【外伝】三姉妹の誓いと秘密の揚げ菓子! ベアトリスが素顔を見せた特別な休日
グラーディオの朝。
温泉宿の廊下で、ベアトリスは仁王立ちしていた。
鎧ではなく、清潔感のある白いシャツと濃紺のスカートという珍しい私服姿だったが、表情だけは完全に任務モードだった。
ベアトリス「お姉様方! 本日は私が案内役を務めますわ! グラーディオは私の庭も同然。どのような御用命でも完璧にこなしてみせますわ!」
あんな「……ベアトリスちゃん、気合い入ってるね」
みゆ「……私服なのに目が騎士」
もっふる「ピィ……」
ベアトリスはまっすぐに二人を見つめた。
ベアトリス「お二人がグラーディオを離れる前に、せめて一日、地元をご堪能いただきたいですわ。領主
の娘として、これは責務ですわ!」
あんな「そんなに気張らなくても、一緒に歩くだけで楽しいよ」
みゆ「……同意。構えないで」
ベアトリスは胸に手を当て、深く息を吸った。
ベアトリス「承知しましたわ。……では、参りましょう!」
その目は、まだ完全に任務モードだった。
出発直前、宿の入り口で亮が声をかけてきた。
亮「いいなぁ〜! 俺も行きたいぞ!」
あんな「パパはお留守番ね」
みゆ「決定」
亮「えーー! なんでー!」
ベアトリス「パパも一緒にいかがですの!?」
あんな「これは女子の買い物!」
ベアトリス「……では、次の機会ですわ」
亮「それはそれで悪くないな……!」
もっふる「ピィー♪」
あんな「じゃあ行ってきます!」
三人は石畳の大通りへと出た。
グラーディオの朝は明るく、商人の呼び声と足音が行き交い、目に入る色がどれも鮮やかだった。
ベアトリス「まず、こちらの通りは布地と服飾の専門店が立ち並んでおります。グラーディオで最も格式の高い商区ですわ。お二人にふさわしい逸品がきっとございますわ!」
あんな「格式は別にいいけど、かわいいものならぜひ!」
みゆ「素材が良くて動きやすければ十分」
ベアトリス「お任せですわ!」
ベアトリスは先頭をぐいぐいと進んでいく。
その歩き方が、明らかに"視察"の歩き方だった。
あんな(……なんか、ちょっと視察っぽい)
みゆ(……商区の確認を兼ねてる気がする)
一軒目の服屋。
温かみのある木の棚に、色とりどりの生地と仕立て済みの服が並んでいる。
店主が笑顔で迎えようとした瞬間、ベアトリスが先に口を開いた。
ベアトリス「店主! こちらのお二人は、私の尊敬するお姉様方ですわ。最上の品を選り出してくださいますわよね?」
店主「も、もちろんですベアトリス様……!」
あんな「ベアトリスちゃん、普通にお買い物でいいんだよ?」
ベアトリス「普通では不十分ですわ! お姉様方には最上のみがふさわしいですわ!」
みゆ「……最上より、自分が好きなものが欲しい」
ベアトリス「では、お好きなものが最上になるよう、店主に尽くさせますわ!」
店主「……は、はい……!」
あんなは棚に並ぶワンピースをいくつか手に取り、試してみる。
柔らかな水色の一枚が気に入った。
あんな「これにする!」
ベアトリス「お似合いですわ! まさに戦場において敵の士気を完全に打ち砕く美しさですわ!」
あんな「……戦場は関係ないけど、ありがとう」
みゆ「……"士気を打ち砕く"は誉め言葉として正しい?」
ベアトリス「最大限の敬意ですわ!」
みゆはシンプルな紺のジャケットを一枚選んだ。
みゆ「動きやすくて、機能的。これにする」
ベアトリス「さすがお姉様! 補給と機動性を重視した、まさに神の啓示による選択ですわ!」
みゆ「……ジャケットを選んだだけだよ」
次は食べ歩きへ。
ベアトリスが「こちらです!」
と自信満々に連れて行ったのは、広場の端に並ぶ屋台だった。
ベアトリス「グラーディオ名物の揚げ菓子ですわ! 外はサクサク、中はとろりとして……実は私の一番好きな食べ物ですわ」
最後の一言だけ、少し小声だった。
あんな「えっ、ベアトリスちゃんの一番好きなやつ!」
みゆ「……なんか急にかわいくなった」
ベアトリス「か、可愛くなったとはどういう意味ですの!?」
揚げ菓子を三本買って、三人で並んで食べた。
あんな「……あっ、おいしい」
みゆ「……当たり」
ベアトリス「でしょう!? でしょう!?」
ベアトリスがぱっと顔を輝かせた。
さっきまでの任務顔が消えて、ただの十代の女の子の顔になっていた。
あんな(……ああ、こういう顔もするんだ)
みゆ(……素が出てきた)
雑貨通りへ入ると、小さな店が軒を連ねていた。
風に揺れる布飾り、木彫りの人形、色ガラスのアクセサリー。
あんながふと立ち止まり、棚の小瓶を手に取った。
あんな「……これ、もっふるに似てない?」
みゆ「……似てる」
ベアトリス「まさに! もっふるちゃんを瓶に封じたかのような神秘的な品ですわ!」
あんな「封じないで?」
三人がほぼ同時に吹き出した。
