27. 先輩の家族や進路について話しを聞いてみようと思います。
キラキラした目でこちらを見るその表情が、幼い妹に似ていた。
自分に憧れて興奮気味に話す様子は、年の近い弟と会話しているようで――
(もしあの二人が大きくなっていたら、こんなふうに成長していたのだろうか)
懐かしさを思い出させる光景に、今はいなくなってしまった「家族」を重ねた。
◆
「ネモー! 結局あのあと、どうなった? 先輩、大丈夫だった?」
「おはよう、キアラ。昨日はごめんね。結局、少し仮眠してスッキリして帰ったらしいよ」
「ん? “らしい”って、一緒に帰らなかったの?」
「あ、うん。夕方まで一緒にいたんだけど……ちょっと諸事情で、私だけ先に帰ったんだ。あとでクロに先輩の様子を見に行ってもらって、元気になったみたいだって」
諸事情に、すべてを詰め込んだ。
先輩に名前を呼ばれて意識が吹っ飛んだ、なんて――言えるわけがない。
「よお、ネモ! キアラも!」
「おはよー」
「おはよう、ドレイク。どうしたの?」
珍しく朝から声をかけられ、何か用かと尋ねる。
「ネモ、今日も昼休みにエンデ先輩んとこ行くつもりだから、おまえも昼メシ先に買っとけよ」
「へ? なんで? 一人で行ってきなよ」
「一人だと緊張するだろ。ぽやっとしたおまえとクロ坊がいたら、場がなごむだろ」
「何そのゆるキャラ扱い」
キアラがたまらずツッコミを入れてくれた。
「そうだよ。それに連日お邪魔したら悪いでしょ。勤労奉仕中なのに」
「いや、勤労奉仕中でも息抜きは必要だし、俺の予想では、先輩は停学中だから人恋しくなってるはずだ!
な、頼むよ」
……人恋しくなっているというのは、一理あるかもしれない。
昨日の様子を見る限り、今の先輩に必要なのは「発散」だ。
(そう考えると、しがらみのない私たちなら、先輩の息抜き相手としてちょうどいいのかも……)
「わかった。お昼ご飯、用意しておくね」
「よっしゃ! ありがとな!」
「えー!? ネモを連日取られて、私は寂しいよ」
「悪いな、キアラ。トーダの相手でもしてやってくれ」
ドレイクがトーダと言ったのは、彼の相棒――魔法バカの片割れのことだ。
「ヤダよ。ずっと魔法談議しなきゃいけなくなるじゃん。
ネモ、今日のお昼は他の学科の子と食べるからいいけど、明日は私が予約したからね!」
「うん、もちろん。明日は一緒に食べようね」
こうして私はドレイクと二人で、昼休みにエンデ先輩が作業しているであろう演習室へ向かうことになった。
◇
「あれ、開かない」
昼休みになり、お昼ご飯を持って演習室まで来たものの、今日は入口の扉が開かない。
ドレイクが何度ガチャガチャやっても、扉はうんともすんとも動かなかった。
「エンデ先輩、今日は来てないのかな?」
「いや、そんなことはないはずだ。演習室の修繕は一週間以内に終わらせないといけないから、今週は毎日来ると俺は予想してる。だから中にいる」
「出た、野生の勘」
「よし、俺のとっておきの“解錠の呪文”を見せてやる」
「え!? そんな無理やり開けちゃうの!? やめときなよ」
「いいのいいの。ほら、退いてろ」
「えぇー……」
言われたとおり一歩下がり、ドレイクが詠唱を始めた――そのとき。
扉がガチャリと開いた。
予期せぬタイミングで開いたため、ドレイクは見事にぶつかった。
「うぉっ」
「うわ」
よろめいたドレイクの身体が、私にぶつかる。
「え、何してんの?」
中から声をかけてきたのは、もちろんエンデ先輩だ。
まさか扉の向こうに人がいるとは思っていなかったのか、こちらを見て目を丸くしている。
「こんにちは、エンデ先輩! 今日も先輩に会いに来ました!」
「いや、なんで」
先輩は短く返し、眉を寄せた。
「だって、エンデ先輩とお話できることなんて滅多にないんで、今のうちに、と思って!」
「……」
昨日ならビビっていたであろうドレイクも、今日は怖気づくことなく、素直に気持ちをぶつける。
(先輩、困ってないかな)
ドレイクの態度が先輩の迷惑になってやしないかと、おせっかいながら口を挟むことにした。
「先輩、どこか行かれるところだったんですか?」
ドレイクの後ろからひょっこり顔を出し、先輩に尋ねる。
すると、
「おまえも来てたのか」
と、少し驚いた顔を見せた。
どうやら扉の影で私が見えておらず、ドレイク一人だと思っていたらしい。
「思ったよりペースがいいし、ちょっと疲れたから、今日はもう切り上げて帰ろうとしてたところだよ」
先輩はふうっと息を吐き、扉の縁にもたれかかる。
どこか疲れた様子を見せる先輩に(おや?)、となるが、ドレイクは構わず突撃した。
「じゃあぜひ、俺たちと休憩してから帰ってください!
