに、ここは何処かのビルの一室のように思える。

 いや、死後の世界は案外こういう所なのかもしれない。

 背中が何かに触れている。手で触って、確かめる。

 どうやら円柱のような物にもたれかかっていたらしい。材質は多分、木だ。独特の感触が伝わってくる

「まさか」

 触れている物の全体を見るために、座ったままの姿勢で手と足を動かし後ろに下がる。

 間違いない。鳥居だ。

 額束の色は青のように見えるが、明かりがないので、どうにも良く解らない。

 奥に何が有るか解らないのに、たった一人で祠に入っていくのは危険だ。

 なのに、何かに引き付けられるように、鳥居の奥の祠へ足が動く。

 薄暗い祠の中を進んで行くと、目の前に液体のように揺らめく膜が現れた。

 恐る恐る指を伸ばして、触れる。

 触れた所から膜に波紋が広がって行く。

「うお!」

 急に体が膜の内側へ吸い込まれた。体を投げ出され、地面に叩きつけられる。

「何だ、これ。石畳?」

 目の前に石畳の道が続いている。奥の方で二手に別れていて、道の外は、暗闇に包まれている。

 やってみる気にはならないが、道から逸れて、この暗闇に足を踏み入れたらどうなるのだろうか。

 一旦、外に出て冷静になった方が良い。そう思って、来た道を戻る。

 だが、膜に触れると、それは鉄のような硬さになっていて、外に出られない。

「一度、入ったら、外には出られないのか」

 道を進むしか選択肢が無くなってしまった。

 騒ぎ立てるのも、馬鹿らしいので、大人しく歩き出す。

 一歩、進む毎に石畳が小気味の良いリズムで音を立てる。昔、遊びに行った神社を思い出す。

「うお! 何だ?」 

 不意に、後ろから青白い光が矢の如き速度で飛んで行った。あの運転手の死体から出て行った光と同じ物だ。

 追い掛けて、分かれ道に立つ。しかし、光は奥の分かれ道を左に進むと、恐ろしい速度で加速し姿を消した。

 光を追い掛けたい気もするが、右の道はどうなっているのかも気になる。

 どうせ追いつけないのだ。右に行った後で、左に行ったとしても問題無いだろう。

 右の道をしばらく歩くと、今度は、前方に螺旋階段が見えて来る。

 和風の石畳に螺旋階段。何とも、ちぐはぐな組み合わせではないか。

 恐ろしく長い階段だ。底の方が霞む程の高さの階段なんて物は、生まれてこの方見た事無い気がする。

 ゆっくりと怪談を下りていく。何だか、何かに飲み込まれていくような気分である。

 階段の終わりが見えて来た。何かが起きる事を警戒した方が良いだろう。

 と言っても、相変わらず、出来ることなど、そんなに多くはないのだが。

 ずっとバットを持って生活していたので、手に何も武器になる物が無い状況には、何となく不安がある。

 ジャンプして階段の最後の何段かを飛び越える。着地と同時に大きな音がその異様な雰囲気の闇に響いた。

「痛!」

 足に急に痛みを感じ、膝を押さえて、しゃがみ込む。無限にも思える長さの階段を降りて来たせいで、足が筋肉痛になってしまったらしい。

 顔を上げて、前方を見る。

 細い道だった空間がそこだけ急に開けて、広場のようになっている。その中央にこれまた不釣り合いな社長イスに座った灰色のスーツを着た青年がいた。

 座っていても解る程に身長が高く、鼻筋が通っているので、西洋人のようにも見える。日本人でも縄文系の一部は偶に、こういう顔付きになるが、その典型例だ。

「驚いたな。人が来るなんて」 

 青年は目を丸くして椅子から立ち上がる。

 何となく、芝居掛かったようなわざとらしい話し方が鼻につく。

 人の事を言えた立場ではないが、こんな所に一人で居るという事は、ただ者ではないのだろう。警戒して、拳を構える。

「あんた、一体何者だ」

 緊張して、少年漫画の主人公のような喋り方になってしまう。

「いや、そうか。彼が連れて来たのかな」

 青年は独り言を言っているだけで、会話を噛み合わせるつもりは無いらしい。自分も実は同じような種類の人間だったりするのだが、だからと言って他人にそれをされたとき許せるとは限らないのだ。

「質問に答えろっての!」

 怒鳴り声に驚いて、また青年がこちらを見た。

「いや、すまない。久しぶりに人間と会ったから、緊張してしまった。僕はイザナギノミコト。君は?」

 ますます意味不明だ。鳥居の額束に名前が書かれていた伊邪那岐がここにいてもおかしくはないのかもしれないが、目の前に居るこの青年が神道に於いて天地創造の神である伊弉諾だと言うのか。

