17.異学年交流授業(1)
――今日が休日でよかった。
昨日、結局寮に着くまで、先輩と手を繋いで歩いた。
こんなときに限ってクロもおとなしく、私もどうしたらいいかわからなくて、ずっと無言のままだった。
先輩も特に口を開くことはなく、寮の前に着いたときに「おやすみ」と一言だけ告げて、男子寮へと去っていった。
「なんだったんだろ、あれ」
ベッドにゴロンと寝転がりながら、独りつぶやきを漏らす。
「おやおや、悩みごとかい~?」
独り言を聞いたらしいカタリナが、二段ベッドの上から顔を覗かせてきた。
「ねえ、急に異性と手を繋ぐ、その心理ってなんだと思う?」
「へ!? 朝から何を悩んでるのかと思ったら……」
昨日の夜はカタリナとお互いにタイミングが合わず、出来事を話すこともなく寝てしまった。
消化不良のままだったから、朝っぱらから申し訳ないけど、これ幸いと相談に乗ってもらうことにした。
カタリナはよいしょと梯子を降りて、私のベッドの縁に腰かけた。
「私、そういう経験ゼロだからなぁ。寮の先輩の誰かに聞いてみる?」
「そんなことしたら最後、根掘り葉掘り聞かれて丸裸にされたあげく、噂が一人歩きしちゃうよ」
「だね」
女子寮の先輩は中等部からの持ち上がりも多く、まるで本当のお姉さんのような関係を築いている。
だからこそ、遠慮がない。
間違いなく誰かを特定されるだろうし、そこからガンガン詰問が始まる。
学習面や友人関係の悩み相談ならまだしも、彼女たちに恋バナをするべきじゃないことは、身をもって知っている。
「じゃあ、参考になるかわからないけど、私の意見でも聞く?」
「ぜひお願いします!」
この際、なんでもいい。客観的な意見が欲しかった。
姿勢を正し、カタリナの話に耳を傾ける。
「まずね、私が異性と手を繋ぐのは、恋人か、それかちょっとでもいいなぁって思う人だけ!
それ以外の男子なら、まあ子供はOKかな。でも、ある程度の年齢以上だと、命の危険でもない限り無理~。
許せてフォークダンスとか、どうしても必要なときくらい?」
「な、なるほど……命の危険か。確かに、手を繋がないと崖から落ちるとかなら、迷わず繋ぐもんね……」
「でしょ? ……まあ、ネモが誰のこと言ってるか、だいたいわかってるけどさ。
ネモから繋いでみたの?」
「それが……向こうから。だからこそ、よくわかんなくて」
「へ!? うそ、マジ!?
ネモとエンデ先輩って、そんなに進んでたの!?」
せっかく名前を伏せていたのに、あっさり言い当てられてしまった。
「いやいや、そんなわけじゃないから、よくわかんないんだよ」
「そんなわけじゃないって、それはネモがそう思ってるだけじゃないの?」
「ううん、だって――会うときはいつも、先輩がクロをモフモフして、私は隣で課題やっててって感じで。
そこにラブなんて、一切なかったのに。
昨日の帰り、私遅かったじゃん? あれ、ちょっとしたアクシデントで日が暮れちゃったんだけど……その帰り道に、何も言わずに手を繋がれて。
でも、会話は一切なし。わけわかんないでしょ?」
言うつもりはなかったのに、結局全部話してしまった。
だって、そうでもしないと、この戸惑いを説明できない。
本当に――前触れがなかったからこそ、余計に困惑しているのだから。
「ううん……それまでの温度とか雰囲気がわかんないから、なんとも言えないけど……。
でも間違いなく、ネモに心は許してると思っていいんじゃない?」
「え。そう、なのかな」
「うん。ちなみに、ネモも嫌じゃなかったんでしょ?」
「それは……そうだね。なんか、どうしていいかわからなかったし……。
……とにかく、ドキドキした」
異性と手を繋ぐなんて、これまであったっけ。
小さい頃に兄と繋いだことはあるかもしれないけど――兄弟はノーカウントだろう。
「いいね……甘酸っぱい~! 私もトキメキ欲しい! 魔法薬科にラブはない!」