俺、多めにお昼買ってきたんで一緒に食べましょう!」
相変わらず先輩に対してグイグイいくドレイクに、見ているこっちがハラハラする。
けれど私の心配をよそに、先輩は意外にも「わかった」と素直に頷いた。
(あれ、いいんだ)
「やったー! じゃあ中で食べましょう! 俺、どれだけ修繕が進んでるか見たい!」
「ん」
先輩が短く返事をして中へ入ると、ドレイクと私も後に続いた。
「うわっ、めっちゃ進んでる!」
演習室を見渡すと、昨日は床とベンチの一つだけが修復されていたのに対し、今日はベンチはすべて元に戻り、階段や手すりなどの細かい部分や、壁の一部もすっかり元通りになっていた。
「明日壁やって、天井やって、結界張ったら終了だ」
「はやっ! すげぇー!」
「こっちとしては早く終わらせたいんだよ……。毎日の反省文に加えて、卒研のテーマもそろそろ締め切り近いし、停学中だってのに、なんか依頼めっちゃ来るし」
先輩は遠い目をしながらベンチに腰を下ろす。
どうやら疲れていたのは、単純に忙しすぎるかららしい。
「依頼って、例えばどんなのなんですか?」
「あー、他学年の授業のサポートとか、先生の論文の手伝いとか。おまえらも第五学年になったら、いろいろ駆り出されるから覚悟しとけよ」
「……」
ドレイクは器用になんでもできるけど、ポンコツの私にお呼びがかかるとはとても思えない。
そんな空気を察したのか、先輩が言った。
「どんなやつでも、最終学年だからって平気で先生の雑用とか言いつけられるからな」
「えー……」
じゃあ、私も対象らしい。
むしろ、備品を取ってこいとか、この紙を下の学年に配っておけとか、そういう雑用を全部押し付けられそうな未来が見えてしまった。
ドレイクがサンドイッチの包みを一つ先輩に手渡し、自分の分を開けて頬張る。
「でも先輩たちって、そろそろ卒業後の進路も決めなきゃなんですよね? やること盛りだくさんで、俺だったら頭パンクしそう」
私も二人のやりとりを聞きながら、バゲットサンドの包みを広げた。
「まあ、そうだな。頭はパンクしないけど、物理的に時間も身体も足りねぇ」
「お、お疲れ様です……」
そこまで忙しいとは知らなかった。
それなのに、放課後に私のちんけな課題を手伝ってくれていたのか。
先輩の優しさが、胸に沁みる。
「エンデ先輩は、卒業後は何するかもう決めてるんですか?」
ふと、ドレイクが口にした。
(確かに、気になる――)
優秀な先輩は引く手あまただろう。
間違いなく軍志望だと思っていたが、その中でもどこの所属を希望しているのか気になるところだった。
「いや、迷い中」
「え、軍一択じゃないんですか!?」
意外な答えに、思わず大きな声を上げてしまった。
先輩は私の問いかけに、ぐっと眉を寄せた。
「昔はそれしか考えてなかったけど、別の道もあるかなって」
どこか声に陰りがある。
けれどドレイクはそんなことお構いなしに、ぐっと顔を寄せて目を輝かせた。
「先輩なら、選び放題じゃないですか! こうやって“状態再生”で修復士にもなれるし、武器屋もいいっすよね。それに魔法にも詳しいから、魔法省の研究者でもいいかも!」
なぜかドレイクが先輩の将来に大興奮している。
握りしめたサンドイッチは、ぐしゃりと無残な形に変わっていた。
先輩はその熱量に押されるように苦笑する。
「修復士だけは、ないかな。これ、めっちゃ疲れるんだよ。魔力もバカ食いするし、集中力もいるし……向いてねぇ」
「え、そうなんですか? でもレア職だから儲かりますよ~」
「やりたくないことで稼いでもなぁ……」
「ええ~、もったいない……」
(羨ましい……)
バゲットを食べる手を止める。
選べるほどの才能なんて、私にはない。
そもそも――やりたいことすら、まだ見つかっていない。
考えれば考えるほど、胸の奥がじわりと沈んでいく。
思わず視線を落とした、そのとき――
「ネモ、どうした?」
心配そうな先輩の声が、すぐそばで響いた。
「え、あ、いや……」
(名前……! 今、自然に呼ばれた……!)
