15.放課後の森にて、再び。(2)
先輩のおかげで魔法球は元に戻った。
気を取り直して、再び課題に向き合うことにする。
私の仮説――さっきは炎の魔法が強すぎた。
弱めの火力でゆっくり入れれば、魔法球も割れないはず。
(よし、やろう)
今回はエンデ先輩も黙って、私の様子を見ている。
それだけに、次こそはうまくいってほしかった。
まずは風、水。
ここまでは問題ない。
次に、さっき失敗した炎の魔法。
さっきよりも弱い威力で、ゆっくりとコントロールして……
バリンッ。
容赦なく、割れた。
(しかも、さっきより割れるの早くない!?)
さっきと同じで、ごうっと風が通り抜け、水がばしゃんと地面に溢れた。
魔法球の無残な姿に半泣きになりながら「また、ダメでした……」とこぼす。
なんで?
威力の問題じゃないの?
炎の呪文が間違ってるとか……?
ぐるぐると思考していると、
「今回はなんで失敗したと思う?」
目を細め、頬杖をついたまま、先輩が尋ねた。
いや、それがわかれば苦労しないのだけど。
「なんででしょう……。炎の呪文がイケてなかったか……それとも、風と水の魔法も全部ダメだったとか……?」
なんなら私の詠唱の声に問題があったとか。
――いけない。
ネガティブになり過ぎて、自分の全部を否定しかけている。
「お、いいとこついてるじゃねぇか」
「え!? 全部ダメってことですか!?」
二回とも、最初から全部間違ってたの!?
「まあ、そうだな……よく考えてみろよ、元素の基本は? 火は何に弱い?」
「え……水、です」
「だろ。他は?」
「火は水に弱くて、水は地に弱い。地は風に弱くて、風は火に弱い、です」
「もうここまでいくと、ほとんど答えだな。じゃあ、それを踏まえたら、どうすれば割れずに四色を共存させられる?」
――四色を共存。
反発しないもの同士を、隣り合わせにすればいい……?
「もしかして、順番?」
「……じゃあ、試してみろ」
先輩はそう言って、再び状態再生の魔法を割れた魔法球にかけた。
魔法球はあっという間に元の状態へと戻る。
ただ、さっき水魔法が漏れたせいで、地面だけはびしょびしょのままだ。
私は魔法球を手に取り、少し場所を移動した。
「ありがとうございます、もう一度、やってみます」
さっきは風、水、火の順で失敗した。
なら――次は、水、風、火、地の順に変えてみよう。
イメージは、縦縞のように四色が並んでいる球だ。
ふーっと息を吐き、精神を集中させ、水魔法を放った。
すると球全体が青色に染まった。
続いて風魔法を入れると、青と金の二色が球の中で並び始める。
それから……次は火魔法だ。
呪文は合っているはず。
そこについて先輩は何も指摘しなかった。
――そうであれば、やっぱり問題は順番。
もし仮説が正しいなら、反発しない風と火が隣り合っても、球は割れないはずだ。
(……よし)
気合いを入れて、炎の魔法の呪文を詠唱する。
魔法球の中に、縦に並ぶようなイメージで、ゆっくりと流し込むと……
――コロン。
青、金、赤。
三色が綺麗に並んだ球が、静かに地面の上で転がった。
(割れてない――!!)