 理解の範疇を越えた回答に、思わず自分が質問に答えるのを忘れてしまう。

「鳥居の額束に伊弉諾と刻まれてる。お前が今回の異変の原因なのか? お前を倒せば、俺達は東京から出られるのか?」

 困った顔をして、青年が首を傾げる。

「おかしいと思うかもしれないけど、僕には良く解らないんだ。僕は彼女にここに閉じ込められていて、時々彼からたまに外の話を聞くだけだからね」

 そのまま信用するのもどうかと思うが、その青年が嘘をついているようにも思えない。

「彼って?」

「彼は、彼だよ。君を連れて来た彼だ。名前なんか聞いたことないな」

 俺を連れて来た、ということは徘徊者の事なのだろうか。

 いや、そもそも徘徊者に襲われて、俺はどうなったのだろう。何故、殺されずに、こんな所まで連れて来られたのだ。

「僕が誰か人間をここに連れて来てくれるよう彼に頼んだんだ」

 こちらの考えを読み取ったかのように伊弉諾を名乗る青年が喋り出す。

「じゃあ、徘徊者と俺の因縁てアンタが俺を連れて来るように命令した事なのか」

 きょとんとした顔で、伊弉諾がこちらを見つめる。まるで俺が何か間抜けなことを言ったような気分だ。

「君と彼の間の因縁? いや、それは初めて聞いた話だな。僕は誰でも良いから、人を連れて来るよう頼んだんだ」

 少し謎が解けたと思うと、また疑問が生まれる。

 神様を名乗るにしては無知で、それでいて世俗的過ぎるこの青年は一体何なのだ。

 この青年がどこまで知っているのか解らないが、出来る限りの情報を引き出したい。

 しつこいと思われるかもしれないが、気になっている事を一つ一つ聞いていくしかないだろう。

「ここは、何なんだ?」

 質問が抽象的過ぎるかとも思うが、それが今一番知りたい事の一つだ。

 青年は言葉を探して、少し考え込んでから、答えた。

「死者の蘇る場所って言うのかな? 死体を倒すと出てくるあの鬼火みたいな光を見たこと有るだろ? ああいう意思の無い物、無生物が此処に入ると、上の階の左の道に入って、過去の姿になって、外に出られるんだ」

「過去の姿?」

「復活するってことだよ」

 何かの比喩なのかそれとももっと具体的な事象の話なのか、伊弉諾の話は理解しずらい。

「ここに来た鬼火が蘇るって事?」

「生物には戻れないよ。お化けとして復活するだけ」

 鬼火と言うのは、あの運転手の死体から出て来た青白い光のことを言っているのだろう。死体が復活しない事を喜んでいたが、ちゃんと復活していた訳だ。

 死体を一体、一体倒していけば、死体が居なくなるのではないかと、心の中で楽観的な観測をしていた。

「次だ。あの鳥居の前に有った卵は何だ? やっぱりこの鳥居が関係してるのか?」

 青年が照れて頭を掻く。

「追手なんだ。っていっても君には良くわかんないだろうけど」

 その通りだ。よく解らない。また意味不明な回答が返って来てしまった。

 誰を追っている追手なのだろうか。

「もう少し解りやすく説明できない?」

「説明した所であんまり理解できないと思うし、これに関しては話しちゃいけないことになってるから」

 力ずくで話させようかとも思うが、これに関して、これ以上聞いても情報は増えないだろう。

「じゃあ、最後に二つだけ聞かせてくれ。まず、死体達に知能は有るのか?」

 しつこ過ぎて、嫌がられるかと思ったが、青年は嫌がる所か会話を楽しんでいるようにずっと笑みを浮かべている。

「プログラミングされたものであって、知能といえるかどうかは微妙だね。壁の中の死体は心とは別に行動を決定するプログラムを渡される。良いプログラムを持ったものも居れば、単純なプログラムしか持たないものも居る。人間として、精神面が大きな人は、化け物になっても、多少生きてた時の行動や性格が残るんだ」

 日本の神様の大元締めみたいな神様の口からプログラミングなどという横文字を聞くことになるとは。話をしていて、解ったのだが、彼はどちらかというと非常に現代人に近い感覚を持っている。世代の違う人間と話すときのずれのようなものを感じない。

「心の強い人間て事か?」

「いや、単純な強さじゃない。強さが関係しないわけじゃないと思うけど、他にも感情の大きさとか、いろんな要素が絡むみたい」

 頭の中に些細な事で怒り狂い、周りの人間に手を上げた母親の姿が浮かぶ。感情の大きな人間とは、彼女のような人間のことではないだろうか。

「何故、チームワークでこちらを襲って来ない? そういうプログラミングになってないのか?」

「今君が生きてる所からすると、そう言う奴らには会ってないみたいだね。君がどんな状況での奴らの動きを見て言ってるのか解らないけど、君の見た化け物達はそうだったんだろうね」

 ということは、やはり死体達にも種類がいくつかあるということか。

「最後だ。俺は、此処から出られるのか?」 

 青年がこちらへゆっくり近付いて来る。お互いに手が届く距離に入ると、握り拳を作って、こちらの胸の位置にそっと置いた。

「君に意思が有るなら。君に意思が有るなら、左側の道を行っても、過去に遡らずに、此処から出られる。今のは、ちょっとしたおまじないだ。それとね、此処から出られたら、メモに書いてある場所に行ってみてくれ。前に此処に来た人の伝言だ」

 伊弉諾は俺の上着のポケットに紙切れを押しこみ、満足そうに微笑んだかと思うと、俺肩を掴み、くるりと後ろを向かせて、背中を軽く押した。

「何すんだよ」

 青年にそう言おうとして、振り向こうとすると、急に周りの景色が高速で後ろに流れ始める。

 気付くと、自分は先程の分かれ道に立っていた。

「おい!」

 自分の声だけがむなしく反響する。どうやら青年に魔法か何かで瞬間移動させられたらしい。

「クソッ!」

 もう奇想天外な超能力やら、超自然現象には、慣れっこだ。瞬間移動ぐらいで、今さら、騒ぐ事もない。

 だが、まだ聞きたい事が有る。そう思って、再び右の階段のほうへ駆けていこうとする。

「あれ・・・・・・」

 道が無くなっている。まるで、そんな物は元からなったかのように綺麗に消えてしまっているのだ。これも、魔法の力と言う訳か。

 仕方なく左の道を歩き出す。特に右側の道と違うところはない。

 しばらく進むと、先程の階段とは、逆回転の螺旋階段が現れる。

 正直、もう階段は、うんざりだ。足が棒のようになってしまっている。落胆の深い溜息をついて、階段を下りる。

 青年は、意思を持っていれば、此処から無事に出る事が出来ると言っていた。それは、逆に言うと、何か意思を持たずに進むと、無事では済まないという事ではないだろうか。

 意思。自分のしたい事とは、何だろう。既に自分の人格の不完全さを親や周囲せいに出来る年齢でもないが、長らく自分がどうしたいかという事について考えない環境に居た気がする。

