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13.ラース先輩という人物。

二章から少し暗め。

元々それは、自分が第三学年のときに出された、いつもの課題の一つだった。


炎属性に対して他の元素を三種類以上混ぜたとき、どのような効果が生じ、それによってどんな影響があるのかをレポートにまとめよ――というものだ。

元素の種類に制限はなく、自由度の高い課題だと思ったのを覚えている。


ただし、選択した元素によっては危険を伴うため、講師の管理の下、授業内でのみ実験が許可されていた。


まだ課題内容が発表されただけで、実験は翌週と告知された。

どの元素にするか考えているうちに、どうしても自分で先に試してみたくなった。


放課後、自分のお気に入りの場所でもある校舎外れの森へ向かい、密かに魔法を展開する。

呪文も術式も、授業ではまだ一度も試していなかったが、頭の中のイメージだけで構築してみる。


いまやっていることが教師陣にバレれば、確実に罰則を受ける。

せめてもの抵抗として、制服のフードを目深にかぶった。


森の周囲――さらには学園の外に至るまで、空気中に漂うあらゆる元素を集め、それらをあらかじめ練り上げていた炎へとぶつける。


すると、魔法粒子同士が反発し合い、煌めくような、花火のような光景が広がった。


――目の前に広がる、空の色に溶け込むような揺らめく炎。


その幻想的な風景を見て、魔法というものはなんて美しいのだろうと思う。


こんなものが、ただの授業の課題の一部だなんて、もったいない。

どうにかして、他の用途に転用できないものか。


魔法を展開したまま思案していると、視界の端に、馬鹿みたいにぼーっと突っ立ってこちらを見ている顔が映った。


制服からして、中等部の生徒らしい。

綺麗な緑色の目に、真っ直ぐな赤毛。


まるで――この森の葉の色と、混ざる前の純粋な炎のような色合いに、目を奪われる。


そう思ったのも束の間、結界を張っていなかったことに気づき、慌ててその子のもとへ駆け寄る。


「……ごめん! 気づかなかった! 大丈夫?」



「あ、ネモ。一年がこっちの棟に来るなんて珍しいね?」


「ラース先輩、こんにちは。はい、先生に魔法球を取ってきてほしいと言われて、今から備品庫に向かうところなんです」


今日の授業前、魔法実践学で魔法球を使うと、ヨシュア先生からお達しがあった。

そのとき、たまたま目が合った私が、備品庫から取ってくるよう頼まれたのだ。


誰かについてきてもらってもいいか尋ねたが、「軽いものだから一人で大丈夫、さっと行ってこい」と言われ、結局こうして一人で隣の棟まで来ている。


「ラース先輩は、今何をしているんですか?」


なんせ今は、二限の真っ最中だ。

堂々と人気のない廊下を歩いている彼は、どうしても目についた。


「今日は一日、魔法学科の第五学年は全員、それぞれの研究室で卒業研究の課題に取り組んでるんだ。だから、自由にぶらついてる」


「んん? そうなんですか」


――いや、“だから”の意味がわからない。

あなたは卒業研究に取り組まなくていいんですか?


「備品庫の場所、わかる?」


「あー、この廊下を抜けた先にあると思って来たんですが」


「残念、はずれ。せっかくだから案内してあげるよ」


「え、ありがとうございます」


よくわからないが、ラース先輩は私を備品庫まで連れていってくれるらしい。

彼の表情はどことなく機嫌がよく、何かいいことでもあったのだろうか。


二人で人気のない廊下を並んで歩いていると、ラース先輩が含みのある顔で尋ねてきた。


「……それで、ダリオに課題教えてもらってどうだった?」


「ふぇっ!?」


いきなりエンデ先輩の話を振られ、変な声が出てしまった。


ラース先輩とは、演習室で初めて会ってから、これで二度目。

こうして二人で会話をするのは、実質これが初めてだ。


それなのに、まるで長年世話になっている先輩のような距離感で接してきて、正直、どんなトーンで返せばいいのかわからない。

彼がエンデ先輩と親しいのは確かなのだけれど……。


「ええっと、思ったより丁寧に教えてもらって、おかげさまで課題もクリアできました」


あまり深掘りされないよう、無難に答える。

けれど、ラース先輩としては、どうやらその返答では物足りなかったらしい。


「それは良かった。で?」


「で?」


「ダリオと仲良くなれた?」


「!?」


にっこりと、やたらいい笑顔で聞いてくる。

……間違いなく、私とエンデ先輩のその後の関係を探ろうとしているし、しかも面白がっているのが手に取るようにわかった。


(この人、思ったより面倒くさい……)