思わず万歳して叫び出しそうになるのを、ぐっとこらえる。
喜ぶのはまだ早い。
だって、地属性が残っている。
先輩やクロのほうを振り返りたくなる。けれど、ここで視線を逸らしたら、きっと余計なことを考えてしまうにちがいない。
……だからこそ、目の前の魔法球に、意識を集中させた。
ゆっくりと息を整え、心を静める。
焦らないように、慎重に、地属性の呪文を一音ずつ丁寧に紡いでいく。
じわり、と魔法球の中に緑の筋が入り込み――
しばらくして、コロンと――割れることなく、魔法球は地面の上で小さく揺れた。
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
「や、やったーーーーーーっっっ!!!!!」
思いきり叫びながら、その場でぴょんぴょんと跳びはねる。
……もしかしたら、魔法学科に合格したときと同じくらい嬉しいかもしれない。
――いや、それはさすがに言い過ぎか。
エンデ先輩のほうを見ると、私の様子を見てゆるく微笑んでいた。
まるで、出来の悪い生徒の成長を見守る先生みたいな顔で。
(ああ、嬉しい――)
そう思ったのも束の間。
「きゃん!」
「え、クロ!? ちょっと待って、それ大事なやつ!」
クロが魔法球をぱくりと咥え、そのまま森の奥へと駆け出してしまう。
どうやら、じっと待っているのに飽きたらしい。
遊んでもらおうと、ボール代わりにしてしまったのだろう。
慌てて後を追うも、全速力で駆け抜けるクロにまったく追いつけない。
魔法球を咥えたまま、ぐるぐると広場を走り回っている。
「……っあのバカ犬、契約主に引っ張られて頭まで犬っころに成り下がったのか!?」
エンデ先輩もこちらへ駆け寄りながら、苛立ったように吐き捨てる。
「先輩、それ、何気に私のこともディスってませんっ!?」
「そんなことより――あの魔法球!」
声色が一気に変わった。
「衝撃で割れたら、中に閉じ込めた全属性が一気に弾ける。訓練用とはいえ、普通に怪我じゃ済まねぇぞ!」
「ええっ!?」
(それはまずい。クロが間違えて、どこかに放り投げでもしたら……)
「クローッ! それ危ないから! 咥えないで、こっちに持ってきて!」
けれど、クロは尻尾をぶんぶん振ったまま、知らんぷりを決め込む。
「おい、めっちゃ舐められてるじゃねぇか……飼い主なら、ちゃんと躾しとけよ」
「おかしいな……いつもは言うこと聞いてくれるのに」
はて、と首を傾げる。
なんだかんだ、クロは私に従順なはずなのに――今日に限って、まったく言うことを聞いてくれない。
「ペットじゃねぇんだから、ちゃんと命令しろ。それも契約主としての務めだ」
「あ……そっか。そうでした」
契約獣は、契約主の命令には絶対服従する。
それだけの強制力がある。
――本当は、あまり使いたくなかったけど。
『クロ。その魔法球を、ゆっくり下に置いて』
いつもの「お願い」ではなく、魔力を乗せた声で、はっきりと命令する。
するとクロは「きゅーん」と小さく鳴き、耳をぺたりと伏せた。
ぶんぶん振っていた尻尾も、ぴたりと止まる。
そして――ぽとりと、口から魔法球を離した。
「クロ~! ありがとう!」
クロのもとへ駆け寄り、「いい子だね」とモフモフの毛並みを撫でまわす。
しばらくすると、ぺたりと伏せていた耳がぴんと立ち、ハッハッと元気を取り戻した。
(……良かった。機嫌、直ったみたい)
その間にエンデ先輩が近くまで来て、転がっていた魔法球を拾い上げ、私の鞄へと仕舞ってくれた。
「いろいろ、ありがとうございます」
「……別に」
エンデ先輩は短くそう返すと、私の隣に腰を下ろし、クロを一緒に撫で始める。
「かまってもらいたかったのか。ほんと、いまのおまえはまるっきり犬だな?」
――そのとき。
<……うるさい>
「……ん?」
クロから聞こえた声に、思わず耳を疑う。
ここにいるのは、私とエンデ先輩、そしてクロだけ。
……枯れたおっさんみたいな低い声が、間違いなくこのキュートな子犬から発せられていた。
「え……クロ、喋れるの?」
「は? おまえら、今まで会話してなかったのか?」
先輩が心底驚いた顔をし、それに対してクロが拗ねたように返した。
<……私はずっと喋っていた。けれど、主が返事を返すことはなかった>
(な、なんだって!?)