 自分は、今、何がしたいのだろう。もう一度、頭の中で自問自答を繰り返す。

 普通なら、異変が起こる前の幸せに戻りたいと思うのかもしれないが、今、頭に浮かんで来るのは、何故か異変の後の数日間だった。

 また皆に会いたい。

 本当に少年漫画の主人公がクライマックスで言いそうな台詞だ。馬鹿らしくなって、何だか顔がにやけてしまう。

 考え事をしている間に階段を下り切ってしまった。

 今度は、目の前には、広場ではなく、一本道が続いている。

「うわ!」

 突然、道の脇の暗闇から、女の顔が、顔だけで宙に急に現れた。

 普通の人間かどうかは解らないが、女の表情は死体や霊達のそれとは程遠く、普通の人間の物だ。

 いや、それより、この女の顔を俺は知っている。

「また、生きている人間が居るの? 彼が連れ込んだんでしょ! 止めてって言ったのに!」

 女性はこちらを見るや否やヒステリックに声を荒げ騒ぎ出す。

「お、お前!」

「何よ! 二度と出られないようにしてやる!」

 女性がこちらを真っ直ぐに向いて、睨みつける。

 間違いない。

「金山さん、じゃないのか!」


2

 少し長めの髪を真っ直ぐに降ろした髪型、膨らんだ頬。

 目の前に居るのは、間違いなく金山本人である。

 何故、此処に居るのだろうか。

 しかも、明らかに様子がおかしい。こちらに対する言葉使いもそうだが、雪のように白いワンピースを着ていて、服装まで俺の知っているものとは違う。

 服は、何処かで手に入れたのだとして、どうして、まるで面識が無い人間と話すような態度を取っているのだろうか。

 面識どころか今の金山の口調からは、敵意すら感じる。

 いや、洋服だってあの極限状態の生活の中で、手に入れに行くような余裕は無かったはずだ。

「金山さん、俺だよ。カイだ」 

 相手の感情を害さないように、出来るだけ明るい声で呼び掛ける。

「私を知ってるの?」

 金山は、それを聞くと、戸惑った顔をして、見たことのある表情になる。

「いや、金山さんでしょ。竹田の友達の。何でこんなとこいんの?」

「何処に居ようと私の勝手でしょ!」

 金山は感情を高ぶらせ、大声で怒鳴る。

 こちらの事を本当に忘れてしまっているらしい。話が通じない。

 金山は異変が起こる前の三日間の記憶が無いと話していた。あの記憶障害が酷くなってしまったのだろうか。

 無理に連れて行く事は出来ないが、置いて行く訳にもいかない。

「落ち着いてって。皆、心配してるだろうし、とりあえず、戻ろう」

 手を掴もうとすると、金山に振り払われる。

「触らないでよ!」

 金山は、手で顔を覆い隠し、叫ぶと、その場にうずくまってしまう。

 困り果てて、立ち尽くす。

 不意に、また耳の奥からあのラジオのノイズのような音がし始める。

「徘徊者?」

 恐怖が蘇り、体が震える。

 振り向いて、背後を見る。音は、収まる気配が無いのに、何かが近付いて来る気配も無い。

 警戒して、周囲を確認いると、急に雑音が酷くなった。

 ふと振り向くと、金山が立ち上がり、こちらの顔に鼻が触れるか触れないかの位置にまで近付いている。

「うわあ!」

 ぎょっとして、その顔を見る。金山の顔が幽霊と同じように青白くなり、目が血走っている。

 やはり、金山ではなく、化け物だったのか。

 心を許す人間に化けて、こちらを狙っていたということなのだろうか。いや、あの金山の態度はそういうものとは、また違っていた。

 目の前にいるこの金山は、一体何者なのだろう。頭がこんがらがりそうになる。

 気付くと、自分の胸の辺りを中心に何か黒い液状の物が渦巻いている。既に金山の姿をしたこの霊に何かされてしまったのだろうか。

 金属音がしたかと思うと、そこから何か棒のような物が突き出す。

「え、これ。俺に刺さってんのかよ」

 恐る恐る引き抜く。不思議と殆ど抵抗もなく、滑るように棒状のものが飛び出した。

 黒い鞘に収まった刀だ。

「これ使えって?」

 ふと伊弉諾がおまじないと言って、胸に拳を当てて来た事を思い出す。おまじないとは、この刀の事だったのか。

 これを使って戦えということだろうか。

 伊弉諾のくれた刀だ。幽霊でも斬れるのかもしれない。

 だが、目の前にいるこの幽霊は、金山かもしれないのだ。例え斬れたとして、斬り伏せてしまって良いのだろうか。

 金山が首を閉めようと両手をこちらに向けて来る。

 徘徊者の時、何故助かったのかは未だに解らないが、今度は、本当に呪い殺されてしまうかもしれない。

 戦う以外の選択肢は、無いようだ。

 刀を鞘から慎重に抜く。刀身に当たった光がゆらりと揺らめく。その鋭利で美しい刃に恐怖と見惚れるような陶酔感を同時に覚え、持つ手が震える。

 左足を少し下げながら、両手でしっかりと柄を掴み、中段に構える。

 日本刀で物を斬るのには、訓練がいるという話は、良く聞く。初めて刀を扱う人は、薄すぎる刃を対象に垂直に向けられないのだ。

 突きをまともに習った事は無いが、突いた方が斬るよりは、確実だろう。

 相手が段々と距離を詰めて来る。

「はあ!」

 自分の間合いに入ったタイミングを見計らい、足で地面を蹴り、腕を突き出す。

「ギゥアアアア!」

 手にぐっと手応えがあった。

 首元を刀が貫き、少し手足をばたつかせたかと思うと、金山はネジが斬れた発条の玩具のように動きを止める。

 本当にとどめを差して、しまったのだろうか。金山かもしれないのに。

