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11.失敗と成長と。

「し、死にたくないです~! で、でも……ほんとに死ぬかと思いました……っ!!」


助かったという安心感からか、気づけば汗と涙と鼻水と――すべての水分が溢れでていた。鼻をすすり、涙と汗をローブの袖で拭う。

おそらく状況的に、先輩が助けてくれたのだろう。

彼がここに来ていなければ、私は間違いなく燃えていた。


先輩は私のすぐ近くまで来ると、足を止めて鋭く問いかけた。


「おまえ、結界は!? それに、ピンチのときこそ契約獣を呼べ!」


「け、結界……忘れてて……クロもどっか行っちゃってて、頭から抜けてました……」


そうか、クロを呼べばよかったのか。


すっかり“ペット”として扱ってしまっていたせいで、助けてもらうという発想がまるでなかった。


「俺が来なかったら、冗談抜きで死んでたぞ……マジで」


先輩は深くため息をつきながら、頭をガリガリと掻く。

呆れを通り越して――どうしようもないものを見るような目で、こちらを見ていた。


「……本当に、ありがとうございました」


文字通り、彼は命の恩人だ。

どうやって火を消してくれたのかはわからない。

けれど、とにかく助かった。


「それで、おまえ……何がしたかったんだよ。ちゃんと理由があんだろ?」


先輩はその場にしゃがみ込み、座り込んでいる私の隣にすとんと腰を下ろした。

話を聞く体勢だ。


さっきまでとは違い、少しだけトーンを落として問いかけてくる。

その変化に、不意にまた涙が込み上げそうになる。


「は、はい……。今日の課題で、合成魔法が出されて……炎の渦を展開しようとしたんですけど……その、渦にならなくて、炎が真っ直ぐ飛んでいっちゃって……」


途切れ途切れの言葉でも、先輩は遮ることなく最後まで耳を傾けてくれた。


そして、話し終えたのを確認すると――ぴくりと眉を動かし、短く問い返す。


「範囲。渦の範囲は指定されてたか?」


その言葉に、慌ててローブのポケットから紙を取り出して確認する。


「……特に、書かれてません」


「じゃあ教師のミスだな。いくら結界を張ってても、まだ一年生だ。術者本人が危険にさらされる可能性もある。

この課題を出した教師の名前は?」


「魔法実践学の、ヨシュア先生です……」


「わかった」


先輩は短く答えると、その場で両手をパン、と打ち合わせた。


次の瞬間――その手をぐいっと捻る。


合わせていた手をゆっくりと開くと、その内側から、今日見たばかりの炎の鳥が姿を現した。


揺らめく炎で形作られたそれは、静かに羽ばたきながら、先輩の手の中に留まっている。


『ローズシティナ学園、魔法実践学担当――ヨシュア教諭へ。

至急、課題内容の訂正を要求する。結界の展開を厳守させること。加えて、魔法範囲を明確に指定すること。

――魔法学科第五学年、ダリオ・エンデ』


先輩は淡々と告げると、最後に手をひゅっと上へ振り上げた。


炎の鳥は一瞬で空へと舞い上がり、尾を引くように火の粉を散らしながら、森の向こうへと飛び去っていった。


すんっと鼻をすすりながら、隣に座っているエンデ先輩をじとりと見つめる。

さっと私のピンチに駆けつけて助けてくれて、しかも課題を出した先生に抗議までしてくれた。


(ほんと、なんなんだこの人――なんで、こんなに怖いのに、カッコいいの……)


視線を向けられていることに気づいた先輩は、「ん?」と顔を覗き込むようにして問いかけてきた。


「どうした? まだ死にかけたことが怖いのか?」


「あ、いえ……」


「ほら、やるよ。ちょっとは気持ちも落ち着くだろ」


ぽんっと投げられ、両手でキャッチする。

手の中には、またしても棒付きの飴。


――この人、これを常に持ち歩いているんだろうか。


「ありがとうございます……」


食べないといけない雰囲気を感じ取り、いそいそと包みを剥がし、口の中で飴を転がす。

昨日はオレンジ味で、今日のはぶどう味だ。


確かに、ころころと舐めていると、気持ちも少し落ち着いてきた気がする。


「先輩、一つ聞いてもいいですか」


落ち着いたついでに、素朴な疑問を口にする。


「なんだ?」


「先輩って、出来ないことあるんですか?」


シンプルに問いたい。

この人、本当になんでもできるんじゃないかと。


「……煙吸って頭沸いたか?」


「至ってまともですよ! 先輩、さらっとなんでもこなすから、率直に知りたいと思ったんです!」


「なんでもこなしてなんかねぇよ……。ていうか、出来ないことばっかだ」


エンデ先輩は私を見るでもなく、目を細めて、真っ直ぐ前の景色を見たまま言った。

やけに実感のこもった言葉に、本人は本気でそう思っているのだとわかる。


――納得はできないけど。


ただ、その言い方は、まるで……何かを悔いているみたいにも聞こえた。


ガリッと飴を奥歯で噛みくだく。

彼が出来ないことばかりなら、私はそれ以上に何もできない。


「先輩ができないことだらけなら、私はできないことしかないです」


思わず声に出していた。

こんな卑屈なことを急に言われても、先輩を困らせるのはわかっている。

それでも、心の中のモヤモヤを吐き出さずにはいられなかった。


「あ? 何いってんだよ。できるできないの基準なんて、人それぞれ違うもんだろうが。おまえだって、昨日は出来なかった炎の定着、あれ、最後は出来るようになってたじゃねぇか」


