14.放課後の森にて、再び。(1)
それからというもの、特にエンデ先輩と接触することなく日々が過ぎていった。
もともと、第一学年と第五学年では同じ魔法学科でもカリキュラムが大きく異なる。
魔法基礎の座学や実践練習など固定授業が多い一年に対し、上級生になるにつれ選択授業が増え、第五学年はほとんどの時間を研究室で過ごす。
前に偶然、食堂で第五学年の集団を見かけたのはかなりレアな場面だったのだろう。
たまに何をしているかわからないラース先輩に絡まれることはあったが(そのときに転移魔法の件は改良しろと文句を言ってみた)、基本的に上級生と交わることはほとんどなかった。
(やっぱり先輩、忙しいんだろうな。お礼にクロを触らせてっていったのも、社交辞令だったのかもしれない……)
彼と接点がないまま、卒業を迎え……そして二度と会うこともなくなるのだろうか。
間違いなく先輩は軍隊への入団志望だと思う。私の進路はまだ何も決まっていないが、現時点で軍だけは向いていない気がしている。
(なんか、モヤモヤする……)
「ネモ、どうした? お腹でも痛い?」
机で頬杖をつき、溜息をつく私に、前の席のキアラが心配そうに覗き込んできた。
「んー、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
「次の授業がそんなに憂鬱? 魔法理論なんて教科書なぞってるだけだから、ちょっと予習しとけば楽勝じゃん」
キアラは座学の成績が何気にいい。私は座学の中でも魔法理論に関しては毎度すれすれで合格してるので、私がこの授業を憂鬱と思っていると感じたようだった。
「そんなわけじゃないけどさ……」
窓の外に目を向けると、見覚えのある鳥が一直線に教室へ飛んできた。
「え、あれって、エンデ先輩の伝書鳥じゃない?」
「! ぽいね」
外窓が閉まっているにもかかわらず、炎の鳥は物理法則を無視して教室に入り、私の肩に止まった。
炎の羽根が顔をゆらゆらとくすぶる。
「ネ、ネモ。それ、熱くないの?」
「う、うん……見た目はすごく炎っぽいけど、全然熱くないや……」
見た目に反してまったく熱くない普通の羽毛のような感触に、脳内がバグりそうになる。
でも、魔法とはそんなものか、と無理やり自分を納得させた。
『キョウ、ジカンアレバホウカゴ、モリデ。ムリナラ、ヘンシン、モトム』
炎の鳥に頷きを返すと、いつも通り、ゴオッと音を立てて燃え尽きた。
「……無理ならってことは、行けるなら返事を返さなくていいってことかな……?」
「そういうことだろうね。よかったじゃん、ネモ。元気出た?」
「……うん、ちょっとだけ」
いつになく素直な私の返事に、キアラは目を丸くしてから、ははっと笑った。
「イイね! 進展あったら教えてね」
「進展って、そんなのないよ」
おそらくキアラのいう“進展”は、先輩との仲のことだろう。
でも、私にとってはクロとの契約に関することこそが、いまの私の心を占める大切なことだった。
(エンデ先輩に会う――会って、先輩は本当に契約に納得しているのか、聞く)
◇
放課後、一目散に荷物をまとめ、森の中へ急いだ。
もちろん、クロに案内をお願いして。
たぶん、私のほうが授業が終わるのが早い。
先輩が来る前に、今日の課題を終わらせてしまおうと思っていた――が、予想に反して、エンデ先輩はすでに私を待っていた。
彼は前に私が荷物を置いていた木の麓で、地面にごろんと寝転び、本で顔を隠している。
胸が上下する感じからして、ここで昼寝をしていたようだった。
(は、はやーっ! ダッシュでここまで来たのに! というか、よく地べたで寝れるなぁ……)
先輩の姿を捉えたクロは、尻尾を振りながら顔の近くまで寄り、周りをウロウロし出す。
ハッハッという息と、ふわふわの尻尾が先輩の顔にかかり、「ん……」と声を上げて身体を起こした。
「すみません、お待たせしてしまいました」
