断章【1】
物語には直接関係のない日常パートです。読み飛ばしても構いません。
俺が石田に告白された日から遡ること一ヶ月前。
「暇だな……」
「ああ、暇だ……」
昼休み、俺は同じクラスの中島とそんな話をしていた。
中島は俺とは違い、いわゆる不良と呼ばれる種族だ。明るい色に脱色された短髪は、あらん限りの整髪料の力で重力に逆らっていた。無論、教師からの印象も悪い。
「お前ちょっと、職員室行って爆発してこいよ」
「残念だ。今はMPが足りない」
「そうか。残念だ」
教室の窓の縁に腕をかけて、校庭で遊ぶ生徒たちを眺めながらいつもの調子で話をする。
「あ、パンツ見えた」
「え、どこ」
中島が校庭の端の花壇に水をやっている女子を指差した。前かがみでジョウロを持つその生徒のスカートは、もう少しでその中をさらけ出そうとしていた。
「…………」
「…………」
ふたりでその生徒を見つめる。
「見えないじゃん」
俺が中島に言った直後。
「あ、見えた」
「え、どこ」
ちょうど中島に話しかけていたため、それを見ることは出来なかった。
「お前だけずるいぞ」
「日頃の行いだろ」
そして俺は、その女生徒が見覚えのある人物だと気付いた。
「あれ、里山じゃん」
千尋の友達の里山 薫だった、園芸部なのだろうか。とても彼女の印象通りの部活だ。
「知り合い?」
「ちょっとね」
「名前は?」
「薫」
「ふーん。……ほうほうほう」
「やめとけ。お前とじゃ合わなすぎる」
「分からんよ」
そう言うと、中島は窓から身を乗り出す。何をするのかと見ていると、中島は大きく息を吸い込んだ。俺は嫌な予感がして窓から頭を下げる。
「薫ちゃぁぁーーーん!!!」
予感は的中。中島は大声で里山の名を叫んだ。
「ちょ、お前!」
「結婚してぇぇーーー!!!」
制止する俺に構わず、中島は求婚した。
「馬鹿かお前は! 恥知らずが!」
中島のベルトを掴んで引きずり降ろそうとしたとき、花壇の前で狼狽する里山と目が合った。
里山は身を震わせると、ジョウロを放り投げて走って行ってしまった。
中島を床に引きずり降ろす。
「もうちょっとだったのに」
「何がだよ……。逃げてったぞ」
里山には、あとで謝っておこう……。
翌朝、どんよりとした雰囲気で教室に入ってきた中島からは、ちょっとおかしな香りがした。
「なんかお前、生臭いぞ」
俺の反応に、中島は右手に持っていたものを俺の机に置いた。
生のサンマだった。
「おいなんだこれ! すぐにどかせ!」
驚愕する俺に、中島は低いテンションで話し始めた。
「朝きたらよー。こいつが俺の上履きに突っ込んであったんだよ……」
生臭さの正体はこれだったようだ。
「一体俺が何をしたっていうんだ……」
俺は昨日の出来事を思い出した。里山がこれをやったとは思えない。そして、俺はある人物に思い至った。
腹黒で猫かぶりで毒舌で悪趣味。あいつなら人の上履きにサンマをねじ込む事くらい容易いはずだ。というか、そんな事あいつしか思いつかないだろう。
だが、俺は黙っていた。
「今日はもう駄目だ……。帰る……」
中島はそう言って、サンマをつまんで振り返った。
「それどうすんの?」
「うちの猫にあげる……」
そういえば、中島は顔に似合わず愛猫家だった。生徒手帳に飼い猫の写真を忍ばせているのを知った時は、あまりのギャップに爆笑した覚えがある。
無論、それを言いふらさない俺ではないので、今や学年で中島の猫好きを知らない者はいない。
「ちゃんと焼いてあげろよ」
とぼとぼと歩ていく中島の背中を、俺はそう言って見送った。
物語には直接関係のない日常パートです。




