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9.契約獣について知識を得る。

「すみません、契約届を出しに来たのですが」


一限の授業が終わるとすぐ、事務局へと急いだ。

昼休みでもよかったのだけど、早く出したほうがいいと言われていたので、少しでも早くと思い、こうして窓口に来ている。


「契約届ですね。どうぞそちらにお掛けください」


受付窓口に行くと、母親世代くらいの事務員の女性が出てきて、パーティション越しに着席を促された。

彼女は書類を受け取り、上から順に目を通していく。


ちなみに契約届の記入内容は、契約主、幻獣名、契約開始日、契約期間などだ。

契約獣の特性など、ほかにも細かい記入欄があったが、書けないものは仕方がない。

そのまま空欄で提出している。


「契約主は、魔法科第一学年のネモ・フィリアスさんですね……あれ、幻獣名の記載が漏れていますが」


「はい。調べてもわからなくて、空欄にしてしまいました」


(嘘です、ごめんなさい――)


実のところ、調べてもいない。

というか、さすがに幻獣名くらい確認しようと思っていたのに、すっかり忘れていた。


……でも、犬の幻獣種って一体なんだろう?


「ではこちらで確認させていただきます。お手数ですが、契約獣を見せていただいてもよろしいでしょうか?」


「はい、わかりました」


――クロ、おいで。


心の中で念じると、すぐに足元にモフモフの感触が現れた。


事務員の女性はクロの姿を一目見るなり、ぴたりと動きを止めた。

そして、わずかに目を見開く。


「これは……フェンリルですね」


「は? フェンリル?」


犬じゃない、だと?


フェンリルといえば、狼の幻獣種。

しかも、上級種のさらに上――特級種と呼ばれる存在だ。


幻獣に詳しくない私ですら、名前くらいは聞いたことがある。


(クロってば、言ってよ! こっちはずっと、あなたのこと犬だと思ってたんだから!)


クロを持ち上げて膝に乗せ、その背中をえいえいと撫でる。

……ああ、癒し。


「アンドリューくんのものを、引き継がれたんですね……」


(アンドリュー? 誰?)


「ええと、ちょっとした手違いで、私がこの子と契約することになりまして。

アンドリューさんというのは、前任の方のことですか?」


「手違い? では、アンドリューくんと面識は?」


「まったくありません」


「そうなんですね。もしかして、幻獣との契約は初めてでしょうか?

初心者の方向けに、契約獣についてのレクチャーをすることができますが、いかがなさいますか?」


「お願いします!」


契約獣についての知識なんて、中等部の基礎学習でさらっとやった程度で、ほとんど無いに等しい。

制約やルールがあるのなら、ぜひ知っておきたかったのでありがたい。


「承知しました」


事務員の彼女はそう言うと、一枚の紙をこちらに差し出してきた。

ぱっと見ただけでも細かい文字がびっしり並んでいて、さっきまで「知りたい」と思っていたはずなのに、一人で読む気力は一瞬で消え失せる。


けれど、そんな私の様子を察したのか、

「こちらに書かれている内容に沿って、私が説明していきますので、気負わなくて大丈夫ですよ」

と、すかさずフォローを入れてくれた。

この人、できる。


「まず初めに……契約獣は、幻獣界に住む生き物です。

召喚士は召喚術によって幻獣を都度呼び出しますが、契約獣の場合は、召喚術なしに契約主の意思で呼び出すことができます。


また、契約には相性の問題があるため、誰でもどんな種類でも契約できるわけではありません。

――この子は、あなたとよほど相性が良かったんですね」


「キャン!」


クロが返事をするように鳴いた。


相性が良かったと言われて、手違いとはいえ、少し嬉しくなる。

けれど同時に、胸の奥に引っかかるものがあった。


本当は、私が契約しようとしてしたわけじゃない。

エンデ先輩のものを、横取りしてしまっただけだ。


そのことを思い出して、私はおそるおそる口を開いた。


「実は私……第五学年のダリオ・エンデ先輩が契約更新をしているところで、間違えてこの子の名を呼んでしまったんです……。

だから、私と相性が良かったというより、エンデ先輩と相性が良かったのを、奪ってしまったというか……」


気まずさをにじませながら言うと、彼女はふっと表情を緩めた。


「あら、そうなのですか。でも――名を呼んだからといって、普通は契約を横取りすることはできません。

それに、契約期間が無期限で成立しているのも、かなり珍しいケースなんですよ?」


やわらかな声でそう言ってから、彼女は少しだけ微笑む。


「やはり、よほどあなたとの相性が良かったのだと思います」


そこまで言われると、本当にそう思えてくる。

腕の中にいるクロを見て、心の中で問いかけた。


(そうだったの? クロってば、エンデ先輩より私のほうがよかったの?)


心無しか、クロの目が「そうだよー」と言ってくれてる気がした。まあ、私の思い込みだろうけど。


「彼らとの契約で必要なのは、魔力と信頼――この二点のみです。

特にこの子は上位種なので、魔力の消費には注意してくださいね。出しっぱなしは禁物ですよ」


「わかりました」


エンデ先輩の言っていた通りだ。

疑っていたわけではないが、クロは本当に魔力消費が激しいらしい。


それから――彼女は、恐ろしい注意事項を付け加えた。


「無期限契約の場合、契約主が死ぬまで従属は続きます。

互いに信頼関係を築けなかった場合、契約獣に食い殺されることもあり得ますので、そちらもご注意ください」


「こわっ!」


思わず声が漏れた。

いや、怖すぎるでしょ。


クロ。私、ちゃんといいご主人になるから。だから食べないでお願い。


つぶらな瞳でクロがこちらを見て、はっはっと舌を出しながら顔を舐めてくる。

さっきまでは可愛いと思っていたのに――来るべきときに向けて味見をしているのでは、とつい疑ってしまった。


「他に何か確認したいことはございますか?」


その言葉に、はっとして頭を切り替える。


「はい、ひとつだけ……。

例えば、私の魔力が枯渇してしまった場合、契約獣はどうなるのでしょうか?」


昨日、実は枯渇寸前だったことを思い出し、確認してみることにした。


(契約獣も、魔力がなくて弱ってしまうとか?)


そんな風に軽く考えてたのに、返ってきた答えは予想とは違って全く可愛くないものだった。


「それは契約獣の種類によって異なります。

下位種であれば、主の魔力枯渇に合わせて衰弱しますが、上位種になるほど――暴走する可能性が高くなります。


周囲に甚大な被害を及ぼすこともありますので、魔力不足には十分ご注意ください。

この子の場合……最悪、学園が跡形もなく消える可能性もゼロではありません」


「……………………なるほど。絶対に魔力切れを起こさないようにします」


――危なかった。


エンデ先輩が昨日気づいて注意してくれなかったら、私は魔力枯渇で学園を破壊していたかもしれない。


「それでは、他に質問があれば、いつでもいらしてください。そろそろ二限が始まる時間ですね?」


彼女の言葉に、壁の時計へと目をやる。

授業開始の時間が迫っていた。


「やば、急がなきゃ。ありがとうございましたっ!」


書類を抱え、クロに「戻って」と念じて還ってもらい、事務局を後にする。


こうして契約届を提出したことで、私はクロへの理解を深めることができたのだった。


クロは犬じゃない。

犬じゃない……。



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