第八話
「それで、話って?」
三人組の一人が言った一言を皮切りに、俺は千尋のこと、そして石田のことを話し始めた。全てを話し終えても、彼女達の表情からは疑問が拭えない。それも当然だろう。噂はおそらく事実が歪曲して伝わっている。それも、ふんだんに悪意を込めて。
そう思った俺は、彼女達の質問に全て答えようと提案した。彼女達がどういう解釈を持っているのかも知ることができるし、それをひとつずつ潰していくこともできるからだ。
噂話はどうやら、佐伯の流したものと、石田・茜の流したものが混同しているようだ。それが収束して融合し、ひとつの黒い塊を生み出している。
彼女達の質問を要約するとこうだ。
千尋が佐藤から佐伯を奪った。
その後、今度は俺が佐伯から千尋を奪った。
千尋は皆に良い顔をして、性格を偽装している。
俺が石田を罵倒して、挙句暴力までふるって捨てた。
案の定、事実は個人の主観によって歪められていた。俺はそれをひとつひとつ誠意を込めて返していく。始めは呆れ顔だった彼女達も、次第に表情が緩んでいく。千尋の性格の悪さを、どういう風に悪いのかを説明している頃には、皆の笑いを誘うことが出来た。勿論、千尋の家庭の事情については一言も言わないようにした。
しかし、話している間、気がかりに思うことがあった。里山の態度だ。彼女は教室に入った時から頷くばかりで会話に参加してこない。質問をするのもいつも三人組だけだ。クラスも違うし、三人ともあまり面識がない。もともと人と接するのが得意なタイプではなさそうだし、仕方ないのかもしれないと思った。
話しが終わると、彼女たちは、千尋について前向きに考えてくれるようになっているようだった。
「急には無理だけど、少しずつね」
その言葉を聞いただけで、気分が安らぐのを感じた。
「ありがとう」
俺の感謝に手を振りながら四人は出て行く。俺は自分の席に座って、深く息を吐いた。
これで、千尋も少しは過ごしやすくなるだろうか。しかし、味方が出来たのは心強いが、全てを当てにしてはならないだろう。根本的な解決には至っていないのだから。
ふと、人の気配を感じて教室の扉に目を向ける。戻ってきたのか、はじめからそこにいたのか、里山が立っていた。
「どうしてそこまでするの?」
唐突に、そして口調だけは穏やかだった。不意を突いた質問の意味はすぐに理解することができた。里山は質問を繰り返す。
「仲良くしてた人たちに貶されながら、どうしてまだ助けようとするの?」
「友達だろ。当たり前だ」
「本当にそれだけ?」
言葉を選ぶだけの間を挟む。
「正義感から?」
返答に満足できないのか、里山は問いを繰り返した。
「違う、かな」
普段の彼女とは別人のような雰囲気に気圧される。自分の舌が軽くなっていることを自覚しながらも、俺は言葉の端々に注意する気分にはなれなかった。
「正義の味方になるつもりはない。ただ……」
一呼吸の間を置く。
「自分の届く範囲で誰かが泣いてたら、それくらいは助けてやりたい」
最後に、努力目標だけどな、と付け足す。言葉で言うほど簡単なことじゃないのは百も承知だ。なんとかできるかどうかは……分からない。
「助けられると思う?」
まるで思考を読んでいるかのように面と向かって訊かれ、俺は口ごもってしまう。言うべき言葉が見つからない。
「一人きりにはさせない」
答えにはなっていないが、今の俺にはそう決意する他に方法がない。
「……そう」
呟き、それきり口を閉ざす。里山も質問を二度は繰り返さなかった。
粘りついた沈黙が二人の間を埋めていく。
「帰るね」
沈黙を破った里山は振り返り、教室から離れた。足音が遠ざかっていく。俺も自分の鞄を持ち上げると、教室を出た。
続く




