第70話 え、パパが勇者!? 温泉の権利より「親バカ」優先!?
宿屋「天秤亭」の朝は、どこかゆったりとしていた。
焼きたてのパンと温かいスープの香りが漂う食堂で、神崎家ともっふるは朝食をのんびり楽しんでいた。
亮「やっぱり朝飯はいいな〜。スローライフって感じだ」
あんな「そうだね。今日も依頼でも探そうか」
みゆ「まずは食べてから」
もっふる「ピィ♪」
そこへ、宿の扉がノックされた。
宿屋の主人「神崎様、お客様がいらっしゃっています」
廊下に立っていたのは、きちんとした礼服に身を包んだ使者だった。
丁寧に頭を下げ、一通の書状を差し出す。
使者「グラーディオ領主、セルディオ・グラーディオ様より。神崎様ご一家を、ぜひ領主の館へお招きしたいとのでございます」
神崎家三人が、静かに顔を見合わせた。
あんな「パパ、今度は何をしたの?」
みゆ「……スローライフ終了」
亮「いやいや、何もしてないよー! 本当に!」
もっふる「ピィ……」
領主の館は、市場から少し離れた丘の上に建っていた。
石造りの落ち着いた佇まいで、商業都市らしい派手さはない。
玄関には執事が待ち構えており、三人ともっふるを静かな応接室へ案内した。
しばらくして扉が開き、領主セルディオ・グラーディオが姿を現した。
四十代半ばとおぼしき、穏やかな顔立ちの男性だ。
派手な装飾のない服を着ており、どこか実務的な印象を与える。
セルディオ「神崎殿、ようこそ。貴殿らの噂は耳に入っております。どうぞ、この街でゆっくりと過ごしてください」
亮「おお、ありがとうございます! 領主様、すごく感じのいい人だな」
あんな「本当に、ありがとうございます」
みゆ「……悪い人ではない。データ的に」
もっふる「ピィ♪」
セルディオは静かに微笑み、まず一礼した。
セルディオ「まずは礼を言わせてくれ。ミルナ村を救ってくれてありがとう」
亮「お礼なんて別にいいですよ。困ってる人がいたら助けたくなるのは当然でしょ」
セルディオ「……それが普通にできる方が、なかなかいないのでな」
少し間を置いて、セルディオは表情を引き締めた。
セルディオ「あと、温泉の件だが、商業ギルドが騒いでいてな。後日話し合いが持たれるので、その時はよろしく頼みたい」
亮「話し合い? 権利とかならいらないですよ。たまたま穴を掘ったら出ただけですから」
セルディオ「それが、たまたまでは済まないのでな」
あんな「いえ、私たちはただ静かに暮らしたいだけなので……目立ちたくないんです」
みゆ「権利、拒否します」
セルディオ「……分かった。善処しよう」
短いやり取りだったが、領主の態度はどこまでも公平で、商人との間に適切な距離を保っている。
神崎家はわずかに安堵した。
セルディオ「この街は活気がありますが、油断は禁物です」
亮「俺たちはマイペースにいきますよ」
その言葉に、領主の目が一瞬、深く光った。表情は変わらないのに、説明できない圧が部屋に満ちる。
セルディオ「……そうできることが、何よりです」
一呼吸おいて、領主は手を叩いた。
セルディオ「堅い話はここまでにして、本題に入ろう」
亮「は、はい……」
あんな「……ここからが本題?」
みゆ「……恐怖、最大値。パパ、逃げるなら今です」
セルディオ「おーい、二人とも入っておいでー」
扉の向こうから、柔らかな足音が近づいてくる。
先頭に立って入ってきたのは、落ち着いた微笑みを持つ女性だった。
エレナ・グラーディオ。領主の夫人だ。
その後ろに、十五歳ほどの少女と、少し幼い印象の少年が続く。
ベアトリス・グラーディオ。アルフォンス・グラーディオ。
それぞれが礼儀正しく頭を下げた。
亮「俺はー」
あんな「私は神崎あんな、そして、父の亮と、妹のみゆです」
亮「あんなちゃん? 最近言わせてくれない?」
みゆ「当然です」
エレナが柔らかく笑う。
エレナ「まあ、仲のいいご家族ですね」
セルディオ「実は……うちの子たちが、憧れていてな」
そう言いかけた瞬間、ベアトリスが一歩前に出た。
真剣な目で、あんなとみゆをまっすぐに見る。
ベアトリス「お父様から伺いましたわ。皆様がこの街の危機を、いえ、ミルナ村を救った英雄だと! ぜひ、私を弟子にしていただきたいのですわ!」
神崎家一同「弟子ーー?」
もっふる「ピィー?」
亮「セルディオさん、どういうこと?」
セルディオ「娘に頼まれてな……嫌と言えなくて」
エレナ「全く、娘には甘くて困ります!」
亮「気持ちは分かります! 任せてください!」
あんな「パパーー!」
みゆ「即決! スローライフ完全終了」
もっふる「ピィー!」
ベアトリスが、あんなとみゆの前に立ち、もう一度深く頭を下げた。
ベアトリス「お願いしますわ。あんな師匠、みゆ師匠」
あんな「私たちがー?」
みゆ「弟子?……いらない」
亮「うちの娘たちの凄さを見抜くなんて、ベアトリスちゃんは将来有望だなぁ! なぁ、セルディオさん!」
セルディオ「全くだ、神崎殿! うちの娘は見る目だけは確かでな。……どうだろう、この通りだ(深々と頭を下げる)」
あんな「ちょっとパパ! 領主様に頭下げさせないでよ! それにベアトリス様、私たちはただのFランクで……」
みゆ「……拒絶権の消滅を確認。父と領主、親バカによる共鳴現象発生。制御不能」
もっふる「ピィ♪」
領主の館を後にした、三人ともっふるは、宿への道をのんびりと歩いた。
亮「いやー、いい人たちだったな」
あんな「そうね……でも弟子ってどういうこと?」
みゆ「まだ把握しきれてない」
亮「まあ、なんとかなるって!」
あんな「……その言葉が一番怖い」
もっふる「ピィー!」
領主の館の応接室。
神崎家が去った後、エレナがセルディオの隣に立ち、静かに口を開いた。
エレナ「どうして、急に神崎家に任せたの?」
セルディオ「話をした感じだな。信用できる!」
エレナ「王都からの手紙もあったのでは?」
セルディオ「あったが、悪い人とは書いていない。規格外だから要注意しろ、敵に回すな、と受け止めている。それに……娘も十五歳だ。旅に出るのは悪くない。世界を見る意味でもな」
エレナ「……貴方が決めたことですから、口は挟まないわ」
窓の外では、市場の声がいつものように響いていた。
こうして――
宿屋「天秤亭」の穏やかな朝が、思わぬ形で動き出した。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)に、
新たな"弟子"という名の波紋が広がっていく――。
弟子志願の領主令嬢、まさかの「超・破壊兵器」だった!?
ファイアボールでパパを丸焼き、剣を投げればパパに直撃のフルコース!
やる気満々の誤射と誤爆に、亮のライフはもうゼロよ……!?
次回、第71話 え、パパが勇者!? 森の罠より弟子が怖い!? 誤射と誤爆のフルコースでパパのHPが風前の灯火ー!?
パパ、弟子に命を狙われる(?)地獄の特訓スタート!