 不安になって、刀を引き戻そうとすると、不意に、金山の首元の傷口から、蛍光灯のような強い光が漏れだす。

 光は段々強さを増していく。あっという間に景色が全てが光に包み込まれた。


3

 太陽を肉眼で見てしまったように眩しさで目が効かなくなった。

 しばらくすると、ようやく真っ白になった視界が少しずつ色を取り戻していく。

 だが、目の前に広がっているのは、先程までいた祠の中の景色ではない。

 どこか民家の一室だ。

 余りにも平凡な間取りに、一瞬、気絶して、また自分の記憶の中で自分の部屋にいるのかと思ったが、そうではない。初めて見る部屋だ。

 ただでさえ気味の悪い祠の中の空間に入っていたのに、また良く解らない別の場所に送られてしまったのか。本当に俺は元の場所に帰れるのだろうか。

 手の刀は何処かへ消えてしまった。事態が把握出来ず、情けなく口が開きっぱなしになる。

 部屋のインテリアは、最低限の家具と写真立てと女子高生の間で流行っていたキャラクターの縫いぐるみが一つずつ置いてあるだけで簡素な物だ。

 恐らく、若い女性、俺と同年代の少女の部屋なのだろう。

 後ろから、絞り出すような泣き声が聞こえて、反射的に振り向く。

 少女がベットに腰掛けて、泣いている。

 金山だ。

「金山さん?」

 話し掛けても、反応が無い。

 肩に手を置いて、もう一度、相手の名前を呼ぶ。

 やはり反応が無い。

 こちらの姿が見えていないのか、見えていて無視されているのか。何度か声を掛けてみるが、無視しているという様子でもない。

 思い切って、金山の頬をひっぱたいてみる。

 手に重い銅像を殴ったかのような衝撃が走ったが、金山には全く動きが無い。

 一体どうなっているのだろう。

 何かの魔法でここに瞬間移動させられたのだとして、ここにずっと居るわけにはいかない。

 そう思って、ドアを開けようとすると、今度は、ドアノブが動かない。

 まるでこの世界が俺の干渉を拒むように、何も動いてくれない。

 今度は、机の引き出しを開けてみる。

 何かが詰まっているかのように、うんともすんとも引き出しは動かない。

「どうなってんだよ! また呪いか何かか!」

 絶望感にうちひしがれて、顔を手で覆う。

 自暴自棄になって、机に腰掛けようとすると、メモ帳のような物が机から落ちた。

 何の気無しに、拾い上げようとして、気付く。

 俺が力を加えても、何も動かないこの世界で、何故、このメモ帳だけは、机から落下したのだろうか。

 実際に拾い上げてみると、メモ帳は手に持って動かす事も出来た。

 ベットの上の金山は、泣き続けるだけで、こちらの動作には、気付かない。

 他に出来ることも無いので、仕方なく、椅子に腰掛け机の上にメモ帳を広げる。



七月三日

図書館で本を読んでいたら、小宮山さんに「付き合わないか」って言われた。緊張して、言葉を返せなかった。


「へ?」

 一頁には、かわいらしい丸みのある特徴的な字でいきなりそう書かれていた。

 どうやら、これはメモ帳ではなく、日記帳だったらしい。金山の物なのだろうか。

 新しい日記帳を出したら、その日に偶然、思い人から告白されたのか、はたまた、告白されたのが嬉しくて、日記帳を付け始めたのか。

 他人の秘密を垣間見るような、場違いな好奇心に支配されて、また頁をめくる。



七月四日 

小宮山さんに私の気持ちを伝えた。抱きしめられた。



七月五日

携帯にメールが来た。映画に誘われた。急がしくって、いけなかったけど、小宮山さんは笑って、許してくれた。


 読んでいて恥ずかしくなるような内容だ。幸せだからだろうか。

 まぁ、本来、人に読まれるはずのない日記を勝手に俺が見ているのだ。金山が何かおかしいわけではない。

 恋愛経験者で有れば、微笑ましくも思えるのかもしれない。だが、生まれてこの方、女性と付き合った事が無い俺には読んでいても、羨ましいやら妬ましいやら気恥ずかしいやらで、良く解らなくなって来る。



七月七日

今度は、ちゃんと予定を合わせて、映画を見に行った。小宮山さんがお金は、殆ど出してくれた。やっぱり優しい。また一緒に何処かに行きたい。


 そんなこんなが続いて、二人は、段々と絆だか愛情だかを深めて行きましたと言った所か。

 飽きてきたので、頁をパラパラとめくり、出来るだけ速く、読み飛ばしていく。



七月十八日

小宮山さんの家に泊まった。お昼に一緒に食べたカップラーメンが美味しかった。


 説明されなくても、大体解る。異性の人間が一晩一緒にいたのだ。そういう事だろう。

 正直、処女であるという押し付けがましいイメージを金山に抱いていたのは否定できない。だが、それは予想であって願望ではない。偉そうな言い方になるが、別に女性が処女で有ることに大して意味が有るとも思っていないのも事実だ。

 下世話な話だが、細かい描写が有れば、もっとじっくり読んだかもしれない。

 結末が知りたくなって、再び何頁か、一気にめくろうとした時、ちらりと見えた頁を見て、有ることに気付き、十九日まで頁を戻す。



七月十九日 

小宮山さんは優しい。絶対に私以外を愛したりしないと言ってくれた。悲しい思いをしないように、一生守ってくれると約束してくれた。ずっと傍にいてくれると言ってくれた。小宮山さんが大好き。


 これもまた恋愛経験者でないと解らない事で、恋愛が良く解らぬ俺だからこそそう思ってしまうのかもしれないが、この何でもない純粋な乙女の日記に何か病的なものを感じる。悪口も悩みも消極的、批判的な内容が極端に少ない。