「あー……お疲れ。急に呼び出して悪かったな……」
先輩は目を擦りながら、大きな欠伸を一つした。
「昼寝してたんですか?」
「ん? ああ。寝不足で……天気も良かったしな」
(私が寝不足になるのは課題がうまくいかなくて必死なときだけど、先輩の場合、もっと崇高な理由で寝不足なんだろうな……)
「いま寝れたのなら良かったです。
……それで、今日はクロをモフりたくて呼び出した、で合ってます?」
そう言いながら、私も先輩の隣に腰を下ろし、鞄をそばに置いた。
「それで合ってる。ちょっと最近忙しかったから、コイツを触って英気を養おうと思って」
「モフモフは疲労回復に効果ありですよね……」
うん、わかる。
疲れたときの、クロの毛並みの癒やしパワーは最強だ。
先輩は近くに来たクロをさっと抱き上げ、自分の股の間に挟み込み、わちゃわちゃと撫で回し始める。
クロも尻尾をバタバタさせ、なんとも嬉しそうだ。
――何、この平和な光景。
エンデ先輩の表情は、心なしか少し緩んでいる。久しぶりのモフモフが嬉しいのだろう。
「……前に先輩がこの子と契約してたときも、こんな感じでモフモフしてたんですか?」
「まさか。ずっとグルグル唸られてたからな……触らせてももらえなかった」
「え?」
今はこんなに仲良くじゃれ合っているのに、触らせてもらえなかった、だと?
「先輩、契約しているときにクロに何したんですか……」
「別に……俺は何もしてねぇよ。俺の前の契約者が急にいなくなったから、コイツが拗ねてただけだろう」
「きゃん!」
まるで肯定するかのように、クロが鳴く。
(先輩の前ってことは、アンドリューさんのこと?)
「あの、先輩」
「今日は課題は?」
ほとんど同時に口を開いた。
「ん、なんだ?」
「あ、いえ、今日も課題あります。私、隣でやってるので、先輩はクロと遊んでて大丈夫ですよ」
また、聞きそびれてしまった。
けれど課題も終わらせたかったこともあって、そのまま問い返さず、一旦流すことにした。
「わかった。もし躓いたら、すぐに言え」
「了解です、ありがとうございます」
押し付けがましくなく、それでいて困ったときはちゃんと手を差し伸べてくれる。
そんなエンデ先輩に、恐怖心どころか、すっかり信頼を寄せている自分がいた。
無心でクロをモフモフしている先輩の横で、鞄をゴソゴソとあさり、課題の書かれた紙を取り出す。
(ええと……『魔法球の色を四色にせよ』?
うわ、めっちゃシンプル……)
四色ということは、普通に考えれば、火・水・風・土の四大元素の魔法を使い、魔法球の中に呪文を閉じ込めればいいはずだ。
今日の授業では二色までだったから、その応用をしろということなんだろう。
「授業では風と水で成功したから……」
あとは火と地属性の魔法を足すだけ。
どうしてこんな簡単そうなものが課題なんだろう。
(まあ、やってみるか)
課題の紙と一緒に取り出した、授業で配られた魔法球を地面に置く。
手のひらサイズのそれは、ガラス玉より軽いのに、そのへんの金属よりも頑丈な代物だ。
「呪文は、と……」
まさか覚えているはずもなく、紙に書かれたものをゆっくりと読み上げていく。
風、水――ここまでは授業でやったので、躓くことなく魔法を閉じ込めることができた。
問題はここからだ。火と地の呪文は書かれていないので、適当にアレンジする必要がある。
(よし、まずは炎から)
風と水の呪文の属性部分を火に読み替えて詠唱する。
すると、金と水色の二色の魔法球に、赤が混ざり込んでいく。
これは一発でうまくいったのでは――なんて思った、そのとき。
バリンッ……
「げぇっ!? 嘘でしょ、割れた!?」
魔法球がバキバキに砕け、中から水が漏れ、風がヒュンッと顔の横を通り抜けていく。
炎は――どこいった。
(え~、これどうするの? 替えの魔法球なんて持ってないし、最悪弁償!? 最悪だー!)