「ええと……仲良くなれたかはわかりませんが、普通に会話できるようにはなったと思います」


実際、最初はエンデ先輩にびびり散らかしていた私だけど、ようやくその怖さも薄れてきた気がする。

慣れなのか、それとも、もともと怖い人じゃなかったのかはわからないけど。


「そっかそっか。普通に会話したんだね。よかったねー。で、次はいつ会う約束してるの?」


「ええっ、次の約束なんてしてないですよ!」


「そうなの?」


ラース先輩の顔から、すっとこちらへの興味が消え失せていく。

あまりにもあからさまな態度に、何を期待してたんだと、上級生相手なのにツッコミを入れたくなってしまった。


「エンデ先輩も忙しい方ですし、昨日、一昨日と私に付き合っていた時間を取り戻さないといけないんじゃないでしょうか」


「ははっ、あいつはそんなふうに時間に追われるような奴じゃないから大丈夫。

まあ、暇があったら相手してやってよ。――フェンリルに触らせてやってさ」


(あ――そっか。ラース先輩は、クロのことを気にしてたのか)


「あの、」


「ああ、着いたよ。ここが備品庫。きっと奥の棚に、魔法球が入ってる箱があるんじゃないかな?」


クロの前の契約者――アンドリューさんのことを聞こうとしたところで、備品庫に着いてしまったらしい。

会話はそこで途切れ、とても続きを聞けるような雰囲気ではなくなってしまった。


「ありがとうございます、助かりました」


「全然かまわないよ。お礼に……そうだな、俺が研究している魔法をネモにかけさせてもらっていい?」


「ラース先輩が研究している魔法ですか? 別にかまいませんが……」


少しばかり胡散臭い。

けれど、この人は“チートみたいな魔法を使う”と男子が言っていたのを思い出し、興味本位で了承した。


「やったね。じゃあ、早く魔法球を取って戻ってきて」


「はい」


備品庫の扉を開け、奥の棚へ向かう。

中は埃っぽいものの、きちんと整頓されており、棚にはラベルも貼られている。

なにも迷うことなく、すんなりと魔法球の入った箱を見つけることができた。


扉の前で待機していたラース先輩に声をかけ、備品庫前の廊下に出る。


「お待たせしました」


「早かったね。じゃあ早速……あ、今度、結果教えてね」


言い終わるか終わらないかのうちに、ラース先輩がこちらに向かって魔法をかけてきた。


(え、結果って、なんだろう……?)


ラース先輩がパチンと指を鳴らすと、同時に視界が暗転する。


「!!!!?」


驚く暇もなく、目の前は見慣れた教室に変わっていた。

私は魔法球の入った箱を持ったまま、教壇に立つヨシュア先生の上に跨っていた。


教室中が一気にざわめく。


「……フィリアス君、すみやかに私の上から退きたまえ」


「!? す、す、すみませんッ!!!!!」


なぜ急に、先生を組み敷くような格好になったのか、まったく理解できず、慌てて先生の隣に飛びずさる。


ヨシュア先生は立ち上がり、全身を手でパンパンと払いながら、低い声で尋ねた。


「きみ……どこから現れたんだい? 独特な魔力の匂いがするが……」


「いや、あの……備品庫からです……」


「備品庫? 一体どうやって?」


「第五学年のラース先輩から魔法をかけられまして……気付いたらここにいました」


その言葉に、さらに教室はざわめく。

ヨシュア先生は眉根を上げ、謎の納得を示すように言った。


「なるほど。じゃあ、いいか」


そして私に着席を促した。


「すっげー! さすがチート先輩! 他人を空間転移させたよ!」

「意味不明だよな!? どんなけの緻密さが必要なんだよ!」


クラスの中でも魔法バカの二人が、興奮気味に語りだす。


(――空間転移って、おとぎ話の中の魔法じゃなかったの? 普通の人間が使えるの……?)


エンデ先輩の魔法を見たときとは違い、憧れというより恐怖に近い。

あの人、人間じゃないんじゃ……と思わず、私はラース先輩を怪しい人認定してしまった。


――彼に今度会ったとき、結果については「最低でした」とだけ伝えることにしておこう。

そう心に決めた。



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