第十五話:深淵の亡霊
大樹海最深部。宙に浮く精神生命体【深淵の亡霊】に対し、セレナが放つ極光の魔弾は、直撃したかに見えても手応えが薄い。
「……鬱陶しいわね。私の魔法も、なぜか急所を逸らされるわ」
「……ズレているだけだ。奴の周囲の空間が歪んでいる」
カイルは【熱探知】を研ぎ澄まし、亡霊の「魔力熱」と「視覚情報」の僅かな乖離を読み取った。本来なら【等価共有】で多少ズレて効率下げたとしても時間をかければ倒せるが……
(……いや、この女の前で手の内を見せすぎるのは危険だ。彼女が敵に回った際、逆に利用されない保証はない)
カイルは【常闇の胞子】を散布した。黒い胞子たちは、セレナの極光が空を切った後に残る魔力の残滓を餌として食らい、爆発的に自己増殖を開始する。
「あら、私の魔力のカスを拾って増えるなんて。卑しい胞子ね」
「……資源の有効活用と言ってくれ」
カイルは増殖した胞子の挙動を注視した。空中を漂い、散乱した魔力を吸っているだけの胞子は、ただ無秩序に舞う。だが、カイルが狙っていたのはその先――「寄生」による変質だ。
一箇所だけ、何もないはずの虚空で胞子が形作るように密集した。その瞬間、胞子が何かに直接寄生し、爆発的な吸魔を開始する。寄生に成功した胞子にのみ発動する効果――影の質量の増加による【鈍足】が発動した。
(……見つけた。寄生した胞子が影の質量を持ち、不自然に沈み込んだ。あそこが本体の真実の座標だ)
視覚上の残像は数センチ横を浮遊しているが、カイルは迷わず、胞子が重みで沈み込もうとしている「虚空」を標的に【飛び影】で跳躍。その一点に、全魔力を込めた短剣を突き立てた。
「リビルド(枝の付け替え)――開始」
カイルの掌で黒い胞子が翠色に先祖返りし、虚空へ短剣が食い込む。次の瞬間、「何もないはずの空間」から、瑞々しい翠色の苗が爆発的に芽吹いた。
「なっ……何もないところから木が生えた!?」
セレナが驚愕の声を上げる。
カイルが胞子を叩き込んだ「虚空」から、亡霊の悲鳴と共に物理的な樹木が実体化した。本来の視覚位置から数センチズレた場所に、逃げ場を失った亡霊が引きずり出される。
「認識を数センチ『剪定』して、攻撃を逃していたのか。……」
カイルは亡霊から生えた木々を足場に、神速の連撃【影の叡智】を叩き込む。
「気」を込めた短剣が魔力核を直接粉砕し、HPが30%を下回った瞬間、翠の蔦が亡霊を完全に支配下に置いた。
「――半植物化、完了」
カイルは冷淡にその核へ手を伸ばし、固有スキル【接ぎ木】を発動。胞子が亡霊を分解し尽くす直前、その「認識阻害」の理を根こそぎ刈り取った。
「収穫完了だ。……セレナ、あとはゴミだ。最大火力で焼き払え。自滅を待つより三十分は短縮できる」
「一言余計よ! ……でも、あの位置のズレを暴くなんて、貴様、本当に化け物ね」
セレナの最大火力が炸裂し、抜け殻となった亡霊を一撃で消滅させる。爆炎の中、カイルは手に入れた新たなスキル枝、【深淵の囁き(アビス・ウィスパー)】を自身のツリーに接ぎ木した。
「……ふん。これからは僕が、この『ズレ』を利用させてもらう」
カイルの姿が陽炎のように揺らぐ。隣に立つセレナは、カイルが自分を決して内側に踏み込ませない徹底した境界線に苛立ちながらも、その底知れなさに、歪な高揚感を抱いていた。
【新獲得スキル】深淵の囁き(アビス・ウィスパー):自分を見る者すべての脳内認識に干渉し、カイルの「実在する位置」と「視覚的な位置」に数センチから十数センチの物理的な誤差を強制的に発生させる。