「うそでしょ!? 私、今までクロの声、聞いたことなかったんだけど!?」
「じゃあ、幻獣の声が聞こえるようになるまで、レベルが上がったってことだな。おめでとう」
「あ、ありがとうございます……?」
むしろ、今まではレベルが低くて契約獣の声を聞き取れていなかったことに衝撃を受けた。
(私、ほんとポンコツだわ……)
「ええと……意思疎通ができるようになったから、改めて聞くけどさ……」
おずおずと、言葉をこぼした。
「クロは、本当に私で良かったの……? エンデ先輩と契約したほうが良かったなら、私、どうにかできるよう頑張るよ?」
いままで口にできなかった本音を、思い切ってこの場でぶつける。
先輩は永年契約を結んだらそれ以上どうしようもない、みたいなことを言っていたけど――きっとどこかに、契約を書き換える方法はあるはずだ。
そうすれば先輩だって、私にクロを会わせてもらっている不本意な状態から抜け出せる。
クロも、ポンコツな私なんかじゃなくて、魔力量も多いだろう先輩に従えるし……みんな幸せなはずだ。
(本当は――嫌だ。でも、私が我慢したらいいだけの話だもの)
返事が返ってくるのを、視線を伏せて待つ。
――が、待つまでもなく、言った途端、目の前のクロからとんでもない魔力の溢れ出る気配と、「グルル」という低い唸り声が聞こえてきた。
<次に同じことを言ったら、主であろうと噛み殺す>
「こわっ!」
「俺もコイツと同意見だ。
――次にそんなナメたこと言ったら、タダじゃおかねぇ……二度と言うなよ」
おっかない一人と一匹に凄まれ、私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
ぎゅっとクロを抱きしめ、モフモフに顔を埋める。
「……ごめん。一生、大事にします……」
するとクロは「きゅーん」と小さく鳴いて、まるで肯くように鼻先をそっと私の頬に寄せてきた。
(……自分が思っていたより、クロに認められてるってことでいいのかな?)
「一応、言っておくけど。俺は何がなんでもコイツと契約したかったわけじゃない」
「え?」
エンデ先輩の言葉に、毛並みに埋めていた顔を上げて彼を見る。
先輩は私のほうを見ず、視線を落としたまま静かに言った。
「ただ、コイツが手の届かない場所にいくのは嫌だったんだ。
だから――今は、おまえが代わりにコイツと契約を結んでくれて、良かったと思ってる」
「……」
(それって、クロはアンドリューさんの形見だから?)
聞きたい。
けれど、私がどこまでこの件に踏み込んでいいのかもわからない。
もし今、アンドリューさんのことを安易に聞いて、先輩の逆鱗に触れてしまったら――
そう思うと……聞くのは今じゃない、と思った。
「おまえも、俺に会うのは、たまにのほうがいいだろ?」
<そうだな>
「そうなの?」
「だから、四六時中一緒にいなくてもいいんだ。
今日みたいに急に呼び出すこともあると思うけど……面倒くさがらずに会ってくれると嬉しい」
その声は少し懇願交じりで。
しかもこれまで見たこともないくらい弱ったような顔で言うもんだから――
思わず、力いっぱいの頷きを返した。
「もちろんです! 私、今のところ課題をこなすしか予定ないんで、先輩の好きなときに呼び出してくれて大丈夫なんで!」
「きゃん!」
クロも私の言葉に同意するように、大きな声をあげた。
「ん……ありがとう」
静かな声でエンデ先輩がお礼を言うと、クロは彼に飛び掛かって全身をぶつける。
まるで元気づけるかのように、先輩にじゃれついていた。
同時に、私は安堵の息を漏らした。
(先輩とはこれっきりじゃない。また、会うことができるんだ……)
エンデ先輩は、クロに会いたいだけだってわかってる。
それでも――
どさくさに紛れてでもいい。
私は、もっとこの人に近づきたい。
この日は先輩も予定がなかったらしく、いつもよりのんびりと過ごしたあと、二人で寮への道を帰っていった。