「人間て、こんなに純粋なものじゃないだろ・・・・・・」

 違和感を通り越して、何故か嫌悪感すら覚える。いや、小さい頃から、変わり者扱いされることが多かった俺の感覚が絶対正しいとは思わない。

 だが、金山がいくら純粋で美しい心を持った人間でも、現実の世界に生きる普通の高校生ががそこまで清廉潔白なまま生きていけるわけがない。

 嫌な言い方をするなら、自己欺瞞のような心の動きを文章から感じる。 


八月二十日

小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん小宮山さん


「あ……れ?」

 一見、普通の文章が書いてある頁に見えたので、危うく読み飛ばす所だった。

 底無しに深い穴を見た時と同じような寒気がして、椅子から飛び上がりたい気持ちになる。

 というか、今、気付いたのだが、このまま続くと、金山が記憶を無くした三日間の事も書いてあるんじゃないだろうか。

 脇に立ててあるカレンダーをみる。確か異変が起こったのは、二十四日だ。



七月二十一日

桃ちゃん。桃ちゃん。ごめんなさい。人に出来なかった。可哀想な花ちゃん。


七月二十二日 

火が熱いです。ここには、もう居たくない。どうして置いて行かれたの?



 支離滅裂で意味が解らない。情報と言えるような情報も無い。




七月二十三日


 

 その見開きの殆どが真っ黒に頁が塗り尽くされている。だが、その真ん中に、ほぼ四角形に中途半端な空白があり、そこに自画像のような絵が描かれているのだ。

 興味本位で、精神病を抱える人の描いた芸術等を調べた事があったが、それとは違う。上手い下手は解らないが、こういう単純な自分が見える現実を、そのまま描いたような絵を書いていなかった気がする。

 上手い。鉛筆一本で、片手間に描いたような雰囲気だが、繊細な線で描かれて、本物のような質感を出している。

 だが、それだけにたった一つの違和感が鮮明に強調される。

 金山を描いているのは解るのだが、笑顔が妙に人工的で整いすぎていないだろうか。何かに似ているとすれば、死体の動かない笑顔と似た物が有る。

 正面を向いた金山の絵をずっと見ていると、急に恐怖が込み上げてくる。なんでもなかった絵が禍々しいものに見えてきて、耐え切れずに今度こそ椅子から離れようとする。

「あ、あぁあ!」

 すると、突然、警報かと思う程の大音量でノイズが響き始めた。

 頭が割れるように痛い。ベットで泣いていたはずの金山がいない。

 突然、泣き止んだかと思うと、無表情で立ち上がり、姿を消したのだ。

体が金縛りにかかる。指の先の一寸も動かず、悲鳴も上げられない。

 首も回らず、周囲は見えていないはずなのに、後ろに何か恐ろしい物が居るのを感じる。

 青白い手が後ろから伸びてきて、首を掴んだ。

 首を締め付けられている訳でもないのに、そこから自分の生気が奪われていくのが解り、苦しい。

 重いものが落ちる音がして、目の前に眠るように目を閉じた青白い顔の女の首が机の上に降って来る。

 女は目を見開いて、こちらを睨みつけると、叫び声を上げる。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!」

 頭に割れるような痛みが走り、視界が黒く染まっていく。


4


 重力が増したように、体が地面に押し付けられ、直後、反対に奇妙な浮遊感に襲われる。遊園地のアトラクションに乗って振り回されるような気分だ。

 目を開けると、体が汗でびっしょりに濡れていた。手に持っていたはずの刀と刺したはずの金山が消え、目の前には石畳の道が続いている。金山を倒したから、刀も消えてしまったのだろうか。

 先程の奇妙な部屋は、何だったのだろう。金山が俺に見せた幻覚のような物なのだろうか。

 金山に触られていた首から火傷のような痛みが走る。頭が痛み、倦怠感ともまた違う奇妙な、それでいて、恐ろしく不快な感覚に体が悲鳴を上げる。何もかも諦めて、ここで倒れてしまっても良いような気すらする。

 小さい頃、四十度の熱を出し、吐きそうになりながら、横になっていた記憶が蘇って来た。その時は、確か祖母が看病してくれたのだ。

 何にせよ、やっと戻ってくることができたのだ。進まなければ。ただ漠然とそれだけを思い、歩き始める。

 道に巨大な鳥居が現れる。奥の祠のには、入口と同じように液体のような膜が張られている。これは出口なのだろうか。足を休ませて、柱にもたれ掛かる。

 向こう側から、微かに光と誰かが騒いでいるようなが声が漏れてきている。ひょっとしたら外に人間がいるのかもしれない。

 膜を通り抜け、祠を出る。見覚えの有る景色が広がる。

「ここって……」 

 後ろを振り返ると、赤い額束の鳥居がそびえ立ち、隣にあの懐かしいカラオケボックスが有った。しかも、建物前の公園に有った巨大な卵が割れている。

 混乱して、立っていると、急に横を赤い光が物凄い速度で走り抜けて行く。これは家を出た時に青い光と一緒に見た赤い光だ。

 光を追い掛けようとした次の瞬間、今度は、有り得ない程の巨体の女とトラックが追い掛け、目の前を横切って行った。

 唖然としていると、また胸の辺りから、刀の柄が現れる。何度見ても、自分が貫かれているようで気味が悪い光景だ。あれと戦えというのか。

 伊弉諾に背中を押された時と同じように周囲の景色が後ろに流れ始める。

 気付くと、ビルの裏で、しゃがみ込み、化け物の脇腹に潜り込んでいた。化け物は二人の男に手を伸ばして近付いていく。音を立てないように、刀をゆっくりと鞘から抜き、女の首元まで忍び寄る。