さっきまでの沈んだ気分が、一瞬で吹き飛ぶ。
我ながら、単純すぎる。
「あ、さてはおまえ、将来のことちょっと悲観してるだろ?」
からかうようなドレイクの声。
でも、図星だ。
「ちょっと、人の心読まないでよ」
「おまえ、わかりやす過ぎなんだよ~」
ははっと笑うドレイクを小突いていると、ふと目の前から視線を感じた。
「……仲いいな」
その表情は、どこか懐かしさを帯びた柔らかさだった。
「いや、どこがですか」
「わちゃわちゃやってるところ。兄弟みたいだ」
「俺、こんなポンコツが妹とか嫌ですよ!」
「待って、なんで私が妹なの!? 私がお姉ちゃん! これは絶対間違いない!」
ふっと息を吹く音が聞こえた。
先輩が、私とドレイクを見て笑っていた。
「どっちもどっちだろ。そこは双子にしとけよ」
「「嫌です!」」
揃って言った言葉に、先輩はさらに笑みを深めた。
(こんな風に笑うんだ……)
屈託のない笑顔が、眩しい。
昨日まで苦しそうな顔をしていた先輩が元気になってきたのを見て、こっちまで嬉しくなる。
「エンデ先輩、兄弟いるんですか? あ、俺は兄ちゃん三人の末っ子です」
「うわ、ドレイクのところ男四人兄弟なんだ! うるさそう……」
「否定はしねぇよ」
ドレイクの何気ない会話に、ハッとした。
(先輩、施設って先生が言ってたから、これ聞いたらまずかったんじゃ……)
でも、先輩は目を細めて答えた。
「年の近い弟と、年の離れた妹が一人ずつ」
「あー! やっぱりそうか! なんか弟とか妹いそうって思ってたんです! そんで、めっちゃ懐かれてそう!」
「……懐かれては、いたかもな」
「ですよね! 年下の扱いがうまいっていうか……。
そうだ! エンデ先輩は教員も向いてると思いますよ!
ペアになったユリシスが、『魔法実践学の授業はエンデ先輩が先生だったらいいのに』って言ってたし。
先輩、ちょっとおっかないけど頼りになるし、男前だから女子生徒から人気めっちゃ出そう!」
「やだ」
突然の私の声に、二人が驚いた様子でこっちを振り向く。
その視線に、え、と口を覆った。
(あ、あれ。何言ってるんだ私……!)
心の中で言ったつもりが、無意識のうちに口から出ていたようだ。
「やだって、なんでおまえがやだなんだよ」
ドレイクが眉をひそめ、じとりとした視線を向ける。
先輩も「なんで?」という顔でこちらを見ているので、素直な思いを口にした。
「いや、その……。若い女子に囲まれてる先輩を想像すると、こう、なんていうか……胸がぐるぐるして……」
「おまえ……それ、食あたりだろ」
「え、そうかな。今飲んでたミルク、古かったか……」
ドレイクは軽く流してくれたけど、先輩のほうを見ると……
なぜか口元を手で抑え、顔を赤くしていた。
「? 先輩?」
「あ、いや……教師も、悪くないかもな。おまえらみたいな生徒をビシビシ指導するのも、案外面白そうだし……」
「え!? 俺、進めといてなんですが、先輩が担任とかだったら、卒業できる気しません!」
「私も同じく、です」
和やかに時間が流れていく。
昨日、一昨日とは違う、穏やかで少しだけ特別なひとときだった。




