第21話 え、パパが勇者!? 限界のみゆ、山岳地帯で父が選んだ“もう失わない”という答え
薬草の採取が終わったのは、陽が傾き始めた頃だった。
湖畔に広がる草地の中、あんなともっふるは、足早に戻ってきた。
あんな「みゆ?」
みゆ「……大丈夫。ちょっと、足に力が入らないだけ」
そう言いながらも、立ち上がろうとし、次の瞬間、身体がふらりと揺れた。
あんな「……」
無言で、あんなはみゆの腕を取った。
亮「……無理、してたよな」
ぽつりと漏れた亮の声に、誰もすぐには答えなかった。
山岳地帯までの強行軍。
二日間、ほとんど休まずに使い続けた風魔法と隠蔽魔法。
そして、ブラッドベアーとの遭遇。
みゆは、限界だった。
みゆ「……帰らなきゃ」
その一言だけは、はっきりしていた。
みゆ「ティオの、お母さん……待ってる。助けられるって、思ったから」
その言葉に、亮の胸がきしんだ。
——思い出してしまったのだ。
まだ二人が小さかった頃の病室の匂い。
手を、握り返してくれなくなった、あの瞬間。
亮は、娘たちの背中を見つめる。
ティオの母親。
病床に伏せた、あの姿。
そこに、重ねていたのは――
自分たちの母親だった。
「間に合わなかった」あの日と、
今が、重なってしまった。
亮(……俺は、また)
「大丈夫だよ」
と言いながら、何もできなかった自分。
止められなかった。
いや――止めなかった。
行けるじゃない。
行かせちゃいけなかった。
亮は、拳を強く握りしめる。
そして――
唇を噛みしめる。
その時だった。
みゆの身体が、がくりと崩れた。
亮「みゆっ!」
咄嗟に支え、抱き留める。
みゆ「……パパごめん。頭が……ふわって……」
呼吸が浅い。
魔力の流れが、完全に乱れている。
亮「魔力回復薬は……」
言いかけて、止まる。
——ない。
今回の準備に、そこまで想定できていなかった。
ここから王都まで、約百五十キロ。
徒歩では論外。
みゆの魔法は、もう使えない。
もっふる「……ピィ」
不安げに鳴く小さな声。
亮は、二人を見下ろしたまま、動かなかった。
ただ、胸の奥で、何かが積み重なっていく。
後悔。恐怖。自責。そして——
「もう、失いたくない」という、どうしようもない願い。
亮は、あんなを、みゆを、もっふるを抱き寄せた。
言葉はなかった。
祈りも、叫びも、なかった。
ただ、守りたいと――思った。
その瞬間――
空気が、わずかに歪んだ。
あんな「……え?」
もっふる「ピィ……?」
三人と一匹を中心に、
薄く、柔らかな膜のようなものが広がる。
外の音が遠ざかり、
風も、冷気も、山の匂いも遮断されていく。
亮は、思わず膝をついた。
亮(……重い……)
空間そのものが、
まるで巨大な荷物のように、全身にのしかかる。
みゆ「……パパ……?」
意識が朦朧とする中で、
みゆが、かすかに声を出した。
亮「……大丈夫だ。揺れるけど……離れるな」
その言葉を、言い終える前に――
空間が動いた。
景色が流れるのではない。
“距離”そのものが、圧縮されていく。
山が、夜が、空が、
一枚の布のように畳まれていく感覚。
亮の視界が、白く滲む。
腕が痺れ、
呼吸が追いつかない。
それでも、止まらなかった。
——止められなかった。
どれほどの時間が経ったのか。
足元に、硬い感触が戻る。
灯り、人の声、石畳。
あんな「……王都……?」
膜が、音もなくほどける。
亮は、そのまま前のめりに倒れた。
あんな「パパ!」
慌てて身を寄せたあんなの声を、
亮は聞きながら、うっすら笑った。
亮「……ほら……着いただろ……」
それきり、亮は——動かなかった。
こうして――
神崎家ともっふるは王都へと辿り着いた。
だがそれは、誰一人として“無傷”での到着ではなかった。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)は、
“もう、失わない”と決めたパパを中心に、新たな局面へと踏み込んでいく――。