先輩は眉根を寄せ、不機嫌そうな声で言う。


「いちいち他人と比べる暇があったら、自分の基準を作ってたほうが、よっぽど生産性あると思うぞ」


「……確かに」


「それで? 昨日の課題は、すんなり出来るようになったのか?」


頬杖をついて尋ねる先輩に、私は大きく頷いた。


「はい! 昨日の課題は問題なく出来るようになりました! おかげさまで、今日、先生にも見てもらって、合格をもらいました!」


実のところ、今日の授業終わりに先生から呼び出しを受け、自習の進捗具合を聞かれていた。

そこで実際に出来るようになったところを見せ、その場で合格をもらっていたのだ。


――だから、本当なら……今日は先輩に見てもらう必要なんてなかった。


断ろうと思えば断れた。

私だって、小さい伝書鳥くらいなら扱える。


けれど、出来るようになったことを褒めてほしい――

そんな淡い気持ちが、どうしても捨てきれなくて、何も言わずにここへ来てしまった。


実際、来てもらったおかげで命拾いしたのだから、結果的には良かったのだけれど。


(怒られる、かな)


今日ここに来る必要なかったじゃねえか、と言われる覚悟をしていた。

けれど、先輩の反応はまったく予想外のものだった。


「そっか……良かったな」


(あ……)


柔らかく微笑む彼の顔は、初めてあの森で会ったときと、少しも変わっていなくて。


当時の先輩と、今の先輩とが、唐突に重なり合う。


やっぱり、先輩は先輩だ。


いくら怖さが増したといっても、人の芯までは変わらないのかもしれない。


そして、そんな憧れの先輩に認められた気がして――

なぜか胸が、ドクンと音を立てて鳴った。


「よし、じゃあ今日の課題をやるか」


「へ?」


――しゅん。


高鳴っていた心が、へにゃりと急速にしぼんでいく。


「へ、じゃねぇよ。さっきの炎の渦、だっけ?

見ててやるから、さっさと結界展開しろ」


(ええっ、次の課題もやるの!?)


頭の中はハテナマークでいっぱいなのに、身体は条件反射のように動き出していた。


「ええと、結界、展開しまーす」


「ん、俺も範囲に含めろよ」


「はい!」


鬼教官に見られながら、結界を展開する準備を始める。

ちょっとは慣れたと思ったけど、やっぱり鋭すぎる眼光は、はっきり言って怖い。


(集中、集中――)


いったん先輩の方は見ないようにし、両手を握り合わせ呪文を唱える。


結界は中等部で習う初歩の魔法だ。

だから私を含め、高等部の生徒ならみんな暗唱できてなきゃいけない基本魔法だったりもする。


呪文を唱え終わると、ゆっくりと手を離し、大きく円を描くように振る。


私とエンデ先輩の周囲に、緑色の円柱のような結界が展開される。

これで、外に放った魔法は結界の外へ漏れず、外からの影響も遮断される。


「じゃあ、炎の魔法、展開しまーす」


続いて目の前の地面に炎を出し、焚き火くらいの大きさに落ち着ける。


――さて、ここからが問題だ。


「風の魔法、合成していきます――」

「待て」


先輩が急にストップをかけ、魔法を展開しようとしていた手をはたと止める。


「まず、合成魔法は“混ぜる”“混ざる”ことを意識しろ。

それから、風魔法の展開範囲はどのくらいを考えてた?」


「ええと、教室をぐるっと旋回するくらいの大きさで……」


「デカすぎる。さっき失敗したのは、範囲が広すぎたからだ。

まずは、この火を囲むくらいの大きさで試してみろ。もっと大きなものを扱いたいなら、演習室を使え。あそこなら勝手に安全制御が働くから暴走することもない。それが嫌なら戦場にでも行ってこい」


「は、はい……」


なるほど。

さっき、渦にならずに直進したと思っていた魔法は、半径が大きすぎたせいで、そう見えていただけだったのか。


先輩に言われたとおり、炎に風を“混ぜ込む”ことを意識する。

範囲も、目の前でボウボウと燃えている炎の中に収める。


「行きます――」


風魔法を展開し、炎の中へねじ込んでいく。

腕を小さく回し、そのまま空へ向かって振り上げた。


ブンッ、という音とともに、熱が目の前で弾ける。


炎の渦が――

自分の目の前で、ゴウゴウと音を立てて燃え上がった。


「……で、できました」


まさか、一発で成功するとは思っていなくて、半信半疑のまま、確認するように先輩を振り返る。


先輩は不安気な私を見て――グッと親指を立てた。


彼の何気ない仕草に、私もやっと笑顔を向けることができたのだった。



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