第十九章:家庭倫理劇の幕引き
暗殺部隊の死骸が転がる静寂の森。カイルは短剣の血を振り落とし、淡々と納めた。
「ただ殺すだけでは、また次の刺客が来る。……公爵家だと一発で分かる何か持ってないか?」
カイルが隣に立つセレナに声をかけると、彼女は戸惑いながらも、大切に保管していた瓶を差し出した。中には、彼女の実家である公爵家の温室にしか存在しない、希少な植物の種子と、公爵家の魔術師がよく使う魔法効果増強の触媒の粉だ。
カイルは暗殺者たちの千切れた装備や武器の隙間に、その種子と粉を丁寧に埋め込んでいった。さらに、騎士団が調査に訪れた際、真っ先に目に付くであろう場所に、公爵家の粉を纏った残骸を「争った跡」として配置する。
「さて、騎士団がこれを見つけたら、どんな顔をするかな……。楽しみだよ」
カイルの口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。
数日後、舞台は王都近郊の未踏ダンジョンへと移る。
カイルは公爵家には「騎士団が秘匿している古代遺物の情報を渡す」と、騎士団には「公爵家の内通者が不正の証拠を差し出す」と、それぞれの筆跡を模した偽書を送っていた。
霧が立ち込めるダンジョンの入り口で、両陣営が合流する。互いに不信感を抱きながらも、形式上の同盟を維持しようとする彼らの頭上に、カイルの影傀儡が忍び寄った。
「……始めようか」
カイルが指を動かすと、影傀儡が一瞬だけ騎士団の隊長を操り、気付かされる前にすぐ解除した。その間で腕を無理やり跳ね上げさせた。その手から放たれたのは、騎士団特有の投擲剣。それが、公爵家の私兵の喉を正確に貫いた。
「なっ……! 貴様ら、裏切ったのか!」
公爵家の指揮官が叫ぶ。反射的に放たれた反撃の魔術は、同じく一瞬だけ影傀儡の操作によって騎士団隊長の急所へと誘導され即死させた。
「やはり暗殺部隊を全滅させたのは公爵家だったのか! 証拠の通りだ、貴様らこそが王国の敵だ!」
「ふざけるな! 牙を剥いたのはそちらだろう!」
暗い洞窟内に、怒号と悲鳴が反響する。疑心暗鬼という名の毒は、カイルが蒔いた「偽の証拠」という土壌の上で、瞬く間に最悪の殺し合いへと成長していった。
カイルはその凄惨な光景を、天井の影に潜んで眺めていた。
「いいよ、もっと激しくやり合ってくれ。」
……やがて理性を取り戻し双方はお互いを警戒しながら、負傷者を背負って各自の拠点へと戻った。
一方、深手を負いながらも生き残った騎士団副官は、この「真実」を報告すべく王都へと護送されることになった。だが、カイルの嫌がらせはまだ終わっていない。
副官が王都の広場、民衆の前に差し掛かったその時。カイルが彼の体内に仕込んでおいた「春虫秋草」の胞子が、彼の絶望に呼応するように爆発的な成長を始めた。
「ぐ、あ……あああああッ!」
悲鳴と共に、副官の口から、目から、鮮やかな緑の蔓と花が噴き出す。逃げ惑う群衆。半植物化し、意識を失いかけた団長の腕を、カイルが最後に一度だけ操った。
副官は血に染まった指を石畳に這わせ、呪いのようなダイイング・メッセージを刻みつけた。
『公爵家ノ……呪イ……犯人ハ……』
広場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。これで騎士団と公爵家は、互いを「国家反逆者」「一族の仇」と呼び合い、泥沼の報復合戦に突入するだろう。
カイルは混乱する王都を背に、セレナの手を引いて歩き出した。
「これで邪魔者はいなくなった。……さあ、冒険の続きにいこうか、セレナ。」