 女は目の前の二人に夢中でこちらに気付かない。

 首で、一際大きく脈打っている血管に刀の刃を沿える。難しく考えるな。包丁と同じように引いて切れば良いのだ。

 プスと音がして、女の体から血が噴き出した。

 頭からもろに血を浴びる。

 何かが途切れたかのように、何とか保っていた意識が遠退いていく。


5 【刈谷】

 血まみれで倒れている化け物の横に血まみれの人間が倒れている。

 化け物が動かないのを確認しながら、近付いていく。

 怪物の懐で倒れていたのは、カイだった。ホテルで徘徊者とかいう化け物に襲われて死んだはずのカイが何故カラオケボックスの近くのこの道で倒れているのだろう。

 脇に日本刀が落ちている。カイが化け物を倒し、俺達を助けたのだろうか。

 近くに隠れていたシンがのそのそと建物の陰から姿を現す。カイの姿を見ると、大声で叫びながら走って来る。

「カイ! カイだ!」

 鈴木が背中を抑えながら、体を引きずりながら、カイの隣に寄って来る。

「マジか! 何でこんな所に! この化け物、カイがやっつけたのか?」

 首に手を当て、脈を確かめる。首に手の形の腫れがうっすらと出来ているのに気付く。死んでこそいないが、やはり、俺達と一緒に居ない間に、カイに何か有ったのだ。

「息は有るけど、顔色が悪いな。二人とも、大声出すな。ゾンビが寄って来るぞ。早くトラックに戻って、帰ろう。このデカブツもゾンビみたいに復活するのかもしんないし」

「冷静だな。刈谷。どうしたの? カイが帰って来たんだぞ。驚かないのか?」

 鈴木が顔を覗き込んで来る。

「いや、驚いてるんだよ。驚き過ぎて、何も言えないだけで」

 実感が湧かなかった。カイが帰って来なかった方が良かった訳ではないが、何故帰ってこれたのか、何故ここにいるのだろうか、と次から次に疑問が浮かんで来て、頭が整理出来ないのだ。

 シンがトラックまでカイを背負って行き、荷台に乗せる。可哀相ではあるが、とりあえずは、生きているカイよりも、大怪我を負っている鈴木の容態の方が今は、重大だ。カイには、荷台で揺られていて貰うしかない。

 車を走らせていると、助手席の鈴木が思い出したように目を潤ませ、鼻を啜る。

「なに泣いてんだよ。気持ち悪い」

 笑って、鈴木をからかったが、そう言いつつも、鈴木の涙を見てる内に、カイが無事に戻って来た事実を自分も実感して、涙が出そうになる。

「いや。だってさあ」

 鈴木は、もうすぐにでも大声で号泣し始めるのではないかと思われるような震えた声でそう言った。

 車は走る。秘密基地への帰路を。

「女子三人組は先に大分遠くに逃げちゃったみたいだな。まあ、どうせホテルで落ち合えるだろ。道の途中に居たら拾って行こう」

 鈴木は、黙って頷いた。

 結局、道には、金山達女子はいなかった。車から降りて、探すべきなのかもしれないが、病人と怪我人が一人づついるこの状況で、もう一度、奴に襲われたら、無事に帰ってこれる保証は無い。出来るだけ早くここを離れなければ。


6【カイ】

 夢に伊弉諾が出て来た。満足げな笑顔で、近付いて来る。

「やっと彼との約束を果たせた。約束は、これで終わり。だから、もうさっきみたいな瞬間移動は使えないよ。面白そうだから、やってみたけど、案外面倒臭いんだね。約束って奴は」

 相変わらず言ってることがちんぷんかんぷんで文脈の読めない話をしている。

 前に会った時に色々と質問したが、第一こいつ自身が何者なのか解らないのだ。それを含めて、色々な事を聞こうとした所で、前回は瞬間移動させられてしまった。

 ひょっとすると、この男はわざとこちらに疑問や不安を抱かせて、面白がっているのかもしれない。だとしたら、一々、それに付き合って、神経を擦り減らすのも何だか馬鹿らしい話だ。

「彼って、徘徊者の事?」

「いや、違うけど、君の知り合いだよ」

 精神的に疲れているので、あまり真正面から相手をする気になれない。皮肉の感情を込めて、鼻で笑う。

「どうせ誰だか教える気は、無いんでしょ」

「ああ。その方が面白そうだ」

 口で言った通りに、本当に楽しそうに目を輝かせて、伊弉諾が笑う。

 その笑顔を収めたかと思うと、伊弉諾は、こちらをじろじろと眺めた。しばらくすると、何かに納得したように頷き、肩に手を置いて来る。

「また会おう」

 そう言って、伊弉諾が背後へと通り過ぎようとする。止めて、話を聞こうとするが、体が動かない。

 そのまま何も出来ずに目が覚めてしまった。夢の中でまで、俺は、あいつのペースに持ってかれてしまうのか。

 完全に目が覚めた。ぼんやりとした明かりが部屋を照らしている。部屋には俺以外に誰もいないようだ。皆が俺が休むために部屋を一つ明けてくれたらしい。

 壁に取り付けられた時計を見る。

 午前五時。あれからずっと寝ていたのだろうか。祠を出た時より、大分良くなったが、まだ体が重い。大人しく後二時間ぐらい寝てよう。

 また上半身をベッドに倒す。

 ベッドと体の間に何か有って、寝にくい。目をつぶったまま、手で背中の辺りを探る。

 何かを掴んだのを感じて、ぐいとこちらに引き寄せた。

「あれ?」 

 誰かの手がある。俺は一人で寝ていた訳ではないのだろうか。目を開けて、横に体を向ける。

 竹田が寝息を立て、気持ち良さそうに眠っていた。薄目を開けて、こちらを見ると、腰に抱き着いて来る。本人は抱き着いたつもりかもしれないが、勢いが付きすぎである。正直、これでは体当たりだ。頭が鳩尾に入っている。

