第十二話:深淵の接ぎ木、あるいは支配の理
大樹海ダンジョンの外縁。カイルが拠点としていた開けた草地は、今や鉄の冷気と殺気によって支配されていた。王国最強と謳われる騎士団長、バルトフェルト家の直属精鋭二十名が、音もなくカイルを円陣の内に閉じ込めている。
その包囲網の先に、王国騎士団の象徴である深紅の外套を纏った男――父、バルトフェルト騎士団長が冷酷な眼差しで息子を見下ろしていた。
「……わざわざこんな最果てまで、物好きなことだ。父上も」
カイルは視線を上げた。その声には、かつての怯えも、父への敬意も含まれていない。
「カイル、貴様の独り言もそこまでだ。悪名高い公爵令嬢との縁談が決まった。バルトフェルト家の嫡男たる兄に泥を被らせるわけにはいかん。貴様が『生贄』として嫁ぐのだ。これは王国の軍事バランスを維持するための決定であり、貴様に拒否権はない」
「生贄、ですか。相変わらず、僕を人間として数えていない」
カイルは小さく息を吐き、静かに自身の内側にある「理」へと意識を沈めた。
視界に広がるのは、複雑に絡み合ったスキルツリーの輝き。カイルは、自身の固有スキル【接ぎ木】を発動させた。これまで主力であった植物由来のスキル【春虫秋草の胞子】の枝を、その手で「掴み取る」。カイルはそれを、アサシン・スキルツリー内にある「影操作系」の枝へと強引に挿し込んだ。
本来交わるはずのない生物の生命力と影の概念。その禁忌の接合に溢れ出していた魔力の質が変質した。これまで翠色の輝きを放っていた魔力が、周囲の光を吸収するような、禍々しくも美しい「極夜の黒」へと染まっていく。
(接続完了……。胞子を媒介に、影の権能を拡張する)
スキル【春虫秋草の胞子】はスキルツリーの接ぎ木する位置の変更で影操作系スキルと見なされた。スキル【常闇の胞子】へと進化した。そして連携できる影操作系のスキルもいくつか学んだ。一応アサシンなので本業のスキルもそろそろ磨かないとね。
【常闇の胞子】影に順応した【春虫秋草の胞子】の変化形態。寄生した敵の魔力を吸収(MPドレイン)しながら自己増殖し、鈍足効果を与える。
【影の痕】:影操作スキルの影響下にある対象に自動付与されるバフ。
【飛び影】: 【影の痕】が付与された対象の至近距離へと、空間を無視して瞬間移動する。
【影の縫い糸】: 対象の影を魔力で縫い付け、五秒間、抵抗を一切許さず身体を固定する。
【影分身】: 操作可能な本体と同じ見た目を持つ分身。通常攻撃のみ可能。
【影傀儡】: 【影の痕】を持つ対象の影に分身を潜らせ、その持続時間中で強制支配する。対象のスキル使用可能、ただし持続時間が短くなる。【影分身】と同時使用不可。
「何を黙っている! 騎士団員よ、この出来損ないを拘束しろ! 逆らうようなら手足の一本も折って構わん!」
父の号令が下され、精鋭たちが一斉に抜剣した。だが、カイルの口元には冷たい笑みが浮かんでいた。
「父上。僕を使い捨てに選んだこと、感謝しますよ。おかげで、何の未練もなく――あなたたちの『騎士道』を剪定できる」
カイルが軽く指を弾いた。掌から黒い粒子【常闇の胞子】が放たれ、風に乗って騎士たちの包囲網へと広がっていった。




