第56話 え、パパが勇者!? 街中の敬語率が急上昇で大混乱ー!?
翌朝。
神崎家は、いつもと変わらない時間に宿を出た。
亮「さて、今日もスローライフするぞー」
あんな「昨日も同じこと言ってたよね」
みゆ「……現在のスローライフ達成率、昨日比で12%上昇傾向。ただし、外部要因による変動リスク有り」
もっふる「ピィー♪」
露店が並び、人の声が行き交う、いつもの街並み――のはずだった。
商人「……っ! い、いらっしゃいませ!」
声をかけてきた果物屋の商人は、まるで軍隊の検閲でも受けるかのように背筋をぴんと伸ばしている。
いつもなら、もっと鼻歌でも歌いそうな気の抜けた調子だったはずだ。
亮「おっ、元気いいねー」
商人「本日は、よろしければこちらを……最高級の完熟ルビーアップルでございます!」
亮「いやいや、そんな高いのじゃなくて――」
商人「いえ! こちらをぜひ!」
あんな「……パパ、値段見て」
亮「……え? 安くない?」
みゆ「安いどころか、完全なる赤字。原価割れ、かつ奉仕価格です」
亮「え、いいの?」
商人「も、もちろんですとも!」
亮は首を傾げながら、果物を受け取った。
少し歩くと、今度は別の露店からも威勢の良い声が飛ぶ。
商人「おはようございます! 今日も一段とお健やかで!」
亮「お、おはよう?」
あんな「……全員、丁寧だね」
みゆ「住民の敬語率、昨日までの5%から98%へ急上昇。異常事態」
もっふる「ピィ?」
さらに歩いていくと、通りの端で子どもたちが集まっていた。
その視線が、一斉に神崎家へ向けられる。
子どもA「……あの人たちだ」
子どもB「ほんとだ……」
亮「?」
子どもC「ねえ! あんなさんだよね!?」
あんな「え?」
一人の少年が、目を輝かせて近づいてくる。
子どもC「剣、すごかったって聞いたよ! 僕もあんなさんみたいになりたい!」
あんな「……ありがとう。頑張ってね」
みゆ「……」
別の子どもが、今度はみゆを見上げる。
子どもD「魔法きれいだったって!」
みゆ「……。演習場の観測は不可能なはず」
子どもD「うん!おじさんが言ってたんだよ」
みゆは少し照れくさそうに微笑んだ。
亮「えーと……パパのことは、何か言ってた?」
子どもたちは顔を見合わせ、声を揃えて笑った。
子どもたち「『パパさんが一番謎だ』って! ひみつー!」
駆け去っていく背中を見送りながら、亮は頭をかく。
亮「……ひみつって。パパ、ただ付いていっただけなんだけどなぁ」
周囲を見渡すと、さっきまで近くにいた冒険者たちが、なぜか一定の距離を保って歩いていることに気づいた。
冒険者A「……おい、あの一家だ。目を合わせるなよ」
冒険者B「ああ。お城で騎士団の連中をボコボコにしたって噂だぞ。あんな可愛らしいツラして、中身はどうなってんだか……」
亮「……なんでみんな、遠巻きなの? 俺、何かしたかな」
あんな「お城に呼ばれたってだけで、得体の知れない奴らだと思われてるんだって」
みゆ「未知への恐怖。実力が不透明な存在に対し、本能的な回避行動が選択されています」
亮「ええ?」
もっふる「ピィ……」
一人の冒険者が亮と目が合った瞬間、ビクッと肩を震わせた。
そのまま、まるで「何も見ていません」と言わんばかりの不自然な速さで、路地裏へと消えていく。
亮「……今の人、 挨拶くらいしてくれてもいいのに」
あんな「パパのその『普通』な感じが、逆に怖いんだよ。お城で色々あったのは事実なんだし、そんな二人を連れてるパパが『ただのパパ』なわけないって、みんな勝手に深読みしてるの」
亮「ええ? パパはただのパパだよ?」
みゆ「パパの最大の問題は、その底知れない『無自覚さ』にあります。周囲の目には、パパが一番の『謎』として映っているようです」
亮「ええ……俺、そんなに怖い顔してる?」
あんな「顔じゃなくて、漂ってる雰囲気が怪しいの! もっと隠しきれてないっていうか……」
みゆ「……強いって、面倒。通常のコミュニケーション・プロトコルが機能していません」
もっふる「ピィ……」
街はいつも通りに賑わっている。
けれど、その賑わいの中に――
神崎家だけ、ほんの薄い膜が張られているようだった。
亮「……まあ、いいか!」
亮は急に明るく声を出す。
亮「今日はスローライフだからな!深く考えない!」
あんな「それでいいの?」
みゆ「……まあ、パパだし」
もっふる「ピィー♪」
神崎家は、変わらず歩き続ける。
変わったのは、街のほうだった。
こうして――
何もしていないのに、少しだけ浮いた一日が過ぎていく。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)は、
次の“気になる変化”へと続いていく。
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