「お帰り。カイ」

 何だか恥ずかしい気分になって、どうすれば良いのか解らなくなる。

「ただいま」

 他にどうしていいのか解らず、竹田の頭に手を置いてじっとしていると、いつの間にかまた眠ってしまっていた。


7

 目が覚めて、気付くと、竹田は部屋から居なくなっていた。先程、あんなに気まずく思っていたのに、居なくなられると、置いて行かれたようで淋しくなるのだから不思議だ。

 顔を洗いに、洗面台へ行く。

 思えば、数日前、洗面台に立って、異変に気付いたのが全ての始まりだった。

 一つ節目を迎えたような気分になったが、それが何の節目なのかは、自分でも良く解らない。

 元から切るのが嫌いで、伸ばしていた髪が更に伸びて鼻にまで差し掛かっている。学校にいる頃、髪を伸ばしていると、刈谷に女のようだと良く茶化されたものだ。

 ふと鳥居の中での出来事を思いだし、ポケットに手を突っ込む。

 ポケットの中から四つ折になった紙を取り出して、広げる。


テレビ局に行け。


 メモには、そうとだけ崩れた文字で走り書きされていた。金山の日記帳程解りやすくもないが、どこかでみた筆跡だ。

 どうして、テレビ局に行かなければいけないのか解らないが、それがどんな意味を持っていたとして、今ここで考え込んでも、仕方がない。テレビ局に行ってみれば、解る。伊弉諾がわざわざメモに書いて残したのだから、きっとそういうことなのだ。

 カレー屋で見つけたメモを入れたのと同じポケットにまたそのメモを入れた。適当に押し込んだせいで、メモはポケットの中で折れ曲がってしまった。

 鏡を見ながら、手で目に掛かっている髪をすく。

 横にある浴槽を見ると、風呂に入ってしまいたい欲求が沸き上がったが、とりあえずは、皆に顔を見せた方が良いと思って、止めた。金山がどうなったのか皆に聞いておきたかった。

 部屋を出て、隣の部屋に行く。皆と会えるのを喜ぶ気持ちと照れ臭さとが交じってしまって、どんな顔をして、部屋に入れば良いのか迷う。

 無表情な顔を作ろうとして、ドアの前で突っ立っていると、ドアが勝手に開いた。

「よ」

 床に食べかすを落しながら、クッキーを口にくわえたシンがニヤついた顔を覗かせる。

「おう」

 苦笑いして、部屋に入る。

「皆、金山さんは?」

 そう言いかけた次の瞬間、自分の目がベッドに腰掛ける金山を捉えた。

「え? 金山さん?」

 金山が駆け寄って来て、肩をハグして来る。

「無事で良かった」

 金山は、何事も無く、ホテルで皆と過ごしていたのか。

 だとしたら、俺が祠の中で見た金山は、偽者だったというだろうか。

 こういう時、どういう対応をするのが正解なのだろう。皆を混乱させないように黙っておくべきなのだろうか。皆、今現在こうして奇想天外な常識では有り得ない状況に置かれているのだ。俺が見たもう一人の金山の事を話しても、信じてくれないということはないだろう。

 だが、金山本人が困惑し、またストレスを抱え込ませてしまる可能性も有る。

「どうしたカイ。真顔で」

 刈谷に言われて、ようやく自分が金山を無表情のままじっと見続けていた事に気付く。金山は、少し怯えて、こちらを見ている。

「カイ君?」

「照れてんだろ」 

 鈴木がベットの上でこちらに近付いて来て、こちらの顔を指差して笑う。

 笑ってはぐらかそうとしたが、変な間が開いたせいで、逆に何か言わないといけない雰囲気になってしまった。

 やはり、正直に言ってしまうしかないか。

「金山さん。ずっとホテルで皆といた?」

 シンが大きいサイズのペットボトルを抱えて、震える真似をする。

「何だよそれ? 怖い事言うなよ」

「いや。マジな話なんだ。俺、皆と逸れてる間に、金山さんと会ったんだ。何か様子が違ったけど、確かに金山さんだった。皆、何にも変わったこと無かったのか?」

 竹田は首を横に振る

「似た人を見たって事じゃなくて?」

「いや、近くで見たし、話もしたんだ」

 金山は、案の定、垂れ目な目の目尻をさら下に垂らして、泣きそうな顔をしている。

「私に何か原因が有るのかな?」

 記憶が無いことで、情緒不安定になっている金山に、これを知らせるのは良くなかったかもしれない。

 風呂場の方で何かが落ちる音がした。間中がバスタオルを首に巻いて、髪を拭きながら、出て来る。

 こちらを見て、一瞬、目を見開いて驚くような素振りを見せ、また無表情になる。

「戻って来たんだ」

 淡々とした態度でベットに座り、金山と俺の顔を交互に見る。

「何で泣いてんの。泣かした?」

「いや、何もしてないというか何かしたというか」 

 どうにも収拾が着かなくなってしまった。

「ていうかさ、俺らも、突然、それだけ聞かされても、良く解んねえよ。お前がどうしてたかも含めて、流れで説明してくれ」

 もっともな意見だ。俺は言われた通り、まず自分の身に起きた事を説明すべきなのだろう。

 だが、問題は俺自身も何が起きたか把握しきれていない事だ。具体的な事象だけを出来るだけ細かくしていくしかない。

「ああ。上手く説明出来ないけど」


8

 一連の体験を皆に話した。最後まで話しても、皆は、解ったたような解ってないような微妙な顔をしていたので、ちゃんと伝わったか解らないが、とりあえずは、これが精一杯だ。

