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10.目立つ呼び出しは遠慮したい。

その日の昼休み。


食堂で日替わりランチの列に並んでいると、第五学年の魔法学科の面々が入ってきた。

最終学年の彼らは、この二ヶ月見かけなかったこともあり、とにかく目立つ。


「ネモ、あれ第五学年の……」


キアラが彼らのほうを見て、目で合図する。

その視線を追うと、昨日会った茶髪の先輩――ラース先輩の姿があったので、軽く会釈をした。


……あ、手で返してくれた。


「ねえ、エンデ先輩ってどれ?」


キアラは外部進学組のため、エンデ先輩については私からの情報しか知らない。

こっそり耳打ちしてきた彼女に、私も小声で返す。


「あの、少し長めの黒髪で、制服を着崩してる人」


実は食堂に入ってきた瞬間、すでにエンデ先輩を見つけていた。

どうやら私の“先輩センサー”は、自分でも気づかないうちに急速に発達してしまったらしい。


「へえ……イケメンじゃない」


キアラがそう言って先輩のほうを向いた瞬間、私もつられて視線を向けてしまう。


(げ、目が合った)


「なんか彼、めっちゃこっち見てない?」


隣でキアラが呟くが、それどころではない。


目が合ったまま、なぜか視線を逸らせない。

距離があるはずなのに、妙に意識してしまう。


――視線を逸らしたほうが負け。

そんな謎の耐久レースが、なぜか先輩との間で始まっていた。


そして、先に負けたのは先輩のほうだった。

ラース先輩に腕を引かれ、そのまま奥のテーブルへと連れていかれてしまう。


……なんだったんだ、今の。





放課後が近づくにつれ、自分の中で緊張感が増していく。


今日も放課後、課題を見てくれるんだろうか。

昨日の言い方だと、確実にやる気だったよな……。


(本当に来るかどうかわからないけど、今日は私が廊下で待つことにしよう。

昨日みたいに教室の外から呼び出されるよりはマシ……)


そう思って荷物をまとめ、早々に廊下に出ようとしたその瞬間――異変は起きた。


開け放たれた外窓から、真っ赤な炎を纏った一羽の鳥が、教室へ滑るようにして入ってきたのだ。


教室に残っていた生徒たちも私も、思わず目を見張る。

この教室棟には結界が張られているため、中級レベルの魔獣は侵入できない。

ということは――これは魔獣ではなく、誰かの魔法か、契約獣か。


炎の鳥はくるりと教室内を旋回すると、私の目の前の椅子の背もたれにバサバサと羽音を立てて止まった。


(ああ……嫌な予感がする……)


炎を纏っている時点で、薄々気づいてはいた。

そして――その鳥は、教室中の視線が集まる中、口をぱかりと開いた。


『ゴメン、ムカエムリ。モリデマテ』


そう言うと、鳥はゴォッと音を立てて全身を燃やし、跡形もなく消えた。


一瞬、教室が静まり返ったあと、ワッと興奮した声があちこちから上がった。


「うっわ、いまの伝書鳥の魔法!? すっげ!」

「先生からの伝言か?」

「めちゃくちゃ綺麗な鳥だったな。俺もあんなカッコいいの出してぇー」


周りがざわめく中、私の心もざわめき、思わず机に顔を突っ伏した。


(待って待って待って。いまの伝言、名前をまったく名乗ってなかったけど、絶対エンデ先輩からだよね!?

森で待てって……昨日の場所に、今から行けばいいってこと?)


というか、昨日迎えに来てもらったときより、目立ってない?


「ネモ! 今のって、もしかしてエンデ先輩から!? “待て”って言ってたけど、今日も会うの!?」


気配を消すように顔を伏せていたのに、キアラが隣からわりと大きな声で話しかけてきた。


「ひー! 声大きいよ、キアラ! ぶっちゃけ私もわかんないけど、たぶん……今日も、会う」


だんだんと言葉が尻すぼみになっていく私を見て、キアラはにやりと笑った。


「ラース先輩に頼まれたからって、エンデ先輩も律儀だよね~。ふふ、これは面白いことになりそうだわー」

「面白いってなに……。でも、私、昨日課題がうまくいったから、今日で会うのも最後になると思う」


炎を定着させることも、温度を調整することも、先輩にコツを教わってからは簡単に成功するようになった。

あの人は言葉はきついけど、教え方は本当に上手だと思う。

もともと、私を泣かせたお詫びに課題を見てもらう約束だったから、うまくいくようになった今、先輩の役目も終わりだ。


憧れの先輩と再会できたことは、素直に嬉しい。

けれど――やっぱり、どうしても記憶の中の彼と結びつかない。


胸の奥に、説明しようのない複雑な気持ちが密かに残っていた。


「教えてもらうのは最後でも、会うのが最後ってわけじゃないでしょ?