「いや、魔法薬科にもあるでしょ。それに、別に同じ学科じゃなくてもいいじゃん」
「出会いが皆無なんだよ~。魔法学科にガールフレンド募集してる子、いない?」
「私が言うのもなんだけど、魔法学科の子はやめた方がいいよ。
常に課題に追われてるし、週末も出かけられないこと多いし……魔法バカが多いし」
「あ、それはちょっと無理かも……たぶん、話合わないや」
「でしょ?」
グダグダと午前中を過ごし、午後は課題や予習、復習。
翌日の休みも同じように過ごして――なんの変哲もない休日が終わっていった。
◇
「今週、というか明日。第五学年との異学年交流授業を実施する。
今からペアを発表するから、ちゃんと先輩の名前を覚えておくように」
週明け、魔法実践学の授業で、ヨシュア先生から唐突に告げられた。
先輩たち第五学年は先週の時点で知らされていたというのに、あまりにも急すぎる。
「ネモのペア、エンデ先輩だったらいいね」
キアラが後ろを振り向き、小声でささやく。
「うん……そうだったらいいなぁ」
ペアだったら、飛び上がるくらい嬉しい。だって、二年越しの夢が叶うんだから。
しかも、ヨシュア先生が続けた言葉に、胸の鼓動が一気に速くなる。
「ペアは成績のバランスを見て、こちらで決めた。落ちこぼれ同士が組むことはないから安心したまえ」
なかなかに辛辣な言葉に、教室中がどっとざわめく。
「俺は優秀だから、先輩を引っ張ってやらねぇとだぜ!」
「いや、いくら成績悪くても、第五学年だぞ?
俺はグイグイ来てくれる先輩がいいなぁ」
みんな、誰と組むのか想像して、興奮気味に話し合っている。
(これは……エンデ先輩とのペア、あるな)
なにせ、落ちこぼれ代表の私と、優秀と名高いエンデ先輩だ。
救済措置として考えれば、組まされる可能性は高い。
先生が、次々に名前を呼んでいく。
そして――
「ネモフィラ・フィリアス」
「はい!」
元気よく返事をする。緊張のし過ぎで、心臓が飛び出そうだ。
先生の口から告げられた名前は――
「シャノン・ラース」
……ゴツン。
予想外すぎる名前に、私は机に思い切り頭をぶつけた。
「マジか! おまえ、チート先輩とペア!? うらやましい~」
「ネモ、今年の運、全部使い果たしたんじゃね?」
「よかったな」と次々に声をかけられるけれど、私としてはガッカリのほうが大きい。
(ああ、忘れてた……。
空間転移を使う、わけのわからないチート――ラース先輩という伏兵がいたことを……)
――そして。
エンデ先輩は、私と同じくらい成績がよろしくないクラスメートとペアになっていた。
なんとも羨ましい。
「残念だったね」
「言わないで。地味に凹んでるから」
期待していた分、がっかりが胸に重くのしかかる。
(ああ、エンデ先輩。ペア、組めませんでした――)
先輩は、私とペアになんて、最初から望んでいなかっただろうけれど。
「明日の授業は、第五学年は指示を明確に出すこと、第一学年はそれを的確にこなすことが目的だ。
たとえ先輩の指示が拙くても、逆らわず忠実に実行しなさい。できれば加点を与える」
さすが魔法実践学の授業だ。
軍に入ったときのシミュレーションも兼ねているのだろう。
(私、ラース先輩の指示なんて、ちゃんとこなせるのかな……)
なにせ“チート先輩”と呼ばれる人だ。
突飛なことを言われて、何もできずに慌てる自分の姿が、簡単に想像できてしまう。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれ、窓の外をぼんやりと見つめる。
(今日は、先輩……クロに会いに来るかな……)
昨日のことは気まずいけど、ペアになれなかった残念な気持ちは、やっぱり伝えたかった。
――だけど。
私のささやかな期待もむなしく、その日、エンデ先輩が現れることはなかった。