がくりと項垂れ、先輩とクロのほうへ顔を向ける。
「今日はもう、店じまいです……」
失敗しただけでなく、魔法球まで割ってしまったショックで、声にも力が入らない。
「店じまいって……。うわ、割れてるじゃねぇか。ちゃんと見てなかったけど、一体何したんだ?」
先輩はクロを撫でながら、わずかに呆れたような表情で、魔法球の残骸を見やった。
「魔法球に風と水の魔法を入れ込んで、そのあとに炎の魔法を入れたんですけど……それで、この有様です……」
簡単な課題のはずなのに、どうして私はこんなにも毎回うまくいかないんだろう。
「ちょっと課題の紙、見せてみろ」
「あ、はい。でも大したこと書いてないですよ」
書かれているのは、魔法球を四色しろというシンプルなお題と呪文、それだけだ。
エンデ先輩は私から紙を受け取り、「懐かしいな」とつぶやいた。
「ヨシュア先生のひっかけに見事にはまったな。俺も一年のとき、この課題で躓いて、魔法球を山のように割ったの思い出したわ」
「へ? 先輩も、割れちゃったんですか?」
「ああ。何回やってもうまくいかねぇってなって、学校中の在庫かき集めて試して割りまくって、勝手にストック全部使って――めちゃくちゃ怒られた。罰として一か月ずっと先生の研究室を掃除させられたな」
「ええっ、何それ、全然想像できないんですが!?」
先輩が失敗しまくった上にヤンチャをやらかして、罰則まで受けていたなんて。
しかも、そのときのことを恥ずかしがる素振りもなく、堂々と開き直っている。
「一年の頃なんてそんなもんだろ。失敗してなんぼ、試してなんぼだ。繰り返してるうちに、呪文も覚えるし、コントロールも上手くなる」
「失敗してなんぼ……」
まさか彼の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
何でも卒なくこなす天才――そう思っていたけど、やっぱり天才も努力していたんだ。
「もう一回試す前に、今のがなんで割れたかわかるか?」
「なんで割れたのか……。ううん、私の炎の魔法が強すぎたから?」
「じゃあ、その仮説が正しいか試してみろ。おまえの仮説が正しかったら、弱い炎を入れたら割れないはずだろ?」
「え、でも……魔法球は一人一個しか配られなかったんで、もう試せません……」
もう一度やろうと思ったら、学園に戻らないといけない。
しかも、在庫を勝手に持っていっていいのかもわからないから、先生に確認する必要がある。
「まあ、任せろ。ただしチャンスは三回までな。それ以上は俺の魔力が持たねぇ」
「?」
先輩は、私の足元に散らばった魔法球の残骸に手を向けると、片方の手首をくるくると素早く回し始めた。
「あれ、呪文なんだったか……」
「きゃん!」
「ああ、それか。サンキュ」
「!?」
(いま、先輩とクロ、会話してなかった……!?)
そんな私の驚きをよそに、先輩は呪文を唱え始める。
今まで無詠唱のものしか見たことがなかったので、少し複雑な魔法を使うつもりなのかもしれない。
長い詠唱が終わると、キラキラとした粒子が、粉々になった魔法球の周囲を包み込み――
コロン、と。
割れる前の状態に戻った魔法球が、その場に転がった。
「な、いまの、『状態再生』ですか!?」
目の前の光景が信じられず、興奮で声が大きくなる。
「ああ、よく知ってるな」
「魔法使いじゃなくても喉から手が出る魔法ですよ! 当たり前です!」
状態再生の魔法は、超難度を誇る魔法として知られている。
時間や物理法則に干渉する魔法であり、ごく限られた魔法使いしか扱えない、幻の魔法だ。もちろん、授業で習うことなんてない。
この国では、「ああ、状態再生ができたらなぁ」と、誰もが一度は口にしたことがある――そんな定番のぼやきにすらなっている。
それをまさか、こんなところで見れるなんて。
「……おまえも、練習すればできるようになるよ」
「こればっかりはセンスの問題なので、『頑張ります』なんて軽々しく言えないです」
さっきは親近感すら湧いた先輩だけど、やっぱり雲の上の存在なんだということを、嫌でも思い知らされてしまった。




