第十三話:影傀儡――崩れ落ちた騎士の威厳
薄黒い霧が騎士たちを包み込む。スキル【等価共有】により、散布された胞子のステータスがカイルへ還元され、その肉体は神域の速度へ到達した。
「まずは、全員」
カイルの姿が消えた。一瞬で全騎士の影に【影の縫い糸】が打ち込まれる。全騎士が石像のように固まった。
「……待て、カイル! 貴様、この私を殺すつもりか! 亡くなったお前の母上が、今の貴様の姿を見たらどう思うだろうな!」
馬上から父が叫ぶ。その声には、場違いなまでの「慈愛」が含まれていた。
「彼女はいつも貴様を心配していた。いつか貴様が道を誤らぬよう、この私に託して逝ったのだ。思い出すがいい、あの優しかった母の横顔を……」
父は饒舌に語り続ける。亡き母の思い出を持ち出し、カイルの動揺を誘って時間を稼ぐ。影縫いが解ける「五秒」を稼ぐための、卑劣な策略だった。
五秒が経過した。拘束から解放された騎士が、背後にいたカイルへ向けて一斉に反撃の刃を向ける。
「今だ! やれ!」
父の顔に勝利の確信が浮かぶ。だが、その刃が届く直前、カイルの姿は黒い霧となって霧散した。
「……父上。その五秒間の『母上の昔話』。僕の【熱探知】によれば、あなたの心拍数は一分たりとも上がりませんでした。悲しんでもいない話を、よくもそんなに堂々と」
カイルの実体は、既に戦場に漂う「胞子」に付与した【影の痕】を座標に跳躍していた。即座に騎士全員を再拘束し、カイルは冷たく告げる。
「対策など無意味だ。……さて、趣向を変えましょう」
カイルが指を鳴らすと、分身が這い出し、騎士たちの影に潜り込んだ。
スキル【影傀儡】。
騎士たちの意志を無視し、その身体がぎこちなく動き出す。
「な、なんだ!? 身体が……団長!? 避けてください!」
一人の騎士が叫びながら、父の馬へと歩み寄る。騎士は自身の強化スキルを強制発動させ、その掌を大きく振りかぶった。
「貴様、何をする……! やめろ! 汚らわしい手を向けるな!」
――乾いた音が響いた。
忠実な部下の手が、王国騎士団長の頬を強烈に叩き飛ばしたのだ。
「次は君だ。その次は君。……母上を利用した罰です。父上の『騎士道』がいかに脆いか、その身で味わってください」
カイルの合図で、騎士たちが一人ずつ、列をなして父の元へ歩み寄る。
二発、三発、四発。
王国最強の精鋭たちが、カイルに操られるまま、自分たちの主を次々とビンタしていく。
父の顔は赤く腫れ上がり、部下に汚されるという絶望的な屈辱に、そのプライドは完全に粉砕されていた。
「カイル……貴様ぁぁぁ!!」
「……生贄は、あなたの方でしたね。父上」
カイルは絶望と屈辱に震える父を背に、大樹海の深部へと歩み出す。
静まり返った森に、かつての権威者の無様な嗚咽だけが残された。
「さようなら。二度と、僕の母の名前を口にしないでください」