あんな「ねえ、色違いで買わない? 旅の記念に」
みゆ「……合理的。形に残る」
ベアトリス「……っ」
ベアトリスが一瞬、静かになった。
ベアトリス「……私も、いいのですの?」
あんな「もちろんだよ。三人で選ぼう」
ベアトリス「……私の分も……」
小さな声だった。
ベアトリスは白い小瓶を選んだ。
あんなは水色、みゆは藍色を選んだ。三つを並べると、色が綺麗に揃った。
ベアトリスは自分の小瓶をしばらく見つめてから、そっと革袋にしまった。
午後は布小物の市場へ。
ベアトリスがまた先頭に立ち、
「こちらの布地は領地産で、品質は保証しますわ」
と店主に説明しながら歩いていく。
あんなが刺繍入りのポーチを見つけて手に取った。
あんな「かわいい。パパへのお土産にしようかな」
ベアトリス「パパへの!? あんなお姉様の家事能力に加え、補給物資の調達まで……まさに完璧な戦略眼ですわ!」
あんな「……ただのお土産だよ」
みゆ「パパ、喜びそう」
みゆは薬草を収める小さな革ポーチを選んだ。
みゆ「仕切りがちゃんとある。機能的」
ベアトリス「素晴らしいですわ!」
みゆ「……だから、ポーチを買っただけだよ」
ベアトリス「いいえですわ!」
夕方、日が傾き始めた頃、三人は広場のベンチに腰を下ろした。
街に灯りが入りはじめ、石畳が橙色に染まっている。
あんな「楽しかったね」
みゆ「……うん」
ベアトリス「……案内役として、不足はありませんでしたでしょうか?」
あんなはベアトリスを見た。
また任務顔に戻りかけていた。
あんな「ベアトリスちゃん、今日ちゃんと楽しめた?」
ベアトリス「え……?」
あんな「案内してもらうのも嬉しかったけど、一緒に歩けたのが一番よかったんだよ。ベアトリスちゃんと三人で」
ベアトリスが少し目を丸くした。
みゆ「……私も」
ベアトリス「……私は、その……お二人のお役に立てればと……」
あんな「十分。というか、もう姉妹だよ」
ベアトリスが口を開こうとして、止まった。
もう一度開こうとして、また止まった。
それから、ようやく。
ベアトリス「……ありがとうございます、わ」
語尾が少しだけ、小さくなっていた。
もっふる「ピィー♪」
三人が同時に振り返ると、荷物袋の陰からもっふるがひょこっと顔を出していた。
あんな「いつから!?」
もっふる「ピィー!」
みゆ「……パパが寄越したのかな」
ベアトリス「も、もっふるちゃん! いつの間に!?」
もっふるはぺたぺたとベンチに上がり、三人の真ん中にちょこんと座った。
金色の羽が夕日を反射して、きらりと光る。
あんな「……なんか、絵みたいだね」
みゆ「……いい景色」
ベアトリス「……この景色……忘れませんわ」
宿に戻ると、入り口で亮が待っていた。
亮「おかえり! 楽しかったか?」
あんな「楽しかった!」
みゆ「……成果あり」
ベアトリス「パパ! 私の案内は完璧でしたわよ!」
亮「おお、さすがベアトリスちゃん!」
ベアトリス「当然ですわ!……あの、パパ、これを」
ベアトリスが革袋から小さな包みを取り出した。
ベアトリス「……市場で見つけた干し果実ですわ。パパが甘いものがお好きかと思いまして……」
亮「え!? 俺に!? ありがとう!」
ベアトリス「……喜んでいただければ、幸いですわ」
あんなとみゆが顔を見合わせた。
あんな(……気を遣ってたんだ、パパのことも)
みゆ(……ちゃんと見てるんだね)
もっふる「ピィー♪」
こうして――
案内役として完璧を目指したベアトリスが、
揚げ菓子を語る時だけ素顔を見せ、
小瓶を選ぶ時だけ少し照れた、
グラーディオでの、ちょっと特別な一日。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)に、
また一人、かけがえのない仲間が加わっていく――。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は外伝ということで、パパ不在の三姉妹(?)回を書いてみました。
戦闘も大会も大騒動もなし。
ただの買い物回です。
でも――
こういう何気ない時間こそ、距離が縮まる瞬間なのかなと思いながら書きました。
ベアトリスは憧れ全開、
あんなとみゆはいつも通りだけど、どこか柔らかい。
血の繋がりはなくても、
少しずつ「新しい家族?」のような空気が出来ていけばいいなと。
本編とはまた違う雰囲気、いかがでしたでしょうか?
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次回、『ぱぱやら!』
新章突入!
明日朝8時、本編第八章スタートとなります。
これまで以上に楽しんでいただけたら嬉しいです。
絆を深めた一行を待ち受ける、次なる「やらかし」の予感に乞うご期待!




