第九話:世界樹の「手術(オペ)」
エルフの聖地の最奥。そこに座す世界樹を前にして、俺はその異様な光景に圧倒された。
空を覆うはずの翠の葉は枯れ果て、白銀の幹には赤黒く脈打つ「呪いの枝」が、おぞましい寄生虫のように深く食い込んでいる。
「カイル、準備はいいですか……。失敗すれば世界樹は死に、あなたも無事では済みません」
セレナの震える声に、俺は無造作に短剣を抜いて応えた。
「セレナ、俺が今からこの呪いの枝を切り落とす。断面から生命力が漏れ出す前に、俺が持ってきた『身代わり』を叩き込むぞ」
俺の傍らには、道中で【春虫秋草の胞子:Lv.3】によって半植物化させた大型魔獣が控えている。Lv.3へと進化し、生存時間を延ばしたこの個体が、今回の手術における「輸血用の苗木」だ。
「……始めるぞ」
俺はアサシンの精密な短剣術を用い、世界樹本体を傷つけないよう、呪いの部位だけをミリ単位で剥離させていく。本来は命を奪うための技術だが、急所を見抜くアサシンの目は、外科医のメスよりも鋭く「切り離すべき境界」を捉えていた。
呪いの枝が剥がれた瞬間、世界樹の傷口から黄金の生命力が濁流となって溢れ出す。
「【接ぎ木】発動! 回路を繋ぎ変えろ!」
俺がやったのは「浄化」なんて聖職者のような真似じゃない。
世界樹が本来持つ強靭な生命力を、俺が【接ぎ木】というパス(回路)となって、呪われた箇所を迂回するように「新しい正常な回路」として繋ぎ直したのだ。
(ぐ、あああああッ!!)
一瞬、全身の血管が弾け飛ぶような衝撃が走る。神話級の魔力が俺の肉体を通り抜けようとして、内側から焼き切りにかかってくる。
だが、俺は冷静に手札を切った。
まず、Lv.3の【気脈の循環】で肉体の強度を限界まで底上げする。さらに、本来は外部のダメージを防ぐ【聖域の盾】を「自身の血管」に展開して内側からの崩壊を阻止し、溢れ出す余剰魔力を【大地の拍動】の回路を逆流させて、大地へと逃がしたのだ。
(耐えろ……俺の『幹』! 今ここで折れるわけにはいかねえ!)
光が収まった時、赤黒い呪いの脈動は消えていた。
手術は成功。世界樹は最悪の腐敗を免れた。
だが、長年の呪毒に蝕まれた世界樹は、いまだ青白く弱りきっている。
「……助かりました。ですが、申し訳ありません。世界樹は今、自身の回復に精一杯で、あなたが望んだ『完全な枝』を分け与える余裕がないのです」
セレナは申し訳なさそうに、一本の小さな枝を差し出した。
「これは、手術の際に剪定した『世界樹の若枝』です。完全なものではありませんが、あなたの力になるはずです」
奥義級の力は、まだお預けか。だが、それでいい。
今の俺が「完全な世界樹の枝」という神話級のパーツを自分のツリーに接いでも、今の肉体では受け止めきれず自壊していただろう。
俺はその若枝を自分のツリーに接ぎ木した。
『固有スキル【接ぎ木】により、パッシブスキル【万象の微光】を習得・接合しました』
それは、微弱な体力・魔力の自動回復パッシブだった。
【大地の拍動】のような爆発的な回復力はない。だが、このスキルの真価は「非接地時」でも効果を発揮し続ける点にある。
(……これで、空中戦や足場の悪い場所でも、俺のスタミナは枯渇しなくなる。これからの『スキル狩り』の効率が劇的に上がるぞ)
派手な一撃よりも、死なないための継続力。不遇職を生き抜く俺には、これこそが相応しい。
「十分だ。……世界樹が完全に回復した頃、また本物の枝を貰いに来る。それまでに俺の『幹』をさらに太くしておいてやるよ」
俺はエルフたちの感謝と困惑が入り混じる聖域を後にした。