「大体、解った?」

「多分」

 黙って、聞いていた刈谷がそう言って、頷くと、他の皆も後に遅れて同じ様に頷いた。

「そう。後、これは、話に出て来た伊弉諾を名乗るお兄さんがくれたメモなんだけど」  

 本当は夢で渡された物だが、それを説明するのは省いた。夢に出て来た人に物を貰ったなんて話は、何となく子供じみていて恥ずかしい。

 鈴木が寄って来て、手を差し出して来たので、それに応じて、メモを渡してやる。

 鈴木の周りに皆が集まって、メモを覗き込む。

「テレビ局へ行け?」

 間中がメモの内容を棒読みした。

「何でテレビ局?」

「ていうか何処のだよ。東京都内のテレビ局だけでも、何局か有るだろ」

 シンと間中が口々に質問をぶつけて来る。

 疑問がいっぱい有るのは解るが、聞きたいのはこっちだ。

「確実とは言えないけど、敢えて一つ挙げるとしたら、今、頑張ってニュースの放送を続けてるこの局じゃない?」 

 付きっぱなしのテレビの画面を見る。既に異変発生から数日が経過しているのに、画面では、数人のアナウンサーが交代でニュースを放送し続けている。他の局では、スタッフが逃げ出したか、全滅したかで、完全に放送が止まっている。

「まあ、行ってみるにしても、すぐには無理だな。鈴木が怪我してるし、お前だってまだ顔色悪いぞ。しばらく休んで、篭城戦してからでも良いだろ」

 金山がお菓子やらジュースを腕に抱えて、持って来て、俺が座っている椅子の前の机の上に並べた。

「今日は、これ食べて大人しくしてて」

 こうして普通に傍で話しているのを見ると、祠の中で見た金山は俺の幻覚だった気すらしてくるが、それでも、首の奇妙な手の跡とそこから響く痛みが、確かに、それは、居たのだと絶えず伝えて来た。

 その後、しばらく、皆でテレビに見入っていたが、その内に、風呂に入るだの、知り合いに連絡するだの用事を見つけて、女子は部屋から出て行った。

「俺、面倒臭いから、家族に連絡したりとかしてないけど、皆の家族は無事なのかね」

 部屋に男だけになって、シンとポテトチップスの袋を開けて居る時、思い立ってシンに聞いてみた。

 動物園のパンダのような巨体を横たえたシンが、パンダのように体を転がして、こちらを向く。

「どうなんだろうね。俺も母親としか連絡ついてないし。ていうか、お前も携帯くらい持って来いよ。不便だろ」

 反論出来ずに笑う。

「まあ、今、考えたらそうなんだけどさ。焦ってたからさ。持って来なかった」

 あの時は、妙に胸が高鳴り、浮足立っていて、そんな事考える気分ではなかったのだ。早く家を出たくて、うずうずしていた。

「でも、金山は一体なんだったんだろうな」

 刈谷が椅子を寄せて、ポテトチップスを摘む。あんまり、一度に大量の食料を消費して欲しくはないのだが。

「確かに、不思議な話だけどさ。かと言って、金山さんが何か知ってる風でもなかったんだよねぇ」

 鈴木が喋りながら机に寄りかかると、袋がバランスを崩して、二三枚零れた。鈴木は慌てて、拾って、そのまま口に運ぶ。

「異変の前後の記憶がなくて、偽物が鳥居の中にいたんだろ。金山が今回の異変に関して、重要人物だとしても、物語の筋書きとしてはおかしくないよな」

 皆が一瞬思考の端に浮かんでも、言わない事を刈谷はなんの気なしに言ってしまう。良識的に考えて、もう少し歯に衣着せるべきだと思う。

 だが、矛盾するようだが、逆に言えば、その発言の多くが皆が同じ事を考える常識的な観点での意見でもある。

「もし……もし、金山が悪の総大将でも、皆で問い詰めるような事は止めたほうがいいだろうな。もし、そんな凄い力のある奴に敵視されたら、どんな目に遭うか解らん。今の所、金山が何も知らないのも嘘とは思えないしさ」

 鈴木が口からポテトチップスを割る音を立てながら、頷いた。

「後、あのメモについて思ったんだけどさ。テレビ局に行くのは、俺らじゃなくても良いんじゃない?」

 シンが携帯を見ながら言う。

「え? どゆこと?」

「今、東京に居る生き残りでも、俺達よりテレビ局の近くに潜伏してる奴らが居るはずだろ。俺達が今からこのテレビ局に行こうとしたら、車に乗ってっても、主だった道は車で塞がれてて中々、進めない。遠回りばっかしてたら、ガソリンが切れるかもしれないし。歩いていくにしたって、時間も掛かるだろ。他の人にテレビ局の様子を見に行って貰った方が早いよ」

 可能な事なら、確かに、それに越したことはない。だが、色々な意味で賛成は出来ない提案だ。

「まず、どうやってそいつらにこの話知らせんだよ」

 シンが体の向きを変え、携帯を見せて来る。

「いや、それこそ掲示板に書き込んでさ」

 苦笑いして、首を傾げる。

 皆には伝えていなかったが、伊弉諾は夢の中でメモには、俺が命を長らえる方法が書いてあると言っていた。果たして、俺以外の人間が行って、意味が有るのだろうか。

「あんまり現実的な話じゃないな。鳥居みたいに何人もの人間が発見してるわけでもなけりゃ、画像も無いんだ。神様に渡されたとは言え、このメモも他人から見れば、ただのメモだ。それを掲げて、訴えかけたって信じる奴が居るか?」

「……やっぱ無理か」 

 シンが画面を見つめて、うなだれる。

 シンだって怪我をしている鈴木や皆の事を心配して言ったのだろう。

「そんな顔すんな。きっとどうにかなるって」

 落ち込んでいる姿を見るのが忍びなくて、また何の救いにもならないごまかし方をしてしまう。

「どうにかねぇ」

 シンも苦笑いして、またポテトチップスをつまんだ。

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