12.お礼はモフモフ。
この話で第一章が終わりです。
「先輩。私、先輩にお礼がしたいです」
二日連続で課題を見てもらい、しかも彼のおかげで苦手だった魔法がすんなりとうまくいった。
もともとエンデ先輩は、私の面倒を見る必要なんてなかったはずだし、余計に申し訳なさが勝ってしまう。
――けれど。
私の言葉に、先輩は思いきり眉をひそめた。
「礼って……んなの『ありがとう』の一言で終いだろ」
何言ってんだ、といった表情で髪をかく。
「言葉だけなんて、お礼じゃないです」
そんなことじゃ私の気が済まない。
どうにかして彼に恩返しができないか――そう考えていると、
向こう側から、しばらく姿を見せていなかったクロが駆け戻ってきた。
「あ、クロ。どこまで行ってたの?」
えらく長い時間そばを離れていたので、どこまで散歩に行っていたのかと彼に尋ねるも、「きゃん!」と一鳴きして済まされてしまう。
うん……説明できないよね。
クロはハッハッと息をしながら、私の足元から、地面に座ったままのエンデ先輩のもとへ擦り寄っていく。
広げた足の間に入り込み、全身で先輩にもたれかかりながら、顔をぺろぺろと舐めだした。
「……おまえ、犬化しすぎだろ……」
先輩は呆れた声を出しつつも、懐かれてまんざらでもなさそうだ。
全身をもふもふしながら、口元が緩んでいる。
(動物は世界を救うんだなぁ……)
ふたりがじゃれ合う様子を見てほっこりしていると、先輩がおもむろにこちらを見て口を開いた。
「もし、お礼がしたいって言うなら、コイツを好きなときに触らせてくれ。それが昨日今日の“お礼”でいい」
「へ? そんなんでいいんですか?」
「ああ……それがいいんだ」
先輩はクロの身体を抱き寄せ、そのまま顔を埋めた。
ただの動物好きなのかな、とも思ったけれど――
それにしては、時折、愛でるというよりもどこか遠い目をしている。まるで、クロを通して別の何かを見ているみたいに。
(やっぱり、先輩はクロと契約更新したかったのかな……)
そこで、はたと気づく。
事務局の人は確か、「アンドリュー君から引き継いだんですね」と言っていた。
――ということは。
前回のクロの契約者は、エンデ先輩ではない……?
さっきよりもゆっくりとクロを撫でている先輩に目を向ける。
「あの」と口を開きかけたとき、彼はクロを横に置いて立ち上がった。
「それじゃあ、俺はそろそろ魔法塔に戻るから」
「え、もしかして用事があったのに抜けてきてくれたんですか?」
「抜けてきたっていうか、休憩しにきた感じだな。おまえも第五学年になったら覚悟しとけよ。無駄に忙しいから」
先輩は尻についた土を払い、軽く伸びをする。
――私、第五学年までストレートで生き残れるかな。
「……覚悟しておきます」
不安は胸にしまって、短く答えた。
「ああ、じゃあまたな」
「また……ありがとうございました」
クロの頭をぽんと叩いたあと、こちらに軽く手を振って去っていく先輩の背中を見送る。
(「またな」って言った)
何気ない、たったひと言に、胸がじんわりと熱くなる。
昨日までとはえらい違いだ。
怖くて、緊張しきっていて、二人きりなんてごめんだと思っていたのに。
また先輩が私に会ってくれるんだと、喜んでいる自分がいる。
足元のクロを抱き寄せ、その毛並みに思わず顔を埋めた。
◇
「わぁ! これがクロちゃん!?」
「うん。可愛いでしょ?」
クロを出したまま寮に帰ると、先に帰っていたカタリナがクロを見て、きゃあきゃあと駆け寄ってきた。
「え~、なにこれ、めちゃくちゃモフモフ~!」
さっと腕に抱き上げ、背中や頭など、あちこちを撫で回す。
クロも負けじとカタリナの顔をぺろぺろと舐め、「くすぐったい~」とじゃれ合っている。
「魔力消費が多いみたいだから、カタリナが満足したら還ってもらうね」
「あ、そうなんだ。この子の幻獣名って何なの?」
「フェンリル」
「ふぇ」
カタリナが突然、腕をぱっと離し、クロが床にべちゃんと着地した。
「ネ、ネモ。クロちゃん、犬じゃないじゃんっ!!!」
「うん、狼だよ」
「そんなあっさり!? しかも、フェンリルってことは、あの人が使役してた契約獣じゃない!」
「あの人?」
何か知っているふうなカタリナに、鞄の中を片づけていた手を止める。
「ほら、元第四学年の人の中に、遠征授業で戦死した人がいたじゃん~。名前なんだっけ……」
「え、その人の契約獣だったってこと?」
「うん、そうそう。追悼式のときに聞いたのかな……って、それだったらネモも知ってるはずでしょ」
「うーん、覚えてないなぁ」
正直なところ、名前も聞いたことのない先輩が亡くなったと知って、追悼式で献花はしたけれど、それだけだった。
同じ学園の、しかも魔法学科の先輩が戦地で亡くなった。
――ただ、その事実だけを知って。
そのとき聞いたはずの、彼の簡単な生い立ちや功績、名前すら、私はもう覚えていなかった。
ふいに、事務局の人が言っていた前任の名前を思い出し、口に出してみた。
「アンドリュー……さん?」
「あー! それだ! 確か、アンドリュー・ブラックって名前だった!
え、ってことは、ネモってばその人の“形見”をもらったってこと?」
「……!」
――やっと、繋がった。
アンドリューさんが亡くなり、詳しい経緯はわからないけれど、同級生のエンデ先輩がクロを引き継いで契約していた。
おそらく相性も良く、そのまま永年契約に踏み切ろうとしていたのだろう。
それを、私は。
(これ……どう考えても……最低じゃん)
相性の問題があるとはいえ、幻獣は契約主を選べない。
クロも、本当なら、アンドリューさんと何の繋がりもなかった私より、エンデ先輩と契約を結びたかったかもしれないのに。
「クロ……ごめん」
足元にいるクロに向かって、静かに謝る。
クロは「くーん」と小さく鳴いて、その場に伏せた。
さっきまでぶんぶん振っていたしっぽは、ぱたりと動きを止めている。
「謝る必要はないでしょ。今、クロちゃんの契約主はネモなんだから、めいっぱい可愛がってあげなきゃ! もちろん私もモフモフしてあげるよ~」
「きゃん!」
止まっていたしっぽが、ぶんぶんと動き出す。
(むしろ、カタリナのほうが飼い主として相性がいいんじゃないかな……)
カタリナと楽しそうに戯れるクロを見て、目を細める。
……次にエンデ先輩と会ったとき、どんな顔をして会えばいいんだろう。
好きなときにクロを触らせてほしい――そう言った先輩は、一体どんな気持ちだったんだろう。
この日、考えれば考えるほど、どうしようもない思いに駆られ、罪悪感だけが胸を締めつけていった。




