第58話 え、パパが勇者!? 宿泊料金据え置きで部屋が倍増!? 逃げ場なしの豪華すぎる違和感に家族全員パニックー!?
夕暮れ時。 神崎家は、いつもの宿へと戻ってきた。
亮「ふぅ〜……今日も何も起きなかったな!」
あんな「その言葉、逆に怖いからやめて」
みゆ「ですが、依頼も完了しましたし、今日は本当に静寂」
もっふる「ピィー♪」
宿の扉を開けると、いつも通りの光景が広がっている。
受付、階段、年季の入った木の床。 見慣れたはずの空間――のはずだった。
亮「……あれ?」
階段を上り、いつもの部屋の前に立つ。扉の位置は同じ。番号も同じ。
亮「……でも」
扉を開けた瞬間、亮は立ち止まった。
亮「……ここ、前より広くないか?」
部屋は確かに“いつもの部屋”の面影を残していた。
ベッド、机、椅子。配置も似ている。
だが、空間が決定的に違う。
横にも、奥にも、ありえないほどの余白がある。
あんな「……広い。というか、隣の部屋と繋げた?」
みゆ「……分析。天井高、および床面積が昨夜より35%拡張されています」
もっふる「ピィ!」
亮は部屋の中を歩き回り、壁に手を当てる。
亮「……まさか、壁が動いたのか?」
あんな「宿が勝手に、魔法か何かで改築するわけないでしょ!」
みゆ「……ですが、物理的に昨夜より広大です。空間歪曲の形跡すら感じます」
机の上には、以前はなかった精巧な細工の花瓶がある。
窓際には、ゆったりとした小さなソファ。
そして――
あんな「……ちょっと、ベッドが豪華になって増えてる!」
亮「本当だ。豪華だ」
みゆ「もっふる用ベット?」
もっふる「ピィー♪」
亮は頭を抱えた。
亮「……誰か、説明してくれ」
そこへ、タイミングを見計らったような控えめなノック音。
宿主「失礼いたします」
扉を開けると、宿主が以前よりも深い角度で一礼した。
宿主「本日はご利用ありがとうございます。お戻りをお待ちしておりました」
亮「えっと……あの」
亮は、困惑気味に部屋の奥を指さす。
亮「この部屋、昨日の夜と全然違いません?」
宿主「いえ。以前と同じ“扱い”でございます」
あんな「その『扱い』って言い方がすごく引っかかるんだけど!」
みゆ「……『扱い』という単語を選択した時点で、事実上の改変を認めています」
宿主は、にこやかに微笑んだまま言葉を続ける。
宿主「最近はお客様のご活躍もありまして、王都のギルドからも特段の……いえ。ですので、より快適にお過ごしいただけるよう、少々手を加えさせていただきました」
亮「……頼んでないんだけどなぁ」
宿主「ええ。存じております。これは私共の、ささやかな誠意でございます」
その笑顔に宿る「誠意」という言葉が、今の亮には妙に重かった。
あんな「……一応聞くけど、宿泊料金は?」
宿主「もちろん、以前と同じで結構です」
みゆ「……経営学的に見て、完全な赤字。それはそれで問題」
もっふる「ピィ……」
宿主は、もう一度丁寧に頭を下げる。
宿主「何かございましたら、いつでもお申し付けください。それでは、ごゆっくり」
そう言って、音もなく静かに扉を閉めた。
亮「……なあ」
あんな「うん」
みゆ「……はい」
亮「俺たち、今日何かしたっけ?」
あんな「してない。ウサギを追い払っただけだよ」
みゆ「同じく。統計的に見て、ここまで厚遇される理由は存在しない」
もっふる「ピィ!」
部屋の中央に立ち、四人は周囲を見回す。
広くなった空間。
明らかにグレードの上がった備品。
“快適”という名の、逃げ場のない違和感。
亮「……スローライフって、もっとこう……」
あんな「質素で、誰にも邪魔されない感じ?」
みゆ「……自然体。他者からの過干渉が排除された状態を指すはずです」
もっふる「ピィー」
亮は新調されたふかふかのベッドに腰を下ろし、見慣れない高い天井を見上げた。
亮「なんかさ……」
言葉を探し、少し考える。
亮「世界のほうが、俺たちの先に回り込んで、勝手にレッドカーペットを敷いてる気がしないか?」
あんな「してる。それも、めちゃくちゃ力いっぱいにね」
みゆ「……同感。パパが望む『普通』の定義が、この世界では既に崩壊」
もっふる「ピィ……」
誰かが配慮している。誰かが、勝手に整えている。
神崎家の知らないところで、神崎家を「勇者一行」として完成させようとする大きな流れが動き出していた。
亮「……まあ、ぐっすり寝れるならいいか!」
あんな「切り替え早っ! 少しは危機感持ってよ!」
みゆ「……それがパパ。適応能力だけは、測定不能の領域」
もっふる「ピィー♪」
灯りを落とす。 広くなった部屋に、重みのある静けさが満ちていく。
神崎家の日常は、確かに続いている。
けれど――
“普通の扱い”から、少しずつ、けれど確実に外れ始めていることだけは、もう誤魔化せなくなっていた。
こうして――
何もしていないはずなのに、寝る場所さえも豪華に塗り替えられていく。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)は、
静かに、けれど逃れられない“変化”に包まれていく。
「嵐の前の静けさ」は神崎家には通用しない!? 街全体がパパに気を遣う異常事態のなか、本人は「お米が食べたい」と旅行を強行?
無自覚なパパの気まぐれが、次なるトラブル(サバイバル)の幕を勝手に開ける!?
次回、第59話 え、パパが勇者!? まだ何も始まってない……よね?
目的地にお米がある確率0%!?絶望的な予測をよそに、勘違いスローライフはどうなる!
あんな「……ねえパパ、枕の下に『王宮主催パーティーの招待状』が入ってるんだけど……これも宿のサービスかな?」
みゆ「……今回の事象における不条理指数は極めて高めです。皆様からの観測データ(感想)……お待ちしています。励みになります」