同じ学園の同じ魔法学科なんだし。プライベートで会わなくても、今日みたいに食堂で会ったり、異学年交流授業で顔を合わせたりするんじゃない?」


「まあ、それはそうだけど」


キアラの指摘はもっともだ。


……私が魔法学科に入った理由のひとつに、先輩と異学年交流授業で一緒に授業を受ける、というものがあった。

けれど、今の彼相手だと――恐怖と緊張で、きっと身がすくんでしまうに違いない。


「あ、いけない。そろそろ魔導バスが来る時間だわ。それじゃ、明日くわしく教えてね!」

「うん、また明日」


キアラは実家から通っていて、学園と家の最寄りを往復するスクールバスで毎日帰宅している。

私も通えたらよかったのだけど、実家はバスの範囲外どころか完全に圏外のド田舎で、中等部の頃からずっと寮暮らしだ。


「なあネモ。あの伝書鳥のこと、詳しく聞いといてくれよ」

「俺も知りたい。出し方はわかるんだけど、いっつもちっさい鳥にしかならないんだよなー」


「うーん、私が聞いて理解できるかわかんないけど……一応聞いとくね。じゃあ、そろそろ行くね」

「おう、じゃあなー」


クラスメートに手を振って別れ、昨日の森へと向かう。


……私、本当にあそこに辿り着けるのかな。


一抹の不安を抱えながら、教室を後にした。





「おお、昨日の場所だ……でかしたよ、クロ!」


「キャン!」


どう考えても自力では辿り着けないと思い、クロを呼び出して案内してもらった。

クロはきちんと昨日来た場所を覚えていて、迷うことなく私をここまで連れてきてくれた。


ああ、なんて賢い、いい子なんだろう。


「クロ~好き~」


モフモフの毛並みに顔を埋め、全身を撫でまわす。

クロも嬉しそうに、ぺろぺろと私の顔を舐め返してくる。……本当に可愛い。


(事務局の人は『信頼関係が大事』って言ってたけど、こんなんでいいのかな……?)


完全に犬扱いしている自覚はあった。

でもクロも嫌がる様子はなく、むしろ喜んでいるように見えるので、ひとまず深く考えないことにする。


「さて……待ってる間に、今日の課題をやっちゃうか」


昨日は新しい課題は出なかったけど、今日はしっかり出されていた。

むしろ、課題がなかった昨日がレアなラッキーデーだったのだ。


今日のお題はまだ見ていないけど、きっとすんなりはいかないんだろうな……。


鞄から一枚の紙を取り出し、その内容に目を通していく。


――そのとき。


私が真剣な顔になったのを見て、興味を失ったのか、クロはふらりと森の奥へと歩いていった。


「ええと……あ、今日やった合成魔法か」


今日の実技の授業で、合成魔法というものを習った。

二つ以上の属性を組み合わせて魔法を構築するもので、中等部では一度も触れたことのない新しい単元だ。


授業では、水属性と土属性を組み合わせて、しおれかけた花をしゃっきりとさせるという、ほっこりする内容を扱った。

――が、今回紙に書かれていたお題は正反対だった。


火属性と風属性を組み合わせ、炎の渦を展開させる。


……普通、宿題にする内容、逆じゃない?


炎の渦なんて、火事になりかねない危険な魔法を宿題としてやらせる先生の意図がわからない。

一応、結界を展開しながら行うよう注意書きはあったから、結界の練習も兼ねているのだろうけど……それにしても、だ。


(私、火属性と風属性の相性、悪いんだよね……)


人に宿る魔力には個人差があり、それは瞳の色に顕著に表れる。


茶色や緑色であれば地属性との親和性が高く、青であれば水属性や風属性と相性がいい。

そして、炎属性に適性がある者は、赤い瞳をしていることが多い。

炎を得意とするエンデ先輩の真っ赤な瞳も、その特徴をはっきりと示していた。


私の場合は緑色の瞳だ。

やはり、地属性との相性が一番いい。

裏を返せば、他の属性はとことん苦手だった。


「仕方ない……やるか」


紙に書かれた呪文を頭の中で何度も反芻し、昨日エンデ先輩に教えてもらった通り、発動する魔法のイメージをあらかじめ描いておく。


先に炎を展開して、そこに風を加えて一気に巻き上げる。

ぶわっと広がって、くるくると空へ昇っていく――


完成形は、今日教室に現れて旋回していた、あの炎の鳥のイメージだ。


(あれ、でもそれだと範囲が広すぎる? ……ま、いっか)


息を吸い込み――手に持った紙を見ながら、丁寧に呪文を紡いでいく。


まずは、炎。


ゴオッ、と音を立てて、足元に火が立ち上った。


昨日までは怖気づいていたのに、「自分で制御できる」とイメージした途端、不思議と恐怖は消えていた。


(ああ、私、成長してる……! ――あ、違う、集中しなきゃ)


意識を引き戻し、続いて風魔法の詠唱へと移る。

ゆっくりと、目の前の炎が上昇していく。


(うん、このまま渦になって、空に昇れば……)


エイッと渦を作るよう手を回した途端、なぜか炎は真っ直ぐ一直線に、ゴオオッと勢いのある音を立てて暴走した。



「げえええっ!? な、なんでぇ!?」


いくら開けた場所とはいえ、ここは森の中だ。

枯れ木も多く、あっという間に燃え広がる。


「いや、結界張ってるから大丈夫……じゃないっ!」


しまった、と血の気が引く。


本来なら、炎を展開する前に結界を張るのが基本だ。

それなのに、その工程をすっぽり忘れていた。


(魔法の解除……! いや、習ってないし! 水魔法!? 私、ジョウロ程度しか出せないけど――間に合う!?)


焦る間にも、炎は容赦なく広がっていく。

木の葉や枝に燃え移り、黒い煙が一気に立ち込めた。


「誰か、助けて――ッ!」


煙を吸い込まないようローブで口元を覆い、目を閉じてその場に蹲る。

バチバチという音と、熱が顔に伝わってくる。


――絶体絶命。


そう思った、その瞬間。


くすぶるような気配も、焦げた匂いも、ふっと消えた。


「え……?」


おそるおそる目を開ける。


そこには――


「おまえ、死にてえのか!?」


昨日と同じ、いやそれ以上に険しい表情をしたエンデ先輩が、森の奥から駆けてくる姿があった。


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