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第四話 孤独の闇夜に射し込むひかりは④

 百瀬が『二度と姿を見せるな』と命じたからか、それから数日はいたく平穏な日々だった。

 朔夜の登下校に付き合って彼女が余計な寄り道をしないよう目を配り、一方で、大学では教授に術をかけて講義を抜け出し、新の動向を探った。


「朔夜に知られたら怒られるだろうな……」

「怒るっていうか、悲しむんじゃない」


 百瀬に付き合ってくれる数少ない友人のひとり、狐のあやかしが呆れて言う。


「そう思うならやめなよ、彼女に内緒でこんなことするの」

「朔夜をかかわらせたくない。この世のあらゆる苦難から遠ざけたい」

「……閉じ込めちゃえば。いっそのこと」


 友人は呆れすぎて投げやりに言った。


「閉じ込められて自由がないなんて、朔夜には似合わない。彼を消し炭にしてきれいさっぱり解決するならよかったのに」


 百瀬がそう言うと、友人は「秩序って知ってる?」と、あやかしらしくないことを言った。聞き流して、路地裏で人の子どもにちょっかいをかけていた小妖怪を祓う。


(こういうのからもっと凶悪なものまで、人が付き合い方を忘れて危険な目に遭う――それを危ぶむのは理解するけれど)


 この世を巡るちからが気まぐれに生み出したものたち。人間も、結局はそのひとつだ。人は、人が認識しづらい領域にいるものたちを神やあやかしと呼び習わし、その存在を半信半疑でつきあってきた。その均衡は壊れようとしている。

 路地裏を進むと、さらに道が細く分岐して薄暗くなっていった。道の両脇に狭苦しく建つ建物が、見通しを悪くし、しかも陽光を遮るのだ。


「百瀬はお育ちがいいわりに、こういうところにもためらいなく来るよね」

「必要があれば。朔夜は絶対にだめだけど」


 華やかな帝都であっても治安の安定しないこんな場所へは、朔夜には足を踏み入れさせたくないと思いながら、さらに奥へと進む。

 先ほどから、首すじのあたりをちりちりと焼くような、妙な気配があった。殺気にも似ているが、そのわりに熱量を感じさせないのが不気味だ。その何かが、こちらを狙っている。


「百瀬」

「うん」


 いくらも行かないうちに、友人が百瀬の肩に手をかけて止めた。百瀬もうなずいて、進もうとしていた先を見る。

 いかにも道が続いているかのように見せかけて、そこは行き止まりのはずの場所だった。目をこらすと本来あるべき突き当りの壁が見える。


「『ここに道はない』」


 数日前のように百瀬が命じると、やはり断末魔の声をあげて道が消える。次の瞬間、百瀬は友人の肩を押して道に伏せた。下敷きになった友人が呻くが、路地が狭く、そうするしかなかったのだ。

 頭上を何かがかすめる。


「ちょっと、もう!」


 怒った友人が百瀬の下敷きになったまま、襲いかかってきた何かへ向かって狐火を放った。しかしそれもゆらりと躱されてしまう。


「何あいつ!」


 続けざまに放たれた狐火に相手が怯んだ隙に、百瀬は体を起こして距離を取った。体重をかけられた友人が潰れた声を上げたけれど、それどころではない。正面から見えたそれは、黒い不気味な靄で、人らしきかたちをしていた。


「怨霊かな。それにしては邪気が強い……」

「よっぽど恨みが強いとか⁉」


 踏んだり蹴ったりの友人が憤慨する横で、百瀬は怨霊を観察して違和感を抱く。理性を失い、生前や死の間際に抱いた強い恨みをもとに人を襲うのが怨霊だ。

 それなのに目の前のそれは、明らかに何らかの意思をもって百瀬を襲っているようだった。


「僕には恨みを抱かれるおぼえはないし、あったとしても、怨霊化させるような始末はつけない。君は?」

「俺にもないよ」


 浄化の力を持つ狐火が怨霊を掠めたとき、百瀬はちらりと何かを感じた。あまり経験のないことだが、かけた術を跳ね返されたときに似ている。


「……村主新か」


 二度と姿を見せるな、と呪いをかけたから、身動きの取れなくなった彼は、怨霊を身代わりにしたらしい。


「そいつが関わってるの?」


 百瀬のつぶやきを聞き咎めた友人が、嫌そうに顔をしかめる。百瀬は怨霊から目を離さないままうなずいてみせた。


「村主新は、怨霊を式として使うんだね」

「そう。最ッ低」

「知ってるんだ?」

「知りたくもなかったけどね、向こうが喧嘩を売ってくるから、返り討ちにした」


 嫌悪感をむき出しにする友人の隣で、百瀬は小さくため息をついた。この友人は妖狐だが、人に害をなす性格ではない。人に混じって帝都で暮らしているから、目についたのだろうか。


「あいつ、たいして力もないくせに、よく俺に喧嘩売る気になったよね」

「……だから力を集めようとしているのか」


 怨霊はたびたび襲いかかってくるが、鬱陶しい位置を掠めるばかりで、真正面からは向かってこない。

 攻撃を誘われている。


「面倒だなあ。なんかの罠仕掛けてる?」


 友人がぼやく横で、百瀬はまた思わせぶりに近くを掠めていった怨霊を追って振り返る。

 あの怨霊を祓ってしまえば、村主新にかけた呪いが効力を失う。かといって、野放しにもできない。


「……『消えろ』」


 低く紡がれた言霊が怨霊を捕らえ、黒い靄のようだった怨霊が霧散した。力を使った反動で軽い吐き気がしたものの、朔夜の霊力を感じたと同時に治まる。

 朔夜が大切に縫ってくれた刺繍をひとつずつ台無しにしていく自分の力には、ほとほと嫌気がさす。けれど力を持たず、何もできないよりはずっといい。


「ちょっと、罠かもしれないって言ったのに」

「だとしても、あの程度の怨霊なら力づくで祓える」


 百瀬の言いように、友人は乾いた笑みをこぼした。


「その力を持っている人間が、百瀬でよかったって思うよ。あいつとかが持ってたら最悪だった」

「……力を求める気持ちはわかるよ」


 友人が横目に百瀬を一瞥した。百瀬はそのまま、どこへとも知れず告げる。


「でも朔夜は君のものにはならない」


 遠からず村主新はまた何かを仕掛けてくるだろう。今は蠅を払うほどの生ぬるさだが、彼がしぶとく諦めなければ、いずれは叩き潰すことになる。

 優しい朔夜にはできないとしても、百瀬にはためらう理由などない。


 そうならないといいね。


 内心でだけつぶやいて、百瀬はその場から立ち去った。



